はじめての自転車
「まだちょっと早いんじゃない?」
だんなの言葉に罪悪感を刺激されながらも、私は11ヶ月の息子にヘルメットを被せた。
青色の子供用ヘルメットはまだまだ不恰好にでかい。宇宙人感ある。
あごひもを出来る限り短く調整。
バックルをカチッととめた途端、自力では取れない不自由さに、息子はギャン泣きをはじめた。
ああ罪悪感が深まっていく。
*
8年前。
徒歩20分の距離にある親子広場に、毎日ベビーカーで通っていた。
育児の孤独さに参っていた私のオアシス。そこに行けば誰かと話せる。
が、7月の暑さにダウン。オアシスまで辿り着けない。
そこで、電動自転車にチャイルドシートを取り付けることを決意したのだ。
1歳からの利用を推奨しているので、少し早いと知りつつ。
*
だんなと二人がかりで、泣いてる息子をチャイルドシートに座らせる。自転車のハンドルに取り付けた前乗せタイプ。
飛び出すことなきよう、5点式ベルトできっちり固定して座らせる。
さらに泣き喚く。目を閉じて顔中しわくちゃにして、真っ赤っかで、鬼のようだ。
そりゃあ窮屈だよね、やだよね、ごめんね。
罪悪感でキリキリしつつ、それでもとにかく進めていく。
*
ハンドルを握る。ハンドルとサドルの今まで空いていた空間に、我が子が座っている違和感。
漕ぐと膝小僧がイスの背に当たるので、少しガニ股に漕がねばならない。
私はこれから何年もずっとガニ股なんだなぁと感慨深く思う。
もし自転車を倒して怪我をさせたら全部私の責任だ。不安と憂鬱。
でも夏の間ずっと部屋にこもっているのは精神的につらすぎる。
いくしかない。
*
ペダルを一歩踏み出すと、電動自転車はぐいっとアシストしてくれた。
そっと背中を押してくれるような優しさと力強さ。
私は電動自転車が大好きだ。
坂の多い新興住宅地で育ったので、中学生の時から移動には欠かせないパートナーだった。
今の子は2台目。23才の時、通勤で使うため、お金を貯めて自力で買った。新芽のような黄緑の自転車が欲しくてあれこれ探した。
やっと決めた自転車には「チャイルドシートを前にもつけやすいように設計」と図らずも書かれていた。
いつか結婚して、子供ができて、チャイルドシートをつける日が来るのかなぁとぼんやり思ったのを覚えている。
まだだんなとも出会ってなくて、なんの実感もなかった。
それが六年後には実現するとは、人生って面白い。
*
目を閉じて赤鬼のように泣き叫んでいた息子が、ひゅんと進み出したとたん、目を見開いた。
ちっちゃな黒目がきらきら輝く。
もうひとこぎすると、ケラケラ笑った。
ヘルメットやベルトの窮屈さは、もう忘れたみたい。
よかった。
どうか、体全部で風を感じて、世界がめまぐるしく変わるのを楽しんで。
光がまんべんなく降り注ぐ今を、味わって。
不自由さに囚われないで。
その時、なんだか祝福を受けた気がした。
そしてそれをそのまま子供に受け渡したような気が。
ビギャーと近所迷惑な爆音をあげながら遠ざかっていった自転車が、すぐUターンして、ビデオを構えただんなのもとに戻ってきた。
いきいきと笑う赤ちゃんを連れて。
我が家の幸せな記録。
*
それから、天気のいい日は毎日のように、私は息子と自転車に乗った。
二人目ができて、弟に前のシートを譲り、長男は新しく取り付けた後ろのシートに座ることになった。
一人一台自動車を持つのが当たり前の地域に引っ越しても、ペーパードライバーの私はそのまま子供二人を乗せて自転車を漕いだ。笑われることもあった。
*
そうして長男は二年生になり、ひどい行き渋りがはじまった。
集団登校を諦め、私が毎日送っていく。
徒歩30分以上かかるため、自転車に乗せて。
抵抗した長男に、自転車を倒された日があった。
土砂降りの中、ずぶ濡れで送った日も。
学校まで行ったものの教室には入れず、葛藤の末、自転車に乗せて引き返した日も。
*
そんな長男との自転車ライフもそろそろ終わる。
子供ら二人とも小柄ではあるけれど、さすがにサイズオーバー。
最後に三人で乗ったのはいつだったか。
次男を後ろの席に乗せて、長男は黄色い自転車を自力で漕いで、最近は2台の自転車で移動している。
私の前を走らせて目の届くところから指示すべきか、後ろを走らせて私が道を示すべきか。どちらが安全か迷いながら長男をハラハラ見守る。
どちらにしても、もう私から離れてしまった。
私が完全に導くことも守ることもできない。
それを成長というのだろう。寂しいけれど。
*
そしてこの春、私ははじめて自分の車を持つ。
教習所でもう一度、運転を習う。
子供らに偉そうなことを言いつつ、自分が新しいことに挑戦するとなると、怖くて仕方ない。覚えのある不安と憂鬱。
でも乗り越えて、踏み出すしかない。
子供らを乗せて、今よりもっと遠くまで自由に行きたい。
一緒に進む日々に、終わりが来る時まで。
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らんさんこと地中海性気候さんの企画「あなたの『初めての○○』『最後の○○』noteを読ませてください」に参加させてもらいました。
最近ずっとエッセイを書いていなかったせいで、ぎこちないものになってしまいました。
(時間や視点の違うものを如何にして一つにまとめてたのか、以前の自分のやり方を思い出せない…)
でも、らんさんの初企画だったので絶対参加したくてなんとか書き上げました。テーマも書きたいものがすぐ浮かんで、楽しく書かせてもらいました。終えられてよかった。(書く動機と締切、大事! ありがたい!)
らんさんのnoteは深みや重さがしっかり存在しつつも読み心地がよくて、いつまでも心に残ります。
周りの人の幸せを願って行動されているのが、とても自然ですごい。
らんさんの徳の高さが文から伺えて、私も少しでもそうありたいなぁとあたたかく気持ちを正してもらってます。
いつも本当にありがとうございます!
これからもどうぞよろしくです。
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ちょっぴり息子とのおやつに使っちゃうかも。