モザイク越しのプロポーズ【おかしな未来のショートショート】
2030年、スマートグラスの普及とプライバシー保護法の改正以降、この国では「視る権利のサブスクリプション」が義務化されていた。
改正の背景には、かつて社会問題となった「無断撮影」「ストーカー型監視アプリ」の横行があった。
「個人の視覚情報は本人の許可なく閲覧されるべきではない」
恋人、家族、友人——誰かの顔をはっきり見るには、月額料金を払い続けなければならない。
払わなければ、AIが自動でモザイク処理をかける。
「愛も、今や課金制か」と最初は世間が騒いだが、今ではすっかり日常になっていた。
どこかの誰かが儲かっているらしいが、詳しいことは誰も知らない。
街中の広告には「今月の人気プラン:恋人の表情がHD画質に!」と堂々と書かれ、 学生たちは「親の顔はSDで十分」と言い合っていた。
「よし、決めたぞ」
田中湊(みなと)は、胸ポケットの小さな箱を指先で確認し、深呼吸した。今日は恋人・七海の誕生日。静かなピアノの生演奏が流れている高級レストランの夜景をバックに、彼は人生最大の勝負に出るつもりだった。
本来なら、恋人の顔がちゃんと見えることを確認してから予約するのが、今の常識だ。
一度だけ確認をサボって、記念日のディナーが「モザイク鑑賞会」になったカップルの話を、つい昨日ニュースで笑い話として見ていたばかりだった。
目の前の席に座った七海を見た瞬間、湊の血の気が引いた。
「…え?」
そこにあるはずの七海の美しい笑顔は、モザイクに変わっていた。
隣の席のサラリーマンが、湊の方をちらりと見て、
「あー、また更新切れか。最近多いんだよな、月初は」と、スマホのバッテリーでも切れたみたいな声で呟いた。
湊は思わず目をパチパチさせた。
「いや、待て。俺、今日ワイン飲んでないよな? これ、現実?」
湊は思わず、ポケットの指輪ケースを二度見した。
「夜景を見ながら指輪を渡して…」と何度も練習した台詞が、モザイクの前では全部無意味になってしまった。
「ねえ、湊? どうしたの、そんなに固まって」
声は確かに七海だ。しかし、視覚情報は完全に「プライバシー保護された不審者」である。湊は震える手でスマホを確認した。通知画面には、冷酷なメッセージが表示されている。
(更新切れ…? いや、でも俺たち普通に仲いいし。こんなタイミングでモザイクとか、心臓に悪すぎるだろ)
『【重要】愛の継続プラン:決済エラー。更新料が未払いです。対象者への描画権限が一時停止されました』
さらに小さな文字で、
『※描画権限の復旧には最大3〜5時間かかります。※特急復旧は別途1,200円(税込)』
と書かれていた。
「(しまった…カードの有効期限が切れてたんだ!)」
よりによって、プロポーズの当日にサブスクが切れるとは。今から決済し直しても、反映までには時間がかかる。
「湊、今日…なんか緊張してない?」
七海の声は、いつもより少し柔らかかった。
その優しさが、モザイク越しでも伝わってくる。
「メニュー決まった? 私、このフォアグラの…」
七海がメニューを覗き込むたび、モザイクが文字まで巻き添えにしてぼかしてしまう。
店員がそっと「お客様、モザイク対応メニューもございます」と黒塗りの冊子を差し出した。
「あ、ああ! いいね、美味しそうだ(たぶん!)」
湊は必死に記憶の中の七海を脳内に合成したが、目の前の光景があまりにシュールすぎて、感動的なセリフがすべて霧散していく。
こんな状態でプロポーズする男が、世界のどこにいる。
一度、心の中で「今日はやめよう」と言いかけた。
指輪をポケットの中で握りしめたまま、何事もなかった顔をして、誕生日だけ祝って終わらせる未来が、頭の中でいくつも再生される。
七海は、湊の手元をそっと覗き込んだ。
「ねえ、今日…なんか隠してるでしょ?」
でも、七海が仕事で落ち込んだ夜、泣きながら電話してきた夜、湊は決めたのだ。
あの夜も、七海の顔は見えなかった。電話越しの声だけ。
でも湊は、彼女がどんな顔で泣いているか、手に取るように分かった。
どんな画質よりも、鮮明に。
そのとき湊は、画面の向こうにいる誰かではなく、「七海」という一人の人間を選んだのだと気づいた。
顔が見えなくても、気持ちは見える。
だからこそ、今ここで逃げたら、一生後悔する。
「…七海、あのさ」
「何?」
