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扶養を抜けてフルで働けば?――その言葉に、私は【AI】で答えを出した~45歳の決断~


「時間だよ?」と言われるたびに、私は何かを削られていた。

――扶養内パートの私と資産形成

「時間だよ?」

16時になると、誰かが声をかけてくれる。

一見、気遣いだ。でも私の耳には、いつもこう聞こえていた。

「まだいるの?」 「あなたは早く帰れていいよね」

言葉にされたわけじゃない。でも、空気はそう言っていた。

「早く帰れていいよね」

そう思われているのはわかっていた。 でも、16時に退勤してから私の一日が終わるわけじゃない。

仕事帰りに夕飯の買い物をすれば、もう17時半を過ぎている。 そこからは次男の塾の送り迎え、長男のバイトの送り迎え。 夕飯をつくって、洗濯して、片付けて。 座る暇さえない。

「拘束時間の長さ=苦労の証」 その物差しでは、私の一日は永遠に見えない。

私の勤務は月13日、16時まで。 他の人たちは月17日、フルタイムで働いている。

効率よく仕事を終わらせて、時間通りに帰る。 それだけのことが、なぜかやっかみの対象になっていた。

「扶養抜けてフルで働けば?」

そう言われたとき、私は一度だけ、本気で【AI】を使い調べつくしたことがある。そこまで昔の話ではない。去年の年末だ。
なんならその時につくった社会保険加入一年でいくら増えるの?というプロンプトだ。この時までプロンプトさえ知らなかった私だが4つの【AI】に質問しているうちに出来たものだ。
↓これがプロンプトです↓お試しあれ♪

時給1,150円。月120時間。 手取りで14万円。社会保険料を引いたら12万円を切る。


それだけじゃない。 社会保険料だけで年間20万円以上が消える。 控除もなくなって、夫の税負担も増える。 全部ひっくるめて計算したとき、「増えた分」がどこにいったか、わからなくなった。

見返りとして得るものは何か。

65歳になったとき、年金が月800円弱、増える。

答えは出ていた。

でも同時に、こうも思っていた。

このまま、ずっとこの綱渡りを続けるのか。

老後なんて全然見えなかった。 扶養の中で働き続けて、この先どうなるのか。 漠然とした不安だけがあった。

あの頃、何か始めようとするたびに「扶養から外れるかも」という不安が頭をよぎった。

ビットコインが話題になったとき、調べたら「雑所得になる」と出てきた。 LINEスタンプも同じだった。 何をやろうとしても、扶養という壁にぶつかる気がした。

だから何年も、動けなかった。

NISAのことを知ったのは、そんなときだった。 「これは非課税だから、扶養に関係ない」 その一言で、初めて壁が消えた気がした。

会社の理不尽が、教えてくれたことがある。 扶養の壁の計算が、教えてくれたことがある。

「自分で稼げる力」を、今すぐ育てなければいけない。

それが、37歳の私が出した結論だった。

あれから8年。 綱渡りの中身は変わったけれど、綱渡りは続いている。

3か月前、三男が原因不明の倦怠感で動けなくなった。 学校に行けない我が子のそばに、ただ寄り添う日々。 実家の母や義母に助けてもらいながら、今もその中にいる。

そのとき改めて思った。

「もし場所を選ばず仕事ができていたら、もっと安心感を与えられたのに」

でも、8年前に始めたことが、今の私を少しだけ楽にしてくれている。

元本約338万円が、ほぼ2倍の約678万円になっている。 先日、一日でマイナス18万円になった日があった。 それでも、売る気はまったくない。

37歳のとき、老後なんて見えなかった。 45歳の今は60歳まで後15年夫の定年がやはり老後の入り口になるであろうと思うと老後の扉が小さく見えてきている気がしている。やはり、あのとき始めてよかったと思っている。

遅すぎることなんて、なかった。

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今ミキ💕



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