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忍び寄るカゲは、ゆっくりと炎の向こうへ

#シロクマ文芸部  お題 #ゆっくりと


湿った葉っぱから立ち上る煙

長年、慣れ親しんだ小屋に居た。ゆっくりと影が近づいてくるのを感じる。小さな焚き火を企てようとする僕に向かって来るのだ。

『こや』か…。 小屋でも、古屋でもいい。
これが最後かもしれないと、百円ライターで火をつける。ゆっくりと立ち昇る煙に反して、なかなか火は燃え盛らない。

マンガ日本昔話に出てくる、片隅に土間がありそうな荒屋だ。僕らの長年の住処の周りには林もある。それでも、夏の間は、焼き芋が焼けるほどの良質な枯葉集めは難しかった。

枯草には土のついた根っこが混じり、青々と茂る伸び放題の草蔭から、一枚ずつ拾い集めた侘しい木の葉の山だ。どうか、善いタイミングで燃え盛ってくれ。

脇では『ライターじゃ風情がないなあ、カンバにマッチじゃないと仏さんが怒るぞ』マッチ箱を段ボール2つも溜め込んでいた母が、文句を言いたげな気配を感じる。

ぽっかり空いた夏の記憶

着火した枯葉のひと山は、激しく燃え盛ることも、野山に引火することもない。何しろ周りは田んぼさえ完備された、家庭菜園の畑に囲まれた一軒家だ。

幼い頃は、蕨採りの裏山、田んぼの土手では蕗の薹を探して母の後を追った。初春の蕗味噌、菜の花のお浸し、一緒に蓬餅もついた。

タラの芽は、漆と間違えて一度痛い目をみたが、やはり春には天麩羅が食べたい。蕨採りが終わると、少し離れた蕗沢に、傘になりそうな蕗を求めて入り込んだ。

毎年、夏は何をしていたんだろう

昆虫を追って、川で魚の掴み取りをして夢中だったんだろうか、記憶が欠けている。大きなモリを振り回し、魚を突いて食べていたのかもしれない。

はて?夏に何を食べていたのか思い出せないが、まあいいや。この山から出たことのない僕にとって、ここでの一人暮らしは気楽過ぎる。

それでも、今は母との思い出が懐かしい

大きな森は、いつも僕らを歓迎していた。この焚火を越えたら、柿やキノコはどうなる?大好物のアケビも、きっとカラスが突っつくんだろう。そんなことが頭を巡る傍らで、重なった落ち葉はゆっくりと、真ん中からだんだん炭になっていく。

悪戯カラスにアケビを譲る

そろそろだな
地球の果てから続くと思える田舎道を、一つの影がこちらに向かっている。

ゆっくりと踏みしめるように
 低い背中を屈めながら
 確実に僕を目指している

待ち望んだ一年間、今日こそ実行の日だ。
今回で闘いは終わるのか、決断の時だ。

隣家との結界もない広大な土地で、ひとり毎食を探し集めるだけの日々。
毎晩、胸がしめつけられるような得体のしれない翳。

闇に浮かぶ小さなシルエットが、すぐそこまで来た時も、僕は焚火に向かい背を向けている。しゃがみ込む。焚火に向けた手を、縛ってくれと言わんばかりに後ろ手に回し、時を待つ。

いよいよだね

気配を感じると、陰は僕の肩に手を掛けた。間違いない感触だ。その重みとは比べ物にならない僕の心の重積は、今にも破裂しそうな風船の程に膨らんで、憎しみとも喜びとも思えない鼓動を打ちはじめる。

僕は背中の母に問いかけ、ゆっくりと一歩進んだ。
あの夏は、炎の向こうだね。

さあ、行こう、炎の先へ


《エピローグ》
白樺を焚いてご先祖様をお迎えするお盆の伝統は続くでしょうか。
 私の母は、長女だったので、お墓に提灯を持ってお迎えに行き、おんぶして帰る役目だったと話してくれました。ある年のこと、暗闇の物音に驚いておんぶの手をふりほどき、一目散で家に帰って何食わぬ顔をしてみたけれど、親からは「今年は寂しいねぇ」と言われたそうです。…

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