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人生の最期を考えると悲しみが止まらない❗だからこそ「幸せな生き方」について考えてみた💗

大学時代の友のお連れ合い(彼も大学時代の先輩)が亡くなった。
一昨年の春に、ステージ4の膵臓癌が見つかり、最後までブログを綴り、自分の命が尽きたときの文章も残してあったようだ。

その連絡が広がり、私が退職してから繋がりが薄くなった友からも連絡が入った。
その友とも1度久しぶりに会ってから、一緒に挨拶に行こうということになった。

その友の連れ合い(こちら2人は大学の同級生)が神経の病気になってしまった、とも話していた。

心を痛めていたところ、また違う友の連れ合いが、膵臓癌のステージ4という連絡が入った。
見つかったときは、肺にまで転移していたとのこと。

膵臓癌は、以前も知り合いが発見されて2ヶ月で亡くなったことがあり、「早期発見が難しい癌」らしい。

また、保育園時代の知り合いでも癌の治療をしている方や、大切な友も乳癌ステージ4になっている。

あまりにも身近に癌の話が多すぎて、それも気がつけばステージ4、ということも多すぎて、加えて神経の病気に罹った友もいて…本当に悲しみが止まらない。

みんな60代。まだまだこれから人生を楽しむときなのに…😭
家族の気持ちを考えるとやはり辛い…😭

今や癌は「2人にひとり」とも言われている。
いつ、身近な誰かがさまざまな重い病気に罹患しないとも限らない。
身近な誰か、どころか、私だっていつどうなるか、それこそ神のみぞ知ることだ。

年齢が重なり、シニアになると、家族だけでなく自分の人生の最期についてもふと考えてしまう。

だからかもしれないけど、若い頃のように、人生の目標を目指すとか、大きな夢は持たなくなった。
それよりも今を幸せに生きながら、自分と家族の健康を守り、身近な家族、友達、地域の方々との繋がりを大切にしながら過ごしたいと思う気持ちが強い。

家族と共に過ごす時間を大切にしよう❗
やりたいことはやり尽くそう❗
行きたい場所、会いたい人には時間を作って出かけよう❗
自分にも周りにもできるだけ優しく関わろう❗
そして、
毎日を笑顔で楽しく生きよう❗

と思う。

生きていれば色々なことは起こる。
思うようにいかないことも、悩むことも、怒りを感じたり、悲しみを感じることも起こる。

それも人生。
その一つ一つを受け止めて、自分の気持ちに聴きながら、自分にできることを一つ一つ取り組み、乗り越える。幸せに生きる❗と決めて生きる。

人生いろいろ、何歳になってもその年齢なりの生き方や成長はできる。
年齢が重なった今の私の幸せな生き方は、私がひとりで前へ前へ、ではなくて、四方八方に広がるような、豊かになるイメージ。
そして、自分だけが満足するだけでは幸せを十分には味わえない。
みんなで幸せになる❗

そんなとき、ふと宮沢賢治の言葉を思い出したので、noteのAIに聞いてみた。

参考までに⭐

『宮沢賢治の幸せとは』

宮沢賢治にとって「幸せ」とは、単なる個人の満足や快楽ではありませんでした。彼の幸福論は、非常に厳格であると同時に、深い慈愛に満ちたものです。

賢治の幸せに対する考え方を理解するための、4つの重要なポイントを解説します。

1. 「世界全体が幸せにならないうちは、個人の幸せはあり得ない」

これは、彼の著作『農民芸術概論綱要』の冒頭にある最も有名な言葉です。
賢治は、自分一人が豊かであったり、健康であったりしても、隣人が苦しんでいるならば、それは本当の幸福ではないと考えました。

  • 相互依存の精神: 人間は孤立して生きているのではなく、世界全体とつながっている。だからこそ、他者の苦しみは自分の苦しみであり、全体の幸福が達成されて初めて、個人の幸福も完成するという考え方です。

2. 「ほんとうのさいわい」の探求

代表作『銀河鉄道の夜』の中で、主人公のジョバンニは「ほんとうのさいわい(本当の幸せ)」とは何かを問い続けます。

  • 自己犠牲と献身: 物語の中で、他人のために命を捧げたサソリのエピソードや、友人のカムパネルラの行動を通じて、賢治は「他者のために尽くすこと」の中にこそ、真の幸福があるのではないかと示唆しています。

  • 苦難の中の光: 賢治にとっての幸せは、楽をすることではなく、たとえ苦しくても「誰かの役に立っている」という確信の中にありました。

3. 「雨ニモマケズ」にみる理想像

有名な詩「雨ニモマケズ」には、賢治が理想とした生き方が描かれています。

  • 無私の心: 「自分を勘定に入れずに」という言葉通り、自分の利益や名誉を求めず、東に病気の子供がいれば看病しに行き、西に疲れた母がいれば稲の束を背負ってあげる。

  • デクノボー(木偶の坊): 周りから褒められもせず、苦にもされず、それでも淡々と他者のために動く。賢治は、そのような「無私」の境地にこそ、究極の安らぎと幸せを見出そうとしました。

4. 宗教的・科学的視点(法華経と宇宙)

賢治の幸福論の背景には、熱烈な法華経への信仰と、科学者としての冷徹な視点がありました。

  • 菩薩行(ぼさつぎょう): 仏教の「自利利他(じりりた)」、つまり他者を救うことで自分も救われるという教えが根底にあります。

  • 宇宙的な広がり: 彼は人間だけでなく、動物、植物、石、さらには星々までをも含めた「宇宙全体」の調和を幸福と考えていました。


現代における賢治の幸福論

賢治の考え方は、現代の私たちには少し「厳しすぎる」と感じられるかもしれません。自分を犠牲にしてまで他者のために生きることは、容易ではないからです。

しかし、彼が伝えたかったのは**「つながりの中での幸せ」**です。
「自分さえ良ければいい」という孤立した幸福ではなく、誰かを笑顔にしたり、社会に貢献したりすることで得られる「心の充足感」こそが、時代を超えて変わらない「ほんとうのさいわい」へのヒントになるのではないでしょうか。

賢治は37歳という若さで亡くなりましたが、その短い生涯をかけて「どうすればみんなが幸せになれるか」を実験し続けた人でした。

今最愛の人を亡くして悲しみの中にいる人、病気と闘っている人、困難な中にいて、もがいている人、誰もが心も身体も癒されますように🧡

私は何もできないけれど祈ることはできるから。

昨日は人間ドックでした。
結果の全ては後日郵送されますが、今わかっているいくつかの事柄についてや、また久しぶりにカウンセリングにも行ったのでそこでの体験もあわせて【徒然なるまま日記】として記事にしたいと思います💗

今日もお付き合いいただき
ありがとうございました
m(_ _)m

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