第三章 揺れる心、風の中で ― 中学という海のはじまり
中学生になって、僕は1年8組に入った。
背は135センチ。クラスで一番小さかった。
それだけで、すでにちょっとしたネタにされた。
「おまえ、小学生か?」なんて笑われて、笑いながらも胸の奥では泣いていた。
性格は大人しかったけど、心の中はいつもざわざわしていた。
見たことのない世界を知りたい、やったことのないことをやってみたい。そんな好奇心だけは、身長よりずっと大きかった。
1年の中間テスト。
330人中210番。
悪くはないと思って家に帰ったら――母親が鬼の形相で待っていた。
「なんでこんなに悪いの!あんたやればできるのに!」
怒鳴られて、殴られた。
何度も。
涙が出ても止めてもらえなかった。
父にも殴られた。
先生にも殴られた。
そして、同級生にも殴られ蹴られた。
殴る側に理由なんてない。
ただ“殴っていい相手”がほしかっただけなんだと思う。
当時は不良漫画が流行っていた。
『ビー・バップ・ハイスクール』とか『ろくでなしBLUES』とか。
でも現実の不良は漫画みたいにかっこよくなんてなかった。
中途半端な奴らほど、弱そうな相手にしか手を出さない。
僕はその「弱そうな相手」だった。
殴られても、蹴られても、笑ってごまかした。
悔しかった。
悔しくてたまらなかった。
でも、泣くと余計にいじめられるから、泣けなかった。
そんな僕にも居場所があった。
部活。軟式庭球部だ。
最初は15人以上の同級生が入っていた。でもほとんどが途中で辞めていった。
練習はキツいし、夏は地獄みたいに暑い。
1年生の頃は玉拾いばかり。
「おい岡田、球、はよ拾え!」
って先輩に怒鳴られながら、ひたすらボールを追った。
2年になって、ようやく打たせてもらえるようになった。
僕は前衛。
正直、下手だった。
やる気もあまりなかった。
「どうせ勝てるわけないし」
そんなふうに思っていた。
でも、辞めようと思ったときにはもう遅かった。
人数が減りすぎて、僕が辞めたら団体戦に出られなくなると言われた。
しょうがなく続けた。
正直、気持ちはもう冷めてた。
しかも、ペアの相手と性格がまるで合わなかった。
相手は目立ちたがり屋で、運動神経も抜群。勉強もできる。
僕とは正反対。
練習中も、試合中も、ほとんど口をきかなかった。
なのに――高松市の新人戦で、150チーム以上の中から、まさかの個人優勝をしてしまっ
た。
びっくりした。
いや、正直ちょっと嬉しかった。
でも、僕が上手かったわけじゃない。
あの子が上手かっただけだ。僕は空振りも多かったし、プレッシャーに弱かった。
県大会では第1シード。
緊張で手が震えた。
サーブを打つ瞬間、ラケットが汗で滑った。
結果、空振り連発。
すぐに負けた。
試合後、ペアの子に怒られた。
僕は「ごめん」としか言えなかった。
でも、その試合のあと、不思議と心の中が少しスッキリしていた。
あの瞬間、自分が「何かをやりきった」という実感があったからだ。
たとえ負けても、あのコートの上で自分がちゃんと立っていたこと。
それだけが救いだった。
成績は少しずつ上がっていった。
3年のときには、330人中100番くらいまで上がった。
でも母の「やればできるんだから、もっと頑張りなさい」はずっと続いた。
中1のときは体育委員をやった。
体育祭では旗を持って歩いた。
風にたなびく旗を見ながら、「俺もいつか、あの旗みたいにまっすぐな人間になれたら
な」なんて、
ちょっと気取ったことを考えていた。
コーラス大会もあった。
僕は音痴だった。
ピアノの伴奏は、同じクラスの佳奈さん。
その指先の動きが、もう信じられないくらい綺麗だった。
佳奈さん――それが、僕の初恋の人だった。彼女は明るくて、クラスの中心で、男子にも女子にも人気があった。
僕なんか話しかけることさえできなかった。
放課後、友達と一緒に佳奈さんの家に電話をかけた。
もちろん家電話だ。
受話器を持つ手が震えた。
「はい、佳奈です」
声を聞いただけで頭が真っ白になった。
結局、何も話せなかった。
沈黙が続いたあと、彼女が言った。
「恥ずかしいって言われたら、こっちが恥ずかしいよ」
そして電話は切れた。
――その一言が、胸に突き刺さった。
穴があったら入りたかった。
でも、どこか嬉しかった。
僕はちゃんと彼女と“言葉を交わした”のだから。
高校に入ってから、一度だけ彼女と写真を撮ってもらった。
その瞬間、僕の初恋は静かに終わった。
でもその笑顔は、今でも頭の中に残っている。
思春期の頃、僕に強く影響を与えた人が二人いる。
甲本ヒロトさんと、ビートたけしさん。
甲本ヒロトの歌を聴くと、自分の中の“どうしようもなさ”を肯定してもらえた気がし
た。
ビートたけしの話を聞くと、「不器用でもいい」と思えた。
今でも二人は僕の心の支えだ。
ライブにも行ったし、本もたくさん読んだ。中学時代の僕が抱えていた孤独や怒りは、
彼らの声に少しずつ溶かされていった。
殴られ、笑われ、泣き、恋して、逃げて、
それでも次の日は学校へ行った。
それが僕の中学時代だった。
つづくhttps://note.com/mitsuhiro_swim/n/n2c768e5f9aab?sub_rt=share_b
