1人の人間がこの世の中からいなくなるということは簡単なことではない!
終活というと、自分が死ぬ前には「家族に迷惑をかけないために」も自分自身の最後の準備をすることも必要だと考えられているが、1人の人間がこの世の中からいなくなるということは簡単なことではないと思うようになった。
身近なところで言えば、『おひとりさまの叔母』は、結婚をせず子どもも産まず、「誰にも迷惑をかけないように」と言う思いから、あるNPOと「生前契約」「死後事務委任契約」を結んでいた。
私達親族はそれを知ったときは、何とも言えない悲しい気持ちになったが、
叔母はマンションの片付けから自分のお墓まですべてを、ある意味お金で自分の最後を委託した。しかし、そのNPOが世代交代をしていくと、契約をしていた時の環境と変わる場合があり、信頼してすべてを頼んでいたにもかかわらず、叔母としては自分のイメージとは違うことになってしまうことにもなってしまった。
実際に、入院・退院・施設入所・身元引受人など、姪である私がすることになった。
私がサポートしてきたことは、変な話、家族として一銭もかかっていないが、それをそのNPOにゆだねるというときには、一つ一つにお金がかかってしまうし、信頼できないと思うようになった。
そんなこともあり、叔母は自分で希望して、NPOとの契約および「後見人」も解除して、私が「後見人」となることを望み公正証書に残した。
それでも叔母は、「家族に迷惑をかけないために」お金で自分の最期を信頼するNPOに委託しようと思っていたのに、結果一番したくなかった「家族に迷惑をかける」という形になってしまったことを、喜びではなく、切なさと感じてしまうようになった。
自分の人生を自分で決めたいと思っていたのに、と叔母の葛藤は大きかったと思う。
家族と共に過ごす喜びを感じても、何とも言えない孤独も感じてしまう。
自分自身が決めた「最期の在り方」を変えなければならないのか?
「いや、やはり私は「一人で生きて一人で死ぬ」と決めたのだから、もう一回「一人暮らしをしたい」」と強く思うようになった。
私達親族も施設も「それは難しい」と感じているが、それでも叔母の願いを叶えることを少しでも進めたいと話し合った。(施設にはまだ話していない。退所ができる状態になったら話す予定)
正直、親族としては叔母が施設にいるほうが安心だ。
「介護付き有料老人ホーム」で日々の食事や洗濯やお風呂や買い物はもちろんのこと、リハビリもしてもらえる。
でも、自分の人生は自分で決める。それを応援するのが、家族の役目だとしたら、見守りながら少しの間でも「一人暮らし」に戻れるようにしたいと時間はかかっているが、準備も進めている。
今は私の長男が叔母のマンションに住んでいるが、6月には引っ越し、叔母の荷物をわが家で預かっているものをまた叔母のマンションに送り返し、1人暮らしができるように区役所に介護サービスなどを相談しながら、様々整えてあげたいと思っている。
それでも、長男が引っ越したら、そんなことも私たちに頼らず「自分でする」と言う叔母。
自分の現実を受け止められず、「自分はもう治ったから一人でできる」と言う叔母。
とはいえ、「1人で全てをしたいようにすれば?」とはならず、
実際、施設から出るためにはしなければならないことがたくさんあり、本人の意向を受け止めつつ、一つ一つ進めていくしかない。
ただ、今までは私と夫がすべてを背負っていたが、私達だけではどうにもならないので、叔母の兄(私の母の弟)の子どもたち(叔母にとっても姪たち)と協力して進めていくことになった。
母や叔母(母の弟の連れ合い)や従妹たち、私の弟や夫と、叔母の一人暮らしへのスケジュールも話し合ってきた。
私達自身もどの道を選択するのが良いのか悩みは尽きないが、それでも何度も話し合いを積み重ね、今は以下のように計画をしている。
◎6月中に長男の引っ越し、掃除、メンテナンス
◎従妹の仕事の状況や私の状態も踏まえ、7月末にわが家に保管している叔母の荷物を運びこむ
◎8月に母と従妹と私と夫で叔母とこれからのことを叔母と一緒に話し合う。後見人をどうするのか、改めて親族でないNPOなどと再契約をするのかを決める。(以下の一人暮らしのためのリハビリ計画も家族がするのか、NPOなどに委託するのかを決める)
◎8月~9月にかけて一人暮らしのための介護サービスなどについて区役所に相談にいったり、一人暮らしのためのリハビリ(日帰りでマンションに行ってみる、買い物をしてみる、料理をしてみるなど)を続ける。
◎10月退所、1人暮らしを始める(最短)
実際は、叔母は東京、私たちは群馬と長野のため、緊急事態が起きたときにどう対応するのか、リハビリにどの程度付き合えるのか問題は残るし、これから誰に何が起きるのかわからないため、計画通りに進むのかも不安ではあるが、少なくとも、願いを受け止め何とか支えたいという気持ちを伝えていきたいと思っている。
その気持ちを叔母に受け止めてもらえることを祈って・・。
そして叔母にも
「人は一人では生きられない。
誰かの助けを借りて、力をもらい
誰かを助けて生きていく」
ことをわかってもらえたらと願っている。
最近noteでこんな記事を見つけた。
本人の思い、家族の思い、
「人が一人この世からいなくなる」ということは簡単なことではない。

私は、家族に迷惑をかけても、最後は全てを家族に任せようと思っている。
それを受け止めてくれ、見守ってくれる家族を徹底的に信頼しているからだ。
どんな家族を作っていくのか、どんな家族や信頼するNPOなどのサービスと関係性を作り上げていくのか、それが自分の最期を決めるのだなと感じてる。
人生の最期はどうあったらいいのか、
その絶対的な正しさはない。
少なくとも、自分はどう最期を迎えたいのか、それを実現するためにそれまでにどんな生き方をしてきたのか、これからどんな生き方をするのか、それは大きく関わっているのではないかと思っている。
そして自分にできることをできる範囲で準備をすることも大切かもしれない。
正直、私自身もまだまだ準備はできているとは思えない。。(笑)
少しずつ整えないといけないかなと思い始めている。
皆さんも一度考えてみてはいかがでしょうか?
今日もお付き合いいただき
ありがとうございました
<m(__)m>

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