バズらせたり、目立つことにつかれ始めた
木下斉さんの記事より。
『バズること、目立つこと、インスタ映えすることへの関心が、急速に薄れてきている。代わりに求めているのは、限られた仲間との深いつながりであり、わざとらしい演出のない、ありのままの日常です』
それこそ、先日、活動仲間と話した話題。
Z世代じゃないのだけど、バスらせたり目立つことに気持ち悪さを感じ始めて、数年前から書くのを控えはじめ、ついに携帯からFacebookのアプリを消してしまいました。
自分の支援や活動報告を発信することに違和感を感じ始めた。
支援自体は変わらずやってるし、今の福祉政策について怒りを覚える事はずっとあるのだけど、もう、そういうことをSNSを通して発信する事に疲れ始めた。
SNSでの発信については、20年以上も続けてきたし、これまでもこういう活動を通して、色々なソーシャルアクションを起こすことができたし、これが自分の活動スタイルだと思い込んでいたので、突然訪れた感情の変化に自分自身が戸惑っている。
しかし、最近気づいたのは、時代はそういう流れになり始めているらしい。ということ。
※ある意味、流行に乗っているということ?
先日、活動仲間ともそういう話をしたのでした。
木下斉さんの記事にもあったが、「映え」よりも「共感」に関心が移り始めた。
皆の前で自分の活動を伝えて注目を浴びることよりも、もっとシンプルに活動仲間とワヤワヤ話したり、地域の人とお話したりすることに幸せを感じる。
戦う社会活動の仕方よりも、もっとシンプルに仲間達と自分たちのできる範囲でやりたいなという気持ちになってきました。
最近は、地域の民生委員活動や地域活動に面白さを感じ始めていて、例えば民生委員さん達と地域の事を話したり、地域の人たちとゆるゆるとお話したり。
特に家族と毎日、同じテーブルを囲んでおしゃべりをしながらご飯を食べるという生活がたまらなく幸せで、夜の予定は極力入れないようにしてる。
SNSそのものをやめるわけではないのだけど、見てもらう事を前提とした発信に興味が湧かなくなった。
木下さんの記事。これにとても共感する。↓↓↓
『バズること、目立つこと、インスタ映えすることへの関心が、急速に薄れてきている。代わりに求めているのは、限られた仲間との深いつながりであり、わざとらしい演出のない、ありのままの日常です』
『数年前の意識のままSNSなどを活用して発信をするのは禁じ手ということにもなってきています。』
時代は今、大きなパラダイムシフトに入っている
スピリチュアル的な話を交えて話すとすると、時代は土の時代から風の時代へと変化をし、世の中が「透明化」「風通しのいい」世界に変わり始めた。
2025年から2026年は特に「パラダイムシフト」という状況が起き始め、例えばコロナの流行によって、一気にオンラインを中心とした社会に変化したり、AIが広がり、働き方の概念が大きく変わったりしてきているが、これは自分の身の回りを見ても同じような現象が起きていることに気づく。
例えば、私は自分の仕事の「核」ともいえるデイサービスや宅配弁当の配達を突然辞め、今年はなんとフードバンクを辞めることとなった。
これまで、自分の人生の大半を占めていた活動や仕事だったし、これからももちろんずっと続くと信じていたが、色々な環境要因の中で、突然「うん、手を引こう」と突発的に決断した。
突発的だったけど、多分、体の奥底ではなんとなく違和感を感じ始めていたのではないかと思う。
1.介護保険改定含めた、福祉政策の限界
2.福祉政策における施策と、地方での乖離
こういうことが、じわじわと自分の理想を崩していく。
これ以上この路線で進むと、理想の社会に到達できない。
そんな感覚が、ここ数年じわじわと感じ始めていて、その違和感は突如色々な事象で現れた。
「軌道修正だ」
そういう流れで、今年の2月に急に全てをリセットする覚悟を決めた。
さて、話戻ります。
これまで全ての労力と資金を注いできた、様々な事業を手放すことになり、それらが一気に無くなったことで、もっと喪失感があるのかというと、そうでもないことにも軽い驚き。
問題、課題はまだまだ山積み。この社会を変える方法はまだたくさんあって、これからはまた違う角度からソーシャルアクションを起こそうと企んでいる。
これまでとは違った形のソーシャルアクションもある
まだまだ問題提起したいことはたくさんあるし、ソーシャルアクションを起こす事をまだ、諦めていない。
これからどういうソーシャルアクションを起こすのかは、決めている。
そのために、今コツコツと準備をしているところだ。
ここからは、宣言も兼ねて書いてみようと思う。
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