マスクの下の無精髭
コロナ禍で会社にマスクが常備されるようになってから、ある変化に気づいた。
昼休み、食事のためにマスクを外した男性社員の顎に、明確な無精髭がある。
以前なら、営業職でも内勤でも、朝きちんと剃られた肌が当然だった。日本の会社員男性にとって「毎朝ひげを剃る」は、きっと義務に近い。清潔感という名の社会的契約だ。
ところが、マスクがそれを覆い隠した。
口元は見えない。
顎も見えない。
上司も顧客も確認できない。
するとどうなるか。
剃らなくても、問題が起きない。
ひげ剃りは、案外コストの高い作業であるらしい。時間がかかるし、肌は荒れるし、替え刃も安くはない。毎朝のルーティンとして何となく続けているが、「絶対に必要か」と問われれば、実はそうでもないということか。
マスクは、その問いを可視化した。
そして男性たちは、静かに合理的判断を下したのだろう。
──今日は、まあいいか。
面白いのは、マスクを外す瞬間である。
隠れていた顎が現れ、社会的に整えられたはずの顔の下から、少しだけ“本音”が覗く。
ああ、みんな、面倒だったんだな。
誰も声には出さないが、そこには奇妙な連帯感がある。
剃らなくてもいいと分かったとき、人は案外あっさり剃らなくなる。清潔感とは、道徳ではなく、環境に支えられた習慣だったのだ。
もしマスク文化が完全に終わったら、彼らは再び毎朝丁寧に剃るのだろうか。
それとも、一度緩んだ規範は、少しだけ戻りきらないのだろうか。
私は昼休み、マスクを外す人の顎を観察しながら考える。
社会とは、思ったよりも薄い布一枚でできているのかもしれない。
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