【執筆の合間に】祖父の背中
私の祖父は明治生まれで、絵に描いたように厳格な人でした。
口数は極端に少なく、何か話しかけても「おう」と返事をするか、そうでなければ黙っているか。
男は黙って…の生きた見本みたいな人でした。
「男は半年に一回、片頬で笑えばよい」
「オナゴが舌打ちなど、とんでもない」
時おり、ぼそりとそんなことを言っていました。
生活ぶりも時計のようで、毎日決まった時間に起き、決まった日課を粛々とこなし、夜は読書をして決まった時間に就寝。
そんな家で育ったせいで、私は大学生になっても、飲み会は一次会の途中でいなくなる人でした。
それでも祖父に言わせれば、「オナゴが飲み歩くなどとんでもない」。
ただ、時代もあるからと、少しの時間は目を瞑ってくれていたようです。
そうして急いで帰宅しても、祖父が普段より遅くまで部屋に灯りを点けたまま、本を読むふりをして起きていることがよくありました。
「ただいま帰りました」
なんだか悪いことでもしたような心持ちで、そそくさと祖父の部屋の前を通ったものです。
背中を向けたまま「おう」と答える祖父の声が、やけに厳めしく聞こえて…。
そんな祖父だったのですが、八十歳を少し過ぎたころ、持病の心臓病が悪化して永眠しました。
祖父を思い出すと、当時も今も、ふと考えてしまいます。
「おじいちゃんは、果たして幸せだったのかな……」
祖父は「正しく」生きて、地元でも人格者で通っていました。
自分の価値観に照らして、「満足」ではあったのかもしれません。
でも、その「正しさ」は、祖父にとってどんな意味を持っていたのでしょう。
たまには羽目を外してみたい、馬鹿なこともやってみたい、酔っぱらって失敗もしてみたいし、お腹が痛くなるくらい大笑いしてみたい――そんなふうに思ったこと、なかったのかな……。
心臓病があるのにお酒の好きだった祖父は、時どき祖母の目を盗んで、父を相手に晩酌しては、いつもよりほんの少しだけ饒舌になっていました。
珍しく、片頬でなくちゃんと笑って、昔の歌をほんのひと節歌ったり、人にも教えるほどだった謡曲をひとくさり口にしたりしていました。
そんなときの祖父は、どこか普段とは別人のようで…。
あの時間だけが、祖父にとって、ささやかな自由だったのかもしれません。
だんだん、私が生まれた時の祖父の年齢に近づいていきます。
それでも祖父の心境は、今だによく分からないままです。
だからこそ、ときどき思うのです。
あの背中の内側には、いったいどんな思いがあったのだろう、と。
