初瀬の観音様|百人百色
うかりける 人を初瀬の 山おろしよ 激しかれとは 祈らぬものを
(小倉百人一首 74番 千載集 恋 707) 源俊頼朝臣
現代語訳
あの方が私を想ってくれるようにと初瀬の観音様にお祈りをしたのに、今より増して激しく冷たい山おろしにあうとは思わなかった。
『ちと聞きたいことがあるのじゃが』
『なんなりと』
『大層な自信じゃな』
『そういう訳でもございませぬが、お答えできるかできぬかは聞いてみねば分かりますまい』
『それもそうじゃの』
『して、何をお尋ねになりたいと?』
『観音とはいかなる仏じゃ?』
『阿弥陀如来の脇侍の一つで、仏教の菩薩の一つでございますな』
『菩薩とは?』
『悟りを求めて修行する者や、人々の救済に努める者をいうことが多ございますな』
『観音もその一つだと?』
『救いを求める者を救う慈悲深い存在として知られておりますな』
『観音はお一人か?』
『さて、それは神や仏の世界のことゆえ分かりませぬが、一般的には観世音菩薩と呼ばれており、時に観自在菩薩とも呼ばれておるようですな』
『では一番ご利益のある観音はどこじゃ?』
『これは難しいご質問じゃ』
『答えられぬか』
『観音様は数が多ございまして、しかもご利益も多岐にわたっておりますのでな』
『どういうことじゃ?』
『例えば、日本三観音というものがございますな』
『ふむ』
『京の今熊野観音、阪東の浅草観音、尾張の大須観音がそれにあたりますな』
『それで』
『今熊野観音はボケ封じ・頭痛封じに霊験があるといわれ、浅草観音は願いごと全般が叶うという、つまり広く浅くの所願成就がご利益とされており、大須観音は元が天満宮なので学業成就に霊験があるとされていますな』
『儂の知りたいご利益とは違うようじゃ』
『どのようなご利益をお望みで?』
『恋愛成就』
『ははぁ振り向いてもらえませぬのか?』
『うむ』
『それでついには神頼みならぬ御仏にお縋りしようとなさるのか』
『悪いか』
『いえいえ決してそのようなことは』
『それだとどこの観音になる?』
『そうですな、奈良・平安の昔から恋愛成就として有名なのは初瀬の観音様でござりましょうな』
『それはどこにある?』
『奈良は吉野の手前、大和路にございますな』
『そこに参れば必ず成就するのか?』
『そんな神や仏がおいでなら吾が先に詣りますな』
『必ずではないのか』
『そんな話は聞いたことがございませんな』
『ではなぜ成就という』
『確かに成就は願いが叶うことでございますが、困ったことに成就するとか成就しないとかとも言いますな』
『どういうことじゃ?』
『つまり成就する時もしない時も成就という言葉を使いますので、必ず叶うというようにはなりませんな』
『それでも奈良・平安の時代から大勢が詣っているということは、それなりによく叶うということではないのか?』
『初瀬詣でと言われたくらいですからそうでございましょうな』
『よその観音より願いが叶う確率が高いということであろう?』
『そうかもしれませぬな。初瀬の観音様は長谷寺に祀られており、別名花のお寺とも言われており、これからの季節ですと吉野に並び桜の名所でございますから、お出掛けにはちょうど良いかもしれませぬな』
『では手配を頼む』
『畏まりました』

『ここが初瀬の観音が祀られている長谷寺か』
『そうでございますな』
『どんな観音じゃ』
『ご本尊の観音像は日本最大と謳われておりますな』
『なんと日本一か』
『さらに木彫りの御仏としては日本最大級とも謳われておりますな』
『それも日本一か』
『こちらのお寺は起源を飛鳥時代とし、開祖が十一面観世音菩薩を祀ったそうですな』
『これは霊験ありそうじゃな』
『してお相手のお名前は?』
『知らぬ』
『知らぬ?』
『話したこともないのに知るわけがなかろう』
『それでどうやって御仏にお頼みされますのじゃ?』
『儂が頭に思い描くだけでは仏には通じぬか?』
『おそらく無理でございましょうな』
『では出直すか』
『いやいやせっかくここまで出向きましたのじゃ、ダメで元々でも御仏にお願いされるのがよろしくはございませぬか』
『そんなものか』
『要はご本人のお相手に対する想いと、御仏に対する熱意でございましょうな』
『それでいつ頃霊験は現れるのじゃ』
『それこそ神のみぞ、この場合は御仏のみぞ知るでございますな』
『とにかく参るとするか』
『そうでございますな』

『どうですかお詣りになった感想は?』
『人がやたら多いな』
『桜の季節ですからな』
『これでは願いを聞く仏も大変じゃな』
『そうでございましょうな』
『儂の願いは覚えていただけただろうか』
『どうでございましょうな』
『陽が暮れてきたからか、やけに風が冷たいな』
『初瀬の山おろしは有名でございますよ』
『そうなのか?』
『今回のお詣りは失敗だったようでございますな』
『どうして分かる』
『成就すれば山おろしは温い風だそうでございますよ』
『さすがに名も知らぬでは仏も手も足も出ぬか』
『お相手の名をお調べになってから再びこちらへお詣りされるか、それとも新しい出会いを探されますか』
『わざわざこちらへ参るのも面倒じゃ』
『結構な旅でございますからな』
『仕方ないから二人いる妻で当分は辛抱じゃ』
『それがようございますな』
『当分じゃぞ』
『はいはい、では宿屋へ参りますかな』
『どんな宿じゃ』
『志を同じうした方々が多ございましょうな』
『皆恋愛成就に来た面々というわけか?』
『場所が場所だけにそうでございましょうな』
『夢破れたおなごもおるんじゃな』
『そうでございましょうな』
『これは面白いことが起こりそうじゃ』
『当分ではござりませぬのか?』
『儂の当分はほんのいっときじゃ』
『やれやれ』
『早う参るぞ』
『はいはい』

作 者
源俊頼朝臣(1055~1129)
大納言経信の三男
白河天皇の命で「金葉集」の撰者となる
和歌は技巧的であり、藤原定家が絶賛している

Sofia Camera / Here We Go Again

賑やかし帯はいつきちゃん。いつもありがと。

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