考えるな、動け┃じぶんトランサーフィン/第3章:効果的な動き/効果的な動きの原則①
ヴァヂム・ゼランド著«Трансерфинг себя»(じぶんトランサーフィン/2024年11月発売)のロシア語原書を解説しながら読んでいます。
過去記事はイントロ(序章)から順にマガジンにまとめてありますので、よろしければどうぞ!
※日本語版「セルフ・トランサーフィン」2026年3月発売予定
前の節では、次の点を確認しました。
「山はない」と自分に言い聞かせるには、十分に高いエネルギーレベルと自由な意識が必要
意識とエネルギーは、二種類(有機的・情報的)の毒素によってブロックされてしまう
能動的で効果的な動きは、その両方を取り除く
行動に使われなかったエネルギーが、頭の中でゴミ化する
強度のある動きを行うと、身体は浄化され、頭の中のあらゆる「くだらないゴミ」は吹き飛びます。
そもそも、頭の中にくだらないゴミが湧くのは、何もしないこと(無活動)が原因です。なぜなら、くだらないゴミ(この言葉を広い意味で使えば)は、必ず何らかの重要性から生じてくるものだからです。そして、重要性を取り除く最善の方法は「行動」することです。
この点については、『テクノジェニック・システムのハッキング』の中で「考えるな、動け。」という素晴らしいアドバイスとともに詳しく述べています。
При интенсивном движении организм очищается, а всякая «дурь» из головы вылетает.
Вообще говоря, дурь в голове появляется вследствие бездействия. Потому что любая дурь (в обобщенном смысле этого слова) произрастает из той или иной важности. А важность лучше всего устраняется действием. В книге «Взлом техногенной системы» об этом рассказано подробней и дан хороший совет: не думайте – действуйте.
дурь:①((話))ばかげたこと,ばかな考え ②((俗))麻薬,アヘン
※「в голове:頭の中の」と言っているので、いわゆる「雑念」のようなものを指しますが、ゼランドはここで、лишние мысли(雑念)やпереживания(心配事)などの一般的な用語ではなく、「дурь」という口語的な少し乱暴な言葉を選び、さらに引用符(« »)で囲んでいます。
辞書的な «дурь» は、以下のニュアンスを含みます:
・愚かさ、ばかげた考え: 理性的ではない、まともではない思考。
・麻薬的な陶酔: 頭がぼーっとしている状態、ラリっている状態。
・一時の気の迷い: 執着や強迫観念に近い、理屈の通らないこだわり。
「дурьは無活動(бездействие)が原因」そして「дурьは必ず重要性(важность)から生じる」とあります。
つまり、行動に使われなかったエネルギーが、重要性から生えてきたくだらないゴミ(妄想や不安)に餌を与え、頭の中で暴走している状態です。
だからこそ、ゼランドは「雑念」「思考のノイズ」などの小綺麗な言葉ではなく、敢えて乱暴に「дурь(愚かな妄執/くだらないゴミ)」と呼ぶことで、「重要性が生み出す思考は、客観的に見ればどれもこれもバカバカしく、正気ではない」という突き放した視点を示しているのだと感じます。
体が動いていないとき、エネルギーは行き場を失って頭の中で空回りし、自分勝手な不安や重要性を膨らませ始めます。
だから、「考えすぎ(中毒)」を治すには、考えるのをやめるのではなく、「体を動かして、強制的にエネルギーの出口を物理的な運動に切り替える」のが一番の薬なのだということです。

再生(リジェネレーション)のために「動くこと」は必須
健康問題も、多くは運動不足から生じます。 「人生とは動きである(жизнь – это движение)」と言われるのも、決して偶然ではありません。身体を動かすこと(体操、散歩、運動、遊び、フィットネス、スポーツなど)は、人生における最優先事項として位置づける必要があります。
では、なぜ動くことが必要なのでしょうか。
1.身体の浄化:
正しい食事だけで身体を浄化することはできません。すべての排出系の流れ(血液、リンパ、胆汁)を活性化させる必要があります。筋肉はそれらを動かし、不要な老廃物を体外へ押し出す役割を果たします。
2.滞り・こわばり・ブロックの解消:
私たちの身体は、意識のあらゆる行き過ぎや偏りに反応する性質を持っています。イライラ、不安、ストレスは、特定の筋肉の緊張を引き起こし、それが固定化されて残ってしまうことがあります。こうした「心身症的なこわばり」は、筋肉を緊張したまま固まらせ、エネルギーの流れを遮断し、痛み、高血圧、糖尿病など、さまざまな機能障害を引き起こします。この意味で「すべての病は神経から来る(все болезни от нервов)」と言われるのです。
※все болезни от нервов:すべての病は神経から来る
日本語の「病は気から」に通じる部分もありますが、より「神経という物理的な回路がショートする」ような、生々しいニュアンスが含まれています。
意識の暴走が神経を乱し、筋肉を硬直させ、身体を壊していく。ゼランドはこの「神経の過負荷」を、意識の力だけで何とかしようとするのではなく、「動き(運動)」によって物理的に放電し、パイプを掃除してしまえと提案しているのです。
また、「神経」という言葉は、脚本に吊るされた「操り人形の糸」の比喩としても機能していますね。糸(神経)が緊張しっぱなしだから病気になる。なら、動いてその緊張をほどこう、というロジックです。

3.発達:
身体は、現状維持の状態にとどまることができません。発達(少なくともコンディション維持)か、退化のどちらかです。心身症的なブロックが生じるのは、たいてい未発達で弱い筋肉です。人の行動パターンも同様で、弱い人は、緊張しやすく、攻撃的になり、何かを誇示したり証明しようとしがちですが、強い人は、たいてい落ち着いていて、寛容です。
この3点から、第4の結論が導かれます。
4.再生(リジェネレーション)は、人生の中に能動的で効果的な動きがあってこそ可能である
次回は、「効果的」な動きがどんなものなのか?具体的な原則について読んでいきます。
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