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種は誰のものなのか。──NHK「真相の館『種』」を見て考えたこと


NHK「真相の館『種』」を見ていて、思わず引き込まれた。

種は小さな存在だ。しかし、その一粒の中には、人類が自然と付き合ってきた長い歴史が詰まっている。

人類最古の研究開発

人類は何千年もの間、よく実る植物、病気に強い植物、味の良い植物を選び、収穫した中から次の年にまく種を残してきた。その繰り返しによって、稲や麦、大豆、野菜、果物は、現在の姿へと変わってきた。

これは、自然が一方的に与えてくれたものではない。人間が観察し、選び、育て、失敗しながら積み重ねてきた成果である。

研究開発というと、私たちは大学や企業の研究所、白衣を着た研究者を思い浮かべる。しかし、人類最初の研究者は、畑に立っていた農民だったのかもしれない。

論文も、実験装置も、データベースもない。それでも、「今年はこちらの方がよく育った」「この株は病気に強かった」「この実は味が良かった」という経験を蓄積し、その知識を種とともに次の世代へ渡してきた。

種は、人類が最も長く続けてきた研究開発の成果だった。

種は、最古のオープンソースだった

同時に、種は長い間、共同体の中で共有されるものでもあった。

農家は自分たちで種を採り、保存し、近隣の農家と交換した。ある土地で育てられた種が別の土地へ渡り、そこで選び直され、その地域の気候や土壌に合った品種へ変わっていく。種とともに、栽培の知識や食文化も受け継がれてきた。

あえて現代の言葉で表すなら、種は人類最古の「オープンソース」だったともいえる。

もちろん、昔の種が現在のソフトウェアのような明確なライセンスの下で公開されていたわけではない。だが、誰か一人が完成品を所有するのではなく、多くの人が使い、改良し、次の世代へ手渡してきたという点では、よく似ている。

国際的にも、農家が自家採種した種を保存し、利用し、交換することは、「農民の権利」を考えるうえで重要な要素とされている。種は単なる生産資材ではなく、地域の歴史や文化、長年蓄積されてきた知識と結びついた存在だからである。

共有財から知的財産へ

しかし、近代以降、種をめぐる仕組みは大きく変化した。

交配技術や遺伝学が発達し、大学、公的研究機関、種苗会社が計画的に新品種を開発するようになった。病気に強い、収量が多い、形や大きさがそろう、輸送に耐えられるといった性質を持つ品種が、長い時間と費用をかけて生み出されていった。

新品種の開発には十年以上かかることもある。気候変動が進む現在では、高温や干ばつに耐えられる作物、病害虫に強い作物を生み出す研究の重要性も高まっている。

長期的な研究を続けるためには、開発した品種の権利を一定期間保護し、投資を回収できる仕組みが必要になる。そこで生まれたのが、育成者権をはじめとする植物品種の知的財産制度である。

種は、共有される資源であると同時に、研究開発の成果として保護される知的財産にもなった。

ここに、現代の種をめぐる難しさがある。

数年前、日本では「主要農作物種子法の廃止」や「種苗法の改正」をめぐって、大きな議論が起きた。

2018年に廃止された主要農作物種子法は、稲、麦、大豆の優良な種子を安定的に生産・普及させるため、都道府県に原種や原原種の生産、種子生産圃場の審査、奨励品種を決める試験などを求めていた。戦後の日本では、都道府県の農業試験場や研究機関が、地域に適した品種を選び、その種を安定的に供給する仕組みを担ってきたのである。

政府は、種子法を廃止した理由について、行政だけでなく民間の力も生かし、中食・外食向けの多収品種など、多様化した需要に応える種子の供給を促すためだと説明した。また、種子法はもともと外資系企業の参入や遺伝子組換え作物を規制する法律ではなく、廃止によってそれらの規制が緩和されるわけではないとも説明している。

