本能寺の変1582 まとめ 時代の風潮 第8話 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』
まとめ 時代の風潮 第8話
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まとめ 時代の風潮
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まとめ 時代の風潮 第8話
世界は、大航海時代であった。
当時、イエズス会は、中国(明)へ布教活動を拡大しようとしていた。
背景には、ポルトガルの野望があった。
信長の目は、海外を見ていた。
信長は、フロイスから、大きな刺激を受けた。
信長の思いは、東シナ海の向こう側にあった。
信長の「さらなる夢」。
拡大政策は、止まず。
そのことが、フロイスの『日本史』に、ハッキリと書かれている。
毛利を平定し、日本六十六ヵ国の絶対君主になった暁には、
一大艦隊を編成して、シナを武力で征服し、
諸国を自らの子息たちに分ち与える考えであった。
これが信長の志向。
光秀は、信長の志向=「さらなる夢」を知っていた。
そして、こちらが光秀の志向。
愛宕神社での、結句である。
国々は、猶、長閑(のどか)なる時。
その違いが、明らかである。
すなわち、二人の志向に相違が生じていた。
そして、それは、次第に、拡大していく。
この事が、光秀を、「謀叛」へと駆り立てる一因となった。
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