「文章を読むチカラ」は、言語化でさらに加速する
会社の20代前半と接すると
ふと思うことがあります。
「文章を読むチカラが不足している…」
文章を読むチカラとは、
文章そのものが伝えたい意味を理解したり
文章から得た知識をアウトプットしたり。
そもそも、長文の文章を読めるチカラも
「文章を読むチカラ」に該当します。
その後輩には、とにかく
文章を読むチカラが不足しています。
たとえば、とある試験で
「○○について、
間違っている回答を選んでください」と
設問されているのに、ほかの正しい回答を選ぶ。
長文が読めない。
(すぐに諦めて休憩する)
単純に文章にふれない。
(会社のメールを見ない=人に聞く)
文章を読むチカラの不足による弊害なのか、
基本的な会話は
抽象的になりがちなのも気になります。
「あれ、それ、これ」言葉の連続で、
何が言いたいのか分からない。
語彙力が少ない。
などなど、
ちょっと心配になるほど(;^_^A
救いは、まだまだ若手なので
これから社会勉強していく中で
「文章を読むチカラ」を伸ばすことに
目覚めてくれれば良い点ですが…
これが「文章、読めません!」で
40代・50代・60代まで進行していると
目も当てられないでしょう。
わたしの会社には、現場たたき上げで
「とにかく動いてなんぼっっしょ!」
みたいな人が多いから、とくにこの点は感じます。
カンタンな会社内のメール文書でも
ドキッとする内容を何度、見かけたことか。
「これを会社の上層部に送るのか」と
目を疑いましたね。
やはり、そうした弊害を生む理由として
ふだんの生活から『文章を読むチカラを鍛えていない』は
大きいでしょう。
✔文章を読むチカラは
筋トレと同じ

わたしは個人的な見解ではありますが、
文章を読むチカラはそこそこあったりします。
(英語は苦手)
長文も複雑な怪文も、集中して読み進めて
文章の意味を理解します。
もちろん、
知らない単語や言葉は調べる前提で。
少なくとも、文章のイロハは確実に
わたしの中に染み込んでいます。
もともとは、わたしも
文章を読むのは苦手でした。
そもそも、文字がキライ!
とまで言い切ってもいいですね。
それほどに、文章力が壊滅的なわたしでも
いまはこのように文章を書いています。
そして、日々の生活で
noteをとおして多くの人の記事を読んでいます。
それでは、
「文章を読むチカラ」の無い人と
わたしの違いって、何なの??
という疑問については、
ひとつの正解があります。
それは、
『圧倒的な筋トレ不足』です。
身体を鍛え上げるために
筋トレは欠かせませんよね。
それと同じ。
「文章を読むチカラ」を鍛えたいのであれば、
”文章の読み書き”は必然的に
取り組まなければいけないアクションです。
・時間があれば読書する
・多種多様な本を読む
・本で得た知識を書く(メモする)
・ブログなど、”書く媒体”でアウトプットする
という具合に、『筋トレ=読み書き』を
徹底して続けること。
わたしは、上記の行動を習慣化したことで
結果的に「文章を読むチカラ」を向上させました。
シンプルながら効果は絶大。
やはり、続ける人には勝てないのは
こういった点からも分かります。
✔言語化によって
文章を読めるようになる

「文章を読むチカラ」を伸ばすためには
読み書きは、マストでおこなうべき行動です。
と同時に、
脳内の考えを”言語化する”ことも
文章読み込み能力の向上につながります。
わたしたちは、ぼーっとする時間よりも
どちらかといえば
「考えている時間」のほうが長い生き物です。
つねに
「あれは、どうしようか?」
「つぎは、なにをしようかな」
「これができたら、あれもしよう」
と課題定義から問題解決、
思考の整理から行動のキッカケなど
さまざまな理由で考えを巡らせます。
そうした
頭の中に浮かんだ「ことば」を言語化する。
Q&Aの質問形式でもいい。
感情的な内容でもいい。
箇条書きで自分にしか分からなくてもいい。
スッと脳内で浮かび上がった「ことば」を
何らかの形にして残すこと。
「ことば」から言語化へ変換すること。
たったこれだけの切り替えでも、
十分に読むチカラは養えます。
前述したとおり、
「文章を読むチカラ」は筋トレ同様に
鍛えないと能力アップしません。
それは、読み書き以前に
「ことば」そのものを認識して言語化する能力も
同様に必要なプロセスです。
文章読み込み能力の向上のためにも
ワンステップとして言語化をオススメします。

文章を読むことからは逃げられません。
「いやいや、
わたしは一生、文章とは関わらないから」
なんて苦言は耳の穴すらとおりません。
なぜなら、わたしたち人類が
ここまで発展できたのは、
「文章」のおかげだからです。
最初は
コミュニケーションツールとして会話が生まれ、
そこから記憶するために文字が生まれ、
さらに分かりやすく伝えるために文章が生まれた。
結果、生み出された文章は
人類発展の英知を築くキッカケとなった。
だからこそ、いまさら
「文章は必要ない時代がやってくる」なんて
たわごとは子供の言い訳です。
かならず、
文章を読まなければいけません。
だったら、遅かれ早かれ
文章を読むチカラを身に付けるべきです。
幸いにも、noteを利用される方々は
多くの場合、文章を読むチカラに長けている人ばかり。
わたしでは、とうてい足元に及ばないほどに
「高い読書力」を有する人が住んでいる世界です。
さらには、
そうした人の生み出す文章にも触れられるのが
noteの良いところ。
ふむふむ…
つくづく
noteに出会えて良かったなと思っています。
では、また。
失礼します。
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