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「やるやる詐欺」をやめて行動する┃じぶんトランサーフィン/第3章:効果的な動き/スピリットにおける動き①

ヴァヂム・ゼランド著«Трансерфинг себя»(じぶんトランサーフィン/2024年11月発売)のロシア語原書を解説しながら読んでいます。過去記事はイントロ(序章)から順にマガジンにまとめてありますので、よろしければどうぞ!


※日本語版「セルフ・トランサーフィン」2026年3月発売予定


今回から、次の節「スピリットにおける動き(Движение в Духе)」を読んでいきます。


「約束されたもの」に喜ぶのは愚か者(要約)

「新しい時代」において、「自分に対して何らかの行動を起こさなければならない」とわかっていても、なかなか動き出せなかったり、続かなかったりする人は多いでしょう。この不毛な堂々巡り(канитель)をやめるには、約束・準備・計画をしては破りまた約束する…という自分との「交渉」をやめ、実際に行動することが必要です。

クロアチアには「約束されたものに喜ぶのは愚か者だ(Обещанное – дураку в радость.)」という良いことわざがあります。多くの人は気前よく約束をばらまきます。約束は何のコストもかからず、希望に満ちた高揚感を与えてくれます。いわば「希望の約束屋(обещатели надежд)」です。

  • канитель:①(刺繍用などの)金糸,銀糸,モール ②((話))退屈でだらだらと続く仕事
    ※刺繍用の金糸・銀糸を扱う作業(細く引き伸ばす工程)は手間がかかり、単調で、なかなか終わらないことから「だらだらと長引く面倒なこと」を指すように。ここから転じて、「進展がないのに、エネルギーだけがじわじわ削られていく状態」を指します。

  • обещанное – дураку в радость.:約束されたものに喜ぶのは愚か者だ

  • обещанное:約束されたもの(動詞обещатьの受動態)
    クロアチア語のオリジナルでは「約束」そのものを表す名詞(obećanje=обещание)ですが、ゼランドは意図的にこのかたちで翻訳したのかなと推測します。

    ・обещание:約束という行為そのものを指す名詞
    ・обещанное:約束されたものを指す受動形容詞のかたちをした名詞
    つまり、行為としての「約束」ではなく、約束された「それ」=まだ手にしていない、まだ実現していない、ただ約束されただけのもの、という語感が強まります。それを喜ぶのが愚か者だ、という構図です。

  • обещатели надежд:希望を約束する人たち

  • обещатель:約束屋
    ※〔‐ель〕は動詞の語尾につけて「◯◯する人」という意味になるので(英語の〔‐er〕と同じ役割)、【約束する人】という意味だと語形で判断できます。ただし、一般的に使われる言葉ではないので、造語っぽく響き、「約束屋」のような風刺的な表現といえます。

обещанное – дураку в радость

理性の「やるやる詐欺」

お気づきかもしれませんが、あなたの理性は、もっとも気前のよい「約束屋」です。理性は来る日も来る日も、それを繰り返してばかりいます。計画を立て、構想を練り、誓いを立て、新たな希望を描く……しかし結局のところ、それらはすべて空虚なおしゃべりにすぎません。

理性の言葉を聞くのも、信じるのもやめなさい。理性は何一つ履行しません。あなたの理性は「あなた」そのものではなく、ただの「付属物」であり「装置」にすぎません。理性とは、あなたが登場人物として思考し行動するすべて記録された「映画のフィルム」に接続される、ある種の「コネクタ(接続端子)」のようなものです。理性のあらゆるおしゃべりや約束も、そのフィルムの中に記録されています。

Перестаньте его слушать и верить ему. Ничего он не выполнит. Ваш разум – это не вы, а лишь некая ПРИСТРОЙКА, ПРИСПОСОБЛЕНИЕ. Разум – не что иное, как своего рода «разъем», который подключается к киноленте, где записаны все ваши мысли и действия как персонажа данной киноленты. И там же находится вся болтовня и обещания разума.

  • Ничего он (ваш разум) не выполнит:理性はなにひとつ履行しません

  • выполнить:〔carry out, fulfill〕実行[遂行,履行]する,果たす
    ※「任務・義務・計画」を“完了させる”。「約束を果たす」というときにも使われる動詞です。ただ「やる・行動する」という動作を示す〔делать, действовать〕ではなく、最後まで完了させるというニュアンスが前面に出てきます。

ここまでずっと、理性は「約束する・計画する・希望を描く」と散々書いてきました。それなのに「なにひとつ履行しない」。やるやる詐欺です。

さらには、「任務を完遂する」「責任を果たす」「仕様通りに仕上げる」という技術的・契約的な響きがあります。なので、ここは感情的な非難ではなく、【システムとして機能しない】という冷静な断定にもなっています。

理性はあなたを動かす「本体」ではない

  • пристройка:増設(した部分)、建て増し部分、離れ
    ※​母屋(本館)に対して、後から横に継ぎ足した物置やガレージなどの小さな建物を指します。

  • приспособление:〔adaptation〕①適応,順応;使用 ②器具,装置、アダプター
    ※​何か特定の目的を果たすために、一時的に使ったり取り付けたりする「道具」や「仕掛け」を指します。

  • разъем:コネクタ、電子端子
    ※電気回路の接続と切断に使用するソケットとプラグのこと

理性は:
пристройка=本体ではない
приспособление=ただの装置
と二段階で格下げしています。

しかも лишь некая(ただの何かの)をつけているので、ただのなんらかの後付け装置にすぎないというニュアンス。この二語によってゼランドは 「理性=自分の中心」という幻想を壊しています。

そして、装置の役割は「コネクタ(接続・切断のための端子)」だと言っています。接続する先は、映画フィルム、シナリオ(登場人物の思考・行動がすべて書かれている)。

理性がお喋りする内容すらも、実は「フィルム・シナリオ」の中にすでに書かれていること。つまり、理性が「やるやる!」と騒ぐのも、「やっぱりやめた」と落ち込むのも、すべては既定のプログラムに過ぎないのです。

​ゼランドは、私たちが「自分の意志」だと思い込んでいるもののほとんどが、実はただの「端子から流れてくるデータ」であることを暴いています。

理性は本体ではなく、付属装置にすぎない。
できるのは、約束・計画・おしゃべりだけ。

では、本体は何なのか。
誰が現実で動き、仕事を完遂させるのでしょう?

разум – «разъем», который подключается к киноленте

Источники картинок:


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