それでも、多くの人が不安を抱いた。

海外企業への懸念は、どこから生まれたのか

背景には、世界の種子産業で企業の買収や統合が進み、農薬、種子、バイオテクノロジーを一体で扱う巨大企業が生まれていたことがある。

象徴的に語られたのが、アメリカのモンサントだった。モンサントは除草剤と遺伝子組換え種子を組み合わせた事業で知られ、2018年にはドイツのバイエルに買収された。この大型統合は競争当局の審査対象となり、バイエルは一部の種子や農薬関連事業を売却したうえで買収を完了している。

こうした世界的な産業再編を見れば、「日本でも公的な種子供給が弱まり、一部の巨大企業への依存が進むのではないか」という懸念が生まれたこと自体は理解できる。

一方で、種子法の廃止を、そのまま「アメリカの農薬企業に日本の種を売り渡す制度」と説明するのも正確ではない。

種子法が対象としていたのは、稲、麦、大豆の種子を都道府県が生産・普及させる仕組みであり、外国企業の参入を直接規制する法律ではなかった。廃止後も、独自の条例をつくって公的な種子供給体制を維持しようとする自治体がある。

また、2020年に成立した改正種苗法は、種子法の廃止とは別の制度である。こちらは、シャインマスカットやイチゴなど、日本で開発された登録品種の苗や種が海外へ流出し、無断で栽培されることを防ぐという目的が強かった。育成者が輸出先や国内の栽培地域を指定できるようにし、品種開発者の権利を守りやすくしたのである。

つまり、種をめぐる二つの制度改正は、「海外企業が日本へ進出した」という一つの筋書きだけでは説明できない。

そこには、いくつもの異なる問題が重なっている。

公的機関と民間企業のどちらが種の開発を担うのか。長い時間と費用をかけて開発した新品種を、どこまで知的財産として守るのか。農家が種を採り、使い続ける権利をどう考えるのか。地域で守られてきた在来種や遺伝的な多様性を、誰が維持するのか。そして、食料安全保障に欠かせない種を、特定の企業や国に依存しすぎずに確保できるのか。

必要なのは、どちらか一方ではない

「種は誰のものなのか」という問いに、単純な答えはない。

種を誰もが自由に使えるようにするだけでは、長期的な品種開発に投資した研究者や企業が、その費用を回収できないかもしれない。

反対に、権利保護を強めすぎれば、農家が種を採り、交換し、地域に適した品種を育ててきた営みが失われる可能性もある。市場が少数の企業に集中すれば、農家が選べる種の種類や価格に影響が及ぶことも考えなければならない。

必要なのは、「公的か民間か」「在来種か新品種か」「自由利用か権利保護か」のどちらか一方を選ぶことではないのだと思う。

基礎的な種子と遺伝資源は公共的に守る。地域の農家が育ててきた在来種と知識を受け継ぐ。民間企業や研究機関が新品種を開発するための投資も確保する。そのうえで、特定の企業や品種だけに過度に依存しない、多様な選択肢を残しておく。

種を守るとは、一つの種を金庫にしまうことではない。

種を育てる人、研究する人、生産する人、交換する人が存在し続ける環境を守ることなのだろう。

研究とは、単に新しいものを発明することではない。

過去から受け取ったものを観察し、改良し、未来へ手渡せる状態にしておくことでもある。

その原点は、研究所ではなく畑にあった。

一粒の種には、農家が何千年も積み重ねてきた知恵がある。公的な研究機関が地域の農業を支えてきた歴史がある。企業や研究者が新しい品種を生み出すために費やした時間がある。そして、これからの食料や環境を誰が支えるのかという問いがある。

種は、人類最古の研究開発であり、人類最古の共有資源でもあった。

だからこそ、種を誰か一人のものにすることも、誰のものでもないとして放置することもできない。

種は、過去の世代から借り受け、次の世代へ返していくものなのだと思う。


番組・参考資料

本稿は、NHK Eテレ「真相の館 種の真相」をきっかけに執筆しました。番組では、種の生産を誰が担っているのか、人類がどのように「新しい種」を生み出してきたのかを、謎解きを交えながら紹介しています。解説は、食料・農業のための生物多様性管理を研究する龍谷大学の西川芳昭教授です。

参考資料


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