俺は月夜見
俺の名は月夜見。
だがこれは名ではなく職業のようなものだ。
名を明かせば呪にかけられる恐れがあるからなのだが、職業を名のように使っている。
その職業だが、読んで字の如く、月や星の運航を読む。
奈良や平安の昔で言えば陰陽師のようなものだろうか、吉凶などを占うが決して結果を売らない。なんてダジャレを言ってる場合ではない。
売らないのだから職業とも呼べないのだが、意外と当たると評判だと言うから困ってしまう。
オマケにお気持ちだけと、なにがしかの金銭や貢物を置いていく人が多いからさらに困ってしまう。
完全に不労所得だ。
じゃあ俺は何で食ってるのか?
公表されていないからここでは伏せておこうかな。
まぁ霞みたいなものだとだけ教えておこう。
今日も家の前に行列ができているみたいだ。
いい加減ご近所にも迷惑なんだよな。
なんとか逃げる術はないものだろうか。

『月夜見さまぁ、月夜見さまぁ、お留守ですかぁ』
『これあんた、月夜見さまがご不快に思われるから大きな声を出すでないわ』
『あいすみません』
『それにしても最近お出ましがないねぇ』
『そうでしょ。ですから今日こそは、ご在宅ならお願いしたいと思いましてな』
『ここにいらっしゃるのは皆さんそんな方ばかりですよ』
『それなら来た順番通りに並んで待ちますか。私が来た時にいらしたのはこの方とあの方、ということは私は三番目ですな』
『ちと甘いな御仁』
『そうそう、あの方もこの方も並び屋さんですわいな』
『へい、私は二人分』
『あっしは三人分でさぁ』
『そやからあんさんは六人目ですわ』
『そんな殺生な』
『銭さえもらえればいつでもどこでも並びまっせ』
『これこれあんさんたち、お外が騒がしいと月夜見さまがお怒りどす』
『おぉご在宅じゃ』
『お怒りはいかんぞ』
『そうじゃ、ご気分を損ねたら今日は無しになってしまうわい』
『そりゃいかん』
『し〜じゃ、し〜』
『そうじゃ、し〜じゃ』
『月夜見さまは今日のところは五人で勘弁せえということどす』
『そんなぁ』
『それから並び屋はん、順番が来た時にその人がここにいてはらへんとあきまへんえ』
『いてなかったらどうなりますのや』
『今日はなしになって次の人に権利がまわります』
『これからずっとその決まり事ですかいな』
『それは月夜見さまがお決めになること。私はお伝えしてるだけどす』
『とにかく今日のところはということですかな』
『頼んだ者が現れなんだら順番が変わるっちゅうこっちゃな』
『そうなるとますます離れられませんなぁ』
『ほんならまず最初の方、ご案内いたしましょ』
『1番は並び屋ですが本人いてません』
『そしたら2番の方』
『その人もいてません』
『これはちょっと困りますなぁ。ほんなら3番の方』
『向こうからくるご老人が3番ですわ』
『これは次の人にまわしたら可哀想でっせ』
『仕方おまへんなぁ』
『いやぁ皆さんご苦労はん、ぎょうさん集まって何事ですやろ』
『あんさんを待ってましたんや、はよ行きなはれ』
『ほう、わての番でしたんか』
『ほれ、早うしなはれ』
『ほな皆さんお先に』
『おいでの皆さん、残り4人でっせ』
『分かってますがな』
『次の順番は誰や』
『ここにはいてまへんなぁ』
『ほなその次や』
『私ですわ』
『これで2人目やな』
『残り3人』
『なんやドキドキしますなぁ』

『ご隠居、今日はどのようなことで来られた』
『どこへ行ったのやら、あれがないと困りますのや』
『失せ物探し?』
『はいな』
『意外に真っ直ぐで大きな物ですな』
『分かりますのか?』
『ははぁ、お内儀とお使いか』
『見えますのか?』
『それにしてもこの大きさ、ご自身のを型取りましたか』
『滅相もない』
『ご隠居、最近どこか別の場所で使いませんでしたか?』
『あっそうやった』
『これで解決ですな』
『ホンマにおおきに』
『ただしご隠居、あんたに死相が出てます、気をつけなさい』
『それは大変ですがな』
『やり過ぎは身体に毒やということです』
『ありがとうございます。これ些少ですがお納めください』
『そんなことは不要です』
『ほんの気持ちですさかいに』
『では外にいるばあさんにお渡しください』
『ホンマにありがとうございました』
『お気を付けて』

『さて、ご主人はどういうご用件ですか?』
『息子の結婚式の日取りを』
『息子さんの結婚式の日取りを決めて欲しいと?』
『へえ』
『お宅の宗教は?』
『浄土宗どす』
『浄土宗、で場所は?』
『教会やそうどす』
『式場は教会?』
『へえ』
『お寺でやらないんですか?』
『向こうさんが教会がええっちゅうことですわ』
『なるほど相手側の希望』
『へえ』
『ではお相手はクリスチャン?』
『いえ浄土真宗やそうどす』
『浄土真宗?』
『へえ』
『さっぱり分かりませんな』
『そうでっしゃろ』
『そんなことなら結婚される二人が望む日で問題ないですよ』
『大安とか友引がええと聞きますけど』
『大安?そんなのはどうでもよろしい』
『気になりますやん』
『ご主人、土用の丑はご存知か?』
『ウナギを食べる日でっしゃろ』
『それは夏の土用の丑の日が正解ですがまあ良いでしょ』
『へえ』
『あれは江戸時代に夏の暑さの中で焼いたウナギが売れないのを何とかしてくれと請われた平賀源内という御仁が応えたもの』
『へえ』
『簡単にいえば広告宣伝にまんまと大勢が乗せられていると言うわけです』
『へえ』
『そもそも六曜は人間が勝手に決めたもの。しかも中国発祥で、旧暦に準じたもの。さらにいえば科学的根拠もありませんから』
『へえ』
『どうして皆が気にするのかって?きっと拠り所が欲しいのでしょうね』
『へえ』
『ただし、統計学的観点から方位や方角、さらにはその場所の良し悪しはありますから、場所、日にち、時間帯など具体的に候補が出てからもう一度おいでなさい』
『へえ、そうさせてもらいます』
『しっかり話し合ってくださいよ』
『へえ』