モザイクの密度が少し濃くなった気がした。一部が処理落ちしたようにカクついている。彼女が怪訝な顔をしている証拠だ。
湊は一度、深く息を吸い、意を決して、レストランの床に膝をついた。
(落ち着け…相手はモザイクだ。いや、相手は七海だ。いや、モザイクだ。どっちだ)
モザイク越しでも、七海が自分を見つめているのが分かる。
「俺、決めてたんだ。今日、君に言おうって」
「湊…?」
湊はポケットから指輪を取り出し、モザイクの中心部——おそらく口元があるだろう位置に向かって叫んだ。
「結婚してくれ! 顔が見えなくたって、君が七海だって分かる。
君の笑い方も、怒り方も、泣き方も、全部知ってる。
モザイクだろうが、何だろうが、俺は君を一生愛し続ける!」
レストラン全体が、息を呑んだ。
カトラリーの触れ合う音すら、消えた。
モザイクの塊が、かすかに震えた。
画面越しに、涙が一筋、モザイクの境界線を滑り落ちた。
長い、長い沈黙。
モザイクの向こうで、七海は息を呑んでいた。
こんな形で一生を誓われるなんて、正直、ずるいし、恥ずかしいし、少しだけ腹も立つ。
でも、モザイク越しでも分かる。湊が、今までで一番真剣な顔をしていることくらい。
ほんとに手際は最悪だけど——七海は、その不器用さに何度も救われてきた。
それでも——胸の奥がむずがゆくて、どうしても笑いが漏れた。
やがてモザイクの向こうから、「プッ…」という吹き出し音が漏れた。
「…あはははは! ちょっと、湊! 何そのプロポーズ!そもそも、なんで今日に限って更新してないのよ!」
その瞬間、店内のあちこちから笑い声が起きた。
「うちも先月更新忘れて同じことになったわ」
「あるある」
隣の席のカップルは、こっそりスマホを構え、店員は苦笑いを浮かべたまま動けずにいる。
湊は思った。(この世界、完全におかしいだろ…!)
モザイクの向こう側で、七海は確かに見ていた。湊の、必死の形相を。
「私、ちゃんと『自動更新オンにしときなさい』って、三回は言ったよね?」
七海は声を上げて笑った。しかし、その声には、呆れと同じくらい、嬉しさが滲んでいた。
モザイクが、笑いに合わせてふるふると揺れた。
「ごめん、本当にごめん! でも、こればかりはタイミングが…!」
「ほんと、こういう大事な日に限ってやらかすんだから。モザイク越しに愛を誓われるなんて、友達に一生言われるんだけど。…そんな恥ずかしい思いさせたんだから、責任取ってよね?…いいわ、お受けします。覚悟しなさいよ。私が決めたんだから」
「本当!?」
湊は歓喜し、彼女の手を取った。しかし、視界にあるのはドットの塊だ。薬指がどこにあるのか、さっぱり分からない。
「あ、こっち? ここかな?」
「痛っ、湊、それ小指! あ、今度は関節!どんだけ手元狂ってるのよ」
店員がついに「もう少し左です!」と小声でアドバイスしてきた。
そしてそっと近づき、困ったような、しかし慣れた手つきでタブレットを差し出した。
「お客様、プロポーズの妨げになり申し訳ございません。当店の『プレミアム視認権バイパス回線』をお使いいただければ、更新の反映が30秒ほど早まる可能性がございます。…末永くお幸せに」
「…ごめん、やっぱり七海の顔が見たい。今、特急料金に、この店のバイパス回線まで全部乗せで更新ボタン押したから!」
二人の笑い声が響く中、湊のスマホが『決済完了』の音を鳴らした。
デジタルな砂嵐が晴れ、ようやく現れた七海の顔は、涙が出るほど笑い転げていた。
「ねえ湊。これからも、更新忘れたら罰金だからね」
翌日、湊のスマホに通知が届いた。
『おめでとうございます! プロポーズ記念として、次回更新料10%オフクーポンをプレゼント🎉』
「…結婚したら、夫婦割プランとかあるのかな」
七海はスマホを操作しながら、くすっと笑った。
「調べたら、家族プランがあったわよ。月額2,980円。子ども一人につき追加980円」
「追加課金制かよ…」
あとがき
本作品は生成AI(Gemini, Copilot等)との対話を通じて着想を得ていますが、構成・執筆の最終決定はすべて人間であるわたしが行っています。
制作補助ツール: Google Gemini 3 高速モード/思考モード, Microsoft Copilot Smart, Anthropic Claude Sonnet 4.5, xAI Grok 4.1 Thinking
画像生成: Chat GPT
