【誕生日エッセイ】今年も祝えて、よかったです。
もう年女を迎えることは、ない可能性もあるな。
そう思った2年前の冬の手術。
子宮と卵管を切除した。
意外と元気に冷静に、その後は回復して「あれ?」とか思った。
「3回目の年女」が、いちばん元気かもしれない。
今年も、茹だるように暑い「9月16日の誕生日」でした。
今日は起きる。午前中にこれからのやり方を考える。
そう決めて、眠ったはずだった。
7時20分、母が出勤前にお声をかけてくださった。
「母さん行くけど、そろそろ起きるんじゃなかったの?」
「おきます……はちじになったらおきるから……いってらっしゃい……」
もちろん起きたのは10時目前だった。
36になっても、日によって起きられないのは変わらない。
軽い朝食を摂って、AIと今後の事業方針をボケた頭で捩じ込んでいく。
どうやら悠長に「クライアントワークを避けて生きる」とか、言ってる場合ではなさそうなのだ。
事業は拡大、もしくは維持しなければいけない。
そして福祉は必要ないなら支援を減らさないと、本当に必要な人に回らなくなる。
ジクジクとその時までの時間が、秒針は進むけど、まだ半人前の自分がそこにいる。
(はいはい、36になっても親のスネかじっていますし、急には変わらんね。)
それでも、福祉支援方針の調整面談にはしっかり行った。
地域活動支援センターで、今後の意気込みを静かに、でも自分の自力で立つ方針に緩やかにシフトしていくと話した。
(どこまでできるかは、未知数なんだけど。)
やってみるだけの、回復度は見込めている。
あとはどれだけ、体力と共に伸ばせるか。
「40歳くらいには、自分の生活を自走できていないと、とは思うんです。」
「40歳ーー4年後ですね。三戸さんもかなり本気なんですね。」
担当さんが、横目で頷きながらPCの書類を埋めていく。
「まぁ、親も老いていますし、普通の人と比べたら全然遅いんですけどね。
ようやくそれくらいで、一般人と並べたら、自分の人生としては上々かなって思います。」
(できれば、そうであれ、ではあるけど。)
あっっっっつうい!!!!
100円均一にも寄りつつ帰宅し、ヘロヘロにバテて、風呂上がりに保湿をいつも通りこなす。
今年の9月16日も残暑が厳しかった。
鬼か、地球は。
確か私の生まれたその年も猛残暑だったと。
(暑くない9月16日の記憶もないな……。)
夕飯は昨日やった「すき焼きもどき」の続きで、大鍋に肉とネギが足されたご褒美だった。
父が、年もあって19時には寝に行く。
元々朝型の父は65になって、さらに猛威を振るう暑さにバテている。
(本当ならば、私が家族を支えて、自分の家庭と両立させていたんだろうかーーー)
親に私の子どもを見せられることは、もうほぼほぼないが。
それより、ヨボヨボじゃね?
「ただいまー。」
「おかえり、父さん寝ちゃった。」
「えぇっ!? もう!?」
全くじいさんは困ったね、と帰った母は荷下ろしをする。
会社勤めの帰りの買い物が、母の唯一の楽しみだ。
「これ、シャインマスカットのショートケーキだよ。」
駅ビルに入ってる店の、箱。
「なんか誕生日らしいこと、これくらいしかできないからね。」
「十分すぎるよ。ありがとう。」
うん、美味しい。
そう何度も言いながら、写真を撮ったケーキを啄んだ。

夜の作業後、この記事を書いている。
画像はXに載せた時より、自然光に寄せた。
小さい小さい、シャインマスカットのケーキ屋のショートケーキ。
作業を終えても、残った画像にため息をつく。
「これがいいのだ。」
そう思う。
人と比べたって、がんサバイバーで、精神疾患で、しかも予後の悪い統合失調と言われていた身だ。
確かに、医師には「発達は正常だと思われます」とは言われている。
幼少期には、軽い耳管狭窄もあって、聞こえが悪かったのでその影響もある。
それでもしっかり考えることも、伝えることも不自由はもうない。
カフェインレスのアイスコーヒーを飲み終わったグラスに、次いで麦茶を注ぐ。
じわじわ、じわじわ。
そうやって、36年。
「私は、これがいいのだ。」
人生なんて、十人十色。
時々焦りもするし、惨めにもなるが。
「私は、これが、いいのだ。」
3回目の年女。
迎えられるなんて、ハッピーな娘ね。私は。
今年も祝ってくれた皆さん、ありがとうございます。
大好きです。
あ、いらないっすか。そうすね。はい。
またがんばります。
ほどほどに。
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ここまでご精読ありがとうございます。
またお会いしましょうね。
ミトシワークス、事業主のミトシでした。
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