『さて、今日の最後のお方はどのようなご用件ですかな』
『私の相方を探していただきたいのです』
『相方探し?』
『はい』
『漫才でもするつもりですか?』
『いえ、私はすぐにでも結婚したいのです。だからそのお相手を』
『結婚相手?』
『はい』
『現在お付き合いされてる方はいらっしゃらないので?』
『おります』
『その方とは結婚されない?』
『理想から離れすぎています』
『一応その理想とやらをお聞きしましょうか』
『私の理想は、高身長、高学歴、高収入、イケメンで人気者です』
『理想は相当高いですな』
『理想ですから』
『そんな方がこの世におりますでしょうか』
『いらっしゃいます』
『すでにお望みの方がいらっしゃるようですな』
『はい』
『ではその方との結婚を?』
『望んでいます』
『接点はあるんですか?』
『私が一方的に見ているだけです』
『お相手はあなたの存在すらご存知ない?』
『たぶん』
『時間が掛かっても正面突破する覚悟はありますか?』
『それは難しいと思います』
『正面突破は自信がありませんか?』
『躊躇しかありません』
『そんなのでもし結婚ができたらどうされるんです』
『結婚後のことはまだ考えていません』
『ん?』
『まずは結婚に一直線に進みたいんです』
『結婚できればいいということですか?』
『そうです』
『その後の生活はどうでもいいと』
『考えられないんです』
『どうして?』
『あの方がどういうプライベートを過ごしているのか想像ができないんです』
『昔よく言われてたアイドルはウ〇コしない的なことですか?』
『そう、それです』
『お相手はアイドル?』
『それに近いかもしれません』
『だとすれば近付くのも容易ではありませんね』
『はい』
『困りましたな』
『困らないでください』
『その方のお住まいはご存知ですか?』
『はい』
『あなたのお住まいから見てどの方角になりますか?』
『ほぼ北東になります』
『鬼門ですな』
『相性いいのでしょうか?』
『その反対で避けねばならない方角です』
『すぐに引っ越します』
『その前に少しお尋ねしたい』
『はい』
『先ほどお相手とは接点がないと仰っていたのにお住まいはご存知だ。何故でしょう』
『跡をつけて突き止めました』
『もちろんお相手には内緒ですよね』
『はい』
『ストーカー?』
『跡をつけたのはあの時だけです』
『なるほど』
『毎晩家は見に行ってますけど』
『それはマズイでしょ』
『大丈夫です』
『何故そう言い切れるのですか』
『ひと所に長く止まりませんし、散歩風を装ったり、あるいは近くのコンビニに行く風を装ってますから』
『ストーカーの素質十分ありですな』
『やめた方がいいのでしょうか』
『問題にならないうちにやめるべきでしょうな』
『では、部屋の窓から家が見えるところに引っ越します』
『まるで張り込みですな』
『それくらいしないとあの人は手に入りません』
『その熱意は買いますが、方向性が間違っていませんか』
『でもあの人と結婚したいんです』
『何故それほどまでに固執なさる』
『限りなく理想に近いからです。と言うか理想だからです』
『それは先ほど聞きましたよ』
『そうそう、一つだけ理想と違うところがあります』
『ほう、それは?』
『奥さんがいるんです』
『それあかんやつやん』
『彼女を退けないと私が妻になれません』
『よく聞いてくださいね』
『はい』
『日本の場合、離婚が成立しないと結婚できません』
『その程度は知ってます』
『そのお相手は離婚協議中ですか?』
『知りませんよ、よその夫婦のことなんか』
『たとえば、そのお相手を強奪したところで、離婚する意思がないと結婚できません』
『そうなんですね』
『たとえば、その奥さんがなんらかの理由で失踪したとしても、失踪宣告から7年経たないと死亡は認められません』
『では事故などで亡き者になればいいんですね』
『簡単に言いますね』
『そうするとあの人は晴れてフリーになるんですよね』
『考え直す気はないのですか?』
『今のところは』
『残念ですが、犯罪になるかもしれない片棒を担ぐわけにはいきません』
『というと』
『相談には応じられないということです』
『確かに残念だわ』
『考え直された方がいいですよ』
『では新しい人を見つけてください』
『それなら結婚相談所をご紹介しましょう』
『そんなことならわざわざこちらに伺いませんよ』
『では今日のところはお帰りください』
『今日のところは?』
『すぐに良い方法は見つからないようですし、他の方を探す気になればもう一度おいでください』
『ではそうします』
『お気を付けて』

『今日は疲れました』
『お疲れさまでしたな』
『ちょっとコーヒー飲みに行ってきます』
『それなら最近、本屋カフェ夢想堂ができたそうどすえ』
『本屋カフェ? 面白そうだな、そこへ行ってみます』
『お気を付けて』
月夜見はまだ見ぬ夢想堂へワクワクしながらもタラタラと歩く。
いつ辿り着くのだろうか。

どこかで聴いたことがあるようなメロディーが…………
Donald Lawrence / We Win
愛しの猫さま、今回は振りだけになってしまいました。
賑やかし帯はいつきちゃん。いつもありがと。
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