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今の時代だとありえない小学校の頃の担任の話

私を知っている人は、私の事を「元気な人」だと思うだろう。私も自分で思う。心も身体も元気だ。そして基本的に楽観的だと思う。
ただヨガではよく、陽が大きい人は陰も同じだけ大きいと言われる。私は自分と向き合うこと(ヨガや瞑想やジャーナリングなど)が趣味で、自分の身体と心は繋がっていると感じられていたし、陰と陽のバランスの大切さも分かっているつもりだ。
でも、自分自身を通して、本当に陽が大きい人は陰も同じだけ大きいのか?と思っていた。

やけどあったわ。自分の陰の部分。
そのうちの一つを今日は書いていきたいと思う。

小学校3年生だった頃の話


深爪じゃないと不安だった


今思うと、強迫性障害だったと思う。小学3年生の頃の担任の先生がものすごく怖かったことが、私をそうさせた大きなきっかけだ。
見た目は普通のおばちゃん。背は低くて小太りで、とにかく声がでかい。
その担任はとにかく厳しかった。爪の白い部分は全て切れと言われ、私は言われるがままに、深爪にした。最初はピンクの部分が痛かったが、すぐに慣れた。爪が伸びるのが怖かった。ちょっとでも爪が伸びてくると、その担任に怒られると思い爪を切った。そしてどんどん深爪になっていった。

怒られることへの恐怖


その担任は、みんなと同じように出来ていない子どもを、狂ったように怒った。今思うと私はオールAの通知表を貰ったり、言うこともめちゃくちゃ聞くし、優秀だったと思う。だからこそ、怒られる事が本当に怖かった。子供ながらに、死ぬのと同じくらい怖かったと思う。
私は毎朝、持ち物は合っているか、服装は合っているかなど、友達に電話を掛けて確認していた。確認しないと不安だったからだ。当時は携帯電話はなく、家の電話で、母に電話を掛けてもらう。毎朝の事なので母は、「また電話かけてきたって思われるよ?」と私に言うこともあったが、電話を掛けてもらえないと、友達に今日の持ち物を確認しないと、学校に行けなかった。

ただその優しい友達は、学校で会っても優しく、朝の電話のことについては触れてこなかった。
1回だけ「また幸奈や〜ってなったわぁ」と、やれやれ〜みたいなリアクションをしながら言ってきたことがあったが、そのやれやれ〜の奥にある優しさを感じられたし、むしろ毎朝の電話に触れてくれたことで、安心させてくれた。

給食事件

その担任は、給食を全て食べ切れるまで、席を立たせなかった。
給食が終わり、食べている周りで掃除が始まる。そして掃除を終えた生徒たちは昼休みを楽しむ。食べきれない人たちは、食べ切るまで、掃除をすることも、昼休みを楽しむことも許されない。5時間目の授業が始まるまで、とにかく席を立たせてもらえなかった。
そして極め付けに、5時間目が始まるまでに食べきれなかった子供達は、授業が始まる前にみんなの前に立たされて、食べきれなかった理由を説明させられる。そして、掃除に参加できなかった事を謝らされる。大体いつも決まって同じ子たちである。
当時食が細かった私は、本当に給食が辛かった。みんな同じ量によそわれた給食。外で走り回るより絵を描くことが好きだった私が、活発な子と同じ量食べられるわけない、と今では思うが、当時の私はそんなことを考える余裕すらなく、ただ時間に追われるように、胃の苦しさを感じながら、食べ物を詰め込んでいた。

ついに、5時間目が始まる前まで食べきれないことがあった。私以外のメンバーは、5時間目の前にいつも謝らせられている子たちだったと思う。
私たちはみんなの前に立たされて、一人ひとり理由を聞かれる。私は
「お腹いっぱいで食べきれなかった。」
と答えた。すると担任は
「宮本さんは家でも、せっかく作ってもらった料理をお腹いっぱいだからって食べないって言うの?」
と詰めてきた。
今の私だったら、「先生の家に、ラップないんですか?」と聞き返すと思う。だけど当時の私はただ、恥ずかしいやら、先生は怒っていて怖いやらで、泣くしかできなかった。

その日の夕方、私はまだ落ち込んでいた。
家に居ると突然電話が掛かってきた。母が出る。私はすぐに担任の電話だと分かった。今日給食を食べきれなかったことが母にバレてしまう。当時の私にとってめちゃくちゃ恥ずかしいことだった。
電話を切った母が私に、
「今日給食食べきれなかったんだって?泣いていたから、体調悪かったんじゃないかって、先生心配して電話かけてきたよ。」
と言った。
よかった、私は泣いていた事を、担任の言った通り体調が良くなかったことにした。
みなさんお分かりの通り、私は本当にお腹いっぱいで食べられなかっただけで、体調が悪かったわけではない。この担任が電話を掛けてきた本当の目的は、ただのクレーム対策だ。こんな様子だからクレームも多かっただろう。自分が泣かせたその理由は、子供自身のせい、それも性格などというと親が怒るのを分かっているので、体調不良なのかも?と当たり障りのないもののせいに仕立て上げて、心配なので電話しましたぁ、と親には言うのだ。ヒィ
客観的に見て酷すぎる。でも当時は、ただ怖いだけの存在だった。子供ってなんてピュアなんだろう。

色々思い出しすぎる。書ききれないくらい苦しい1年間だった。結局その給食事件以外で、私が目立って標的にされたことはなかったと思う。ただ、間違いなく私にトラウマを植えつけた大人の一人だ。
そして恐ろしいのがその当時の私に「私今、この人のせいで苦しんでいる!」といった自覚がなかったことだ。大人になって思い出して、うわぁ〜やばすぎ担任やな〜とやっと理解した。

4年生になって、担任も変わり、まだ極度の心配性ではあったものの、以前のように学校に行くことへの恐怖は無くなった。そして半年が過ぎた頃、両親が隣の区にマンションを買った事がきっかけで転校することになる。

これはもっと大人になってから知るのだが、その後6年生になった子供達に、担任ではなくなったその先生はいじめられるようになったそうだ。今も教師をしているのかどうかは定かでない。


今感じること

子供は、まだ世界を大人ほどに知らない。置かれた環境こそが世界だと思いやすい。
いろんな経験をして、やっぱあいつやべーな、と思っても、その当時は先生の言う通りに出来ない人がおかしいと思っていた。

でも、私たちは大人になっていても結局、自分が見ている世界を世界だと思っている。私が子供の頃思っていた「世界」が全国約1万9千あるうちの、たった1つの小学校で起こっていたことなんて知らなかったように。社会で起きること、身の回りで起きること、誰かが決めたルール、その全てを私たちは「世界」だと認識している。

合わせられる人こそ、我慢できる人こそ、頑張れてしまう人こそ、子供のように純粋な人こそ、それを世界だと思いやすい。

私たちが思う「世界」とは一体何なんだろう?


この経験から学んだこと


とにかく、陰と陽の大きさは同じだと言うのはその通りだと思う。
私はこの後、転校先で恩師や大好きな友達に出会うことになる。また新たな世界に出会い、自分が思っていた「世界」なんてものはたった一つの小学校の話だったと気づいた。
ただ楽しいだけの小学校生活だったら気づけなかっただろう。先生という存在がどれだけ子供たちの世界を作っているのか。

そして自分が思っているより世界は広いということ。

この考えは、私の根底に常にある。
そして私の好奇心と行動力を突き動かす一部となっている。



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