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怪談じゃなくて、階段がこわい

以前書いた記事で、同年代の知人が階段から転がり落ちて救急車で運ばれたという話を書いた。骨盤を骨折したとのこと。この話を聞いてから、階段を使う時はものすごく気を付けていた(つもり)。

それなのに1週間前、階段を下りている時、まだ最後の1段が残っているのに、次は廊下だと勘違いをしてしまい、一瞬、踏み出した足が宙をさまよってから派手にコケてしまった。

体の左側が痛いような気がするけど、それよりも気を付けていたのになんで?というショックな気持ちが強くて、しばらくの間コケたまま起きられなかった。

ノロノロと起き上がってみると、とりあえず重症ではなさそう。左の太ももの上の方が痛かったので(打ち身の痛み)、すぐにアイスノンで冷やしたらマシになった。

不幸中の幸いで、骨折もせず、頭を打ったりもしなかったけど、一歩間違えれば救急車を呼ぶ騒ぎになっていたかもしれない。重い物を持っていたわけでもなく、軽やかに下りていて最後の段に気が付かなかったという…。階段を使うのが本気で怖くなってしまう。

鬱の薬をいっぱい飲んでいた40代は、よく外でコケて、足の甲を骨折したこともある。それで、友達からは「ババ臭い」と笑われても、いつでもそろりそろりとお年寄りのように気を付けて行動するようにしていた。

そうやっていろいろ注意して生活していたからか、50代はそれほど危険な目には遭わなかった気がする。でも、このところ明らかに加齢が進んでいるのか、今までの気を付け方では間に合わなくなってきたようだ。

私は、今まで60代になった自分をイメージすることが出来ずにいたので(そこまで寿命があると思えなかった)、同年代の人が「年金が…老後が…介護が…」などと言っているのを、自分とは関係のない話として聞いていた。年金をもらえるまで生きることはないと思っていたので。

老けない体づくりとか、体にいい食事とか、ほとんど意識せずにここまで来てしまった。あえて体に悪いことはしないけど、まったくの放任主義という感じでいる。

そのままで別にいいやという気持ちと、やっぱり、もうちょっと自分の体のことやら老後のことを考えないといけないのだろうかという気持ちの両方あるが、まあ、あれこれ考えても仕方ないか~と。

なるようにしかならないし、ただ長生きしたいとも思わないし(100歳を超えても元気な方は尊敬するけど)、普通に気を付けていたらいいんじゃないかな。

出来る範囲でやりたいことをして、やりたくないことは全力でやらなくていいようにする。食べたい物を好きなだけ食べる。好きなだけというのは、食べられる量だけという意味で、お腹いっぱい食べるという意味ではなく。

後悔のないように、やりたいことをやるというのも大事だけど、それと同じぐらい、やりたくないことをやらないことも大事だと思うのだ。

若い頃は旅行が大好きだったし、大勢でワイワイするのも好きだったけど、今は自分のベッド以外では寝たくないし、たまに人と会っておしゃべりするのは楽しいけど、なるべく1対1でお願いしたい。

買い物するのが好きなので、ほしいものは買いたい。どれもそんなに高い物ではないけど、買うと物が増えるから、使っていない物は捨てるようにする。これは本当にやらなければいけないと思っていて、最近、ゴミ出しの時に必ず1つは洋服や靴などを捨てるようにしている。

犬と一緒にゴロゴロする時に使っていた毛布も、ずっと手放せなかったけど、やっと踏ん切りがついて捨てることができた。もう使わないし、それがなくても私の頭の中は犬の思い出だらけなので。

とにかく少しずつやるしか気力も体力もなくなっているので、1つでもいいからマメに手放すようにして、来年の還暦を迎える頃にはスッキリなるようにしたい。そうだ、それを目標にしてしばらく生き延びよう。

今年は、あとちょうど残り半分で、ざっくり30個×6か月としても180個の物がなくなる計算!?こうやって数字にあらわすと私にも出来そうな気がしてきた。

階段から落ちたり、他にも落ち込むようなことがあったけど、ちょっと気持ちが上向きになってきた。コツコツ続けるというのは、最近のマイブームなので、きっと出来ると思う。

私なりの還暦ライフが投げやりにならず、地に足がついたものになるように、これから少しずついろんなことを整えていこう。がんばらずにのんびりコツコツと。

今はダラダラしすぎで体力も温存しているから、少しぐらいがんばっても大丈夫なはず。というか、ちょっとはがんばれよ、私。