『国宝』を図解してみた。小説、Audible版「国宝 下 花道篇」のあらすじと感想
前回のnoteに引き続き、吉田修一さんの小説『国宝』を図解しながら、自分の言葉であらすじと感想をまとめてみました。
今回は、『国宝 下 花道篇』でございます。
※ネタバレを含みますのでご注意ください。
図解とあらすじ
第十一章 悪の華 〜 第十二章 反魂香

喜久雄と俊介、それぞれの栄枯。
喜久雄は舞台へ復帰するため、江戸歌舞伎の大看板・吾妻千五郎の娘である彰子に結婚を申し込む。しかし、千五郎は「こいつは舞台のことしか頭にねえんだぞ」と突っぱね、喜久雄と彰子は駆け落ちする形に。
さらに喜久雄は芸妓の市駒との子、綾乃とのプライベート写真を写真週刊誌に抜かれ、隠し子騒動として世間の反感を買ってしまう。
しかしその後、彰子の遠縁である、新派の大看板・曽根松子の力添えもあり、新派の舞台でその力を発揮する。
一方の俊介。
10年前、春江と共に失踪し、苦労が耐えない日々を過ごす。特に長男・豊生(とよき)の夭折は、生涯消えない心の傷を刻みつけた。その後、三友の竹野に発見され、六代目 小野川万菊との共演やNHKの番組出演もあり、表舞台に復帰する。
喜久雄(花井"半"ニ郎)と俊介(花井"半"弥)。二人の名をとって「半半族」という演劇ファンも誕生するほどの人気に。
そして、喜久雄は新派の役者として、俊介は歌舞伎の役者として、それぞれ『本朝廿四孝』の八重垣姫役を演じ、両名ともに芸術選奨を受賞する。二人は見事復活。舞台の世界で生き抜き、競い合うライバルとして再び並びたったのだった。
第十三章 Sagi Musume 〜 第十四章 泡の場

三友の竹野はさながら敏腕プロデューサーのごとく、俊介と喜久雄を競い合わせるように画策する。俊介の『鷺娘』は国立劇場で大成功。対する喜久雄も『鷺娘』のオペラとの共演を実現させ、パリの劇場でも『Sagi Musume』を演じ、大成功を収める。
しかしプライベートでは問題が。市駒との子・綾乃は件の隠し子騒動をきっかけにグレてしまい、暴力団とも関わりを持ってしまう。綾乃を救い出すべく、喜久雄の兄貴分である徳次が動く。暴力団組長の「忠義ならでは捨てぬ命」に対し、徳次は「子故に捨つる親心」と続け、喜久雄への愛を示し、自ら小指を切り落とすのだった。
ある日、喜久雄にとって親とも言える存在の辻村が、会社の創立20周年祝賀会で『鷺娘』を踊ってほしいと依頼してきた。ヤクザとの繋がりがある会社でリスクしかなく、徳次は止めるが、喜久雄は恩に報いるため承諾する。かくして開催された祝賀会。演目が終わるまさにその瞬間、警察が踏み込み、辻村は逮捕される。喜久雄は自身の血筋、ヤクザとの関係性をマスコミに書き立てられてしまう。
この件について、吾妻千五郎は親分の顔を立てた喜久雄を買い、歌舞伎の世界に戻ってこいと力添えをする。そして、喜久雄と俊介は『源氏物語』で16年ぶりに共演 し、日本じゅうで「半半コンビ」の源氏ブームを巻き起こす。バブルという時代の後押しもあり、喜久雄はついに養母のマツにハワイの別宅をプレゼントできるほどになった。
その後、喜久雄は『阿古屋』、俊介は『女蜘』でそれぞれ大成功。しかし、俊介は自分の足先の異様な冷たさに違和感を覚えるのだった……。
第十五章 韃靼の夢

喜久雄は江戸歌舞伎の人気二枚目役者・伊藤京之助と『国性爺合戦』で共演するなど、益々活躍の場を広げる。
そんな中、徳次は商売を始めるため、中国に行くことに。「離れ離れになったって、俺(おい)と坊ちゃんの関係は変わらんたい」と二人の地元、長崎の訛りで伝える。
「もし坊ちゃんが日本一の女形になれたら、俺がその長江に白粉(おしろい)でも流して真っ白にしたるわ。それが俺からのお祝いの合図や」 (『国性爺合戦』「紅流し」のエピソードから。白粉を川に流すのは成功の証)と伝え、喜久雄の元を離れるのだった。