「共感力」と「ネガティブ・ケイパビリティ」こそがイノベーションの最強スキルである理由
各所で囁かれている通り、現代はVUCA(Volatility, Uncertainty, Complexity, Ambiguity)の時代と呼ばれ、正解の見えない「あいまいさ」が常態化しています。このような状況において、物事を前進させ目的に近づくためには、従来の論理的な思考力や結果成果による判断・評価だけでなく、「人間味」こそがキーになることもまた、AIやロボットとの比較も含め、多く指摘されていることでしょう。この「人間味」の中核をなすものがまさに感情的知性(EQ: Emotional Intelligence)と呼ばれるものであり、このEQの中核的な要素として「共感力」があげられます。
私は新規事業開発やイノベーションの実践者、あるいは支援者として多くの経験を積む中で、このEQの発揮が成功に大きく関わることをに着目し、研究と実践を進めています。(参考記事:イノベーションと感情知能(EQ))
これまでの記事でも、今回取り上げる「共感力」以外の構成要素である、「感情リテラシー」と「自己パターンの認識」「結果を見すえた思考」「感情のナビゲート」「内発的なモチベーション」「楽観性の発揮」について、それぞれのイノベーションとの関係を考察してきました。
そしてこの共感力は、VUCA時代に求められる能力である「ネガティブ・ケイパビリティ」と密接に関係し、特にイノベーションにおいてその相互作用が重要な役割を果たします。今回は、これらの能力の定義、関連、そしてイノベーションになぜ重要なのかについて整理してみたいと思います。
1. 共感力とネガティブ・ケイパビリティの定義
共感力
共感力は、EQの重要な構成要素であり、他者の感情や視点を深く理解し、それに寄り添う能力を指します。「人の立場に立つ」「眼の前の人の靴をはく」などとも表現されますが、その人と同じ経験、同じ人生を歩んだとしたら、きっと自分も同じ感情になるだろうと想像し、深く理解する力であると言えます。つまりこの力は、単なる同情ではなく、相手の置かれた状況とその場面における内観や感情を自らの中で追体験することで得られるものなのです。信頼関係の構築、チームの協働、顧客ニーズの深掘り等々に不可欠な能力だと言えるでしょう。
表面的な共感、例えば単に空気を読んでそれに従ったり、相手の意見に迎合するだけでは、目的に近づかない状況は少なくありません。この時、真に共感力を持った人であれば、それぞれの意見や状況に理解を示しつつも、真に成し遂げたいことにも共感できるため、別の可能性があることも伝えることができるのです。
ネガティブ・ケイパビリティ
ネガティブ・ケイパビリティは、「曖昧さや不確実性、混沌とした状況に耐え、即座に答えを求めることなく、その状況を受け入れられる能力」を指します。簡単に言うと「不安を楽しむ力」ということもできるでしょう。この力がもたらす恩恵として、短絡的な結論を避けつつ物事を多面的に捉えられることや、ストレス耐性、そして変化や困難に立ち向かうモチベーションを支える力となる事があげられます。簡単に答えを出せることが少なくなったVUCA時代において特に求められるスキルであり、複雑で正解がない状況において忍耐と柔軟性に基づいた、「しなやか」で「したたか」なリーダーシップをもたらすものです。
2. 共感力とネガティブ・ケイパビリティの関係性
(1) 曖昧さの中での深い理解
共感力を発揮する際、突き詰めると対象はあくまで人間であることが多いでしょう。そしてこの場合、相手は「曖昧で変化する存在」であり、感情や意図が必ずしも明確でない場合や、言語化できていないケースに直面することとなります。ネガティブ・ケイパビリティは、まさにその「曖昧さ」を受け入れるベースとなるスキルなのです。これを発揮することで、対話を諦めず、相手を深く理解し、的確な対応を引き出す余裕すらも生まれてくるでしょう。
(2) 矛盾や葛藤の受容
共感力は、わかりやすい心理状況への理解だけでなく、相手の中に存在する複雑な矛盾や、相反する事象の中で揺れ動く葛藤とも丁寧に向き合い、受け止める力でもあります。それを可能とするのは、複雑なものを短絡的に単純化することなく、自分自身の中にも生じている曖昧さや答えの出ない不安な状況に耐えるネガティブ・ケイパビリティが不可欠になるのです。共感力とネガティブ・ケイパビリティの両者が相互に補完し合うことで、より複雑な人間関係への理解や、様々なステークホルダーへの配慮を含んだ意思決定が可能になるのです。
(3) 長期的信頼の構築
ネガティブ・ケイパビリティが短絡的な断定を避け、状況の変化を受け入れる余裕を与える一方、共感力が相手の感情を汲み取ることで、「この人とは腰を据えてつきあっていきたい」といった信頼関係にもつながっていくでしょう。この信頼が、長期的な協力関係や持続可能な価値創造の土台となることは容易に想像されると思います。お互いがお互いの表面的な行動やその結果成果だけでなく、「どんな経験からどんな感情や価値感によって」その営みをつづけているのか?を曖昧な言葉でも深く聴き合い、問い合い、共感共鳴し合うことで、パートナーシップは強固なものになるのです。
3. イノベーションにおける共感力とネガティブ・ケイパビリティの必然
(1) 不確実性への耐性と柔軟性
新規事業開発やイノベーションの初期段階は、不確実性が最も高い状況にあると言えます。市場の反応、先端技術の適用性、競合の動きなど、既存リソースの状況変化も含め、さまざまな要素が予測困難なことは想像に難くないでしょう。加えて自身の内面にも「想いはあれど確信には至らない」曖昧さを抱える事になります。この様な場面において、ネガティブ・ケイパビリティがこれらの不確実性に耐える力を提供するのと同時に、共感力を発揮して、チームメンバー、顧客やパートナーの本音と「本音で」向き合うことを可能とします。それがあってこその、質の高い仮説検証や意思決定であることは、多くの方にご理解頂けるのではないでしょうか。
(2) インサイトの発見
いわゆるデザイン思考が「共感」を重視していることからも、共感力は、顧客の表面的なニーズだけでなく、潜在的な欲求や課題(インサイト)を明らかにする鍵になります。この洞察力は、従来の市場には存在しない新しい価値を創出する出発点ともなるでしょう。しかしながら、インサイトの発見は計画通りに進められるものでもなく、焦りの中での粘り強さの発揮や、近視眼的になりがちな状況においても偶然を受け入れる「心の余裕」が必要となります。これらこそがまさに、ネガティブ・ケイパビリティであると言えるでしょう。
(3) チームの協働と創造的対話
イノベーションとダイバーシティの関連も多く指摘されていることですが、多様なスキルや視点を持つメンバー間はもちろん、社内外の様々なステークホルダー、そしても顧客との共創や協働は必須な要素です。それぞれの場面において、共感力を持つことでチーム内の心理的安全性を高め、建設的な対話が生まれます。しかしそれらは、多くの不確実性をはらんでいることもご理解頂けると思います。だからこそ、ネガティブ・ケイパビリティによって、異なる意見や曖昧な状況における「対話の土台」を築くことが、創造的アイデアの創発のキーとなるのです。
(4) 長期的な価値創造
新規事業開発やイノベーションは、他の提供価値の獲得手段であるM&Aや投資と比較しても、長期的な価値創造を目指すプロセスです。共感力を発揮してチーム・顧客。ステークホルダーとの信頼関係を築きつつ、ネガティブ・ケイパビリティを発揮して粘り強い対話と試行錯誤を続けることが、長期的な視点を維持しつつ、持続可能な成果を生み出すのです。
(5)学習目標志向性
立教大の田中先生の著書『「事業を創る人」の大研究』『チームワーキング ケースとデータで学ぶ「最強チーム」のつくり方』においても、事業を担当することを『学びや成長の機会』だと考えている人ほど、パフォーマンスを発揮しやすい事が語られています。
既存事業においては「成果をあげること」にコミットする、業績目標志向性が高い人が大きな成果を残していることを示す研究もあるそうですが、新規事業はその逆。結果成果を重視するよりもむしろ、事業をつくる過程で自らを成長させ、生まれ変わろうとする人が、結果的に新規事業において成果をもたらすのです。短期的な成果を出すことが難しい新規事業開発において、この様な学習目標志向を支え続けるのが、ネガティブ・ケイパビリティであると言えるでしょう。
4. イノベーションの「双璧」としての共感力とネガティブ・ケイパビリティ
ここまで見てきた通り、VUCAの時代における新規事業開発やイノベーションの成功には、共感力とネガティブ・ケイパビリティの相互補完的な役割が不可欠です。共感力が他者の視点を理解し、人間関係の深まりをもたらす一方で、ネガティブ・ケイパビリティが曖昧さや不確実性に耐え、新しい可能性を探る基盤を築きます。この「双璧」を意識的に鍛えることが、新規事業開発やイノベーションのみならず、これからのリーダシップに不可欠のものであるとも言えるでしょう。
特に新規事業開発やイノベーションにおいては、これらの重要性が極まると思います。ワシントン大学のマークス・ベアー先生の研究(Baer, M. (2012). Putting creativity to work: The implementation of creative ideas in organizations. Academy of Management Journal, 55(5), 1102–1119)では、どんなに優れたアイデアを持っていたとしても「周囲からのサポートが期待できる状態」と「自身のネットワーキング能力」の両方が揃わない限り行動を起こさない可能性が高いとしています。
イノベーションの本質は、未知への挑戦。この挑戦を乗り越えるための武器として、周囲からのサポートを引き出し、上手くネットワーキングしていく能力に共感力が必須であると同時に、それらがすぐに目に見える結果に繋がらなくとも粘り強く行動を続けられるネガティブ・ケイパビリティが求められることに繋がります。
この2つの能力が、未来を切り拓く力になることを、皆様と共有させて頂けたら幸いです。
最後までお読みいいただきありがとうございました!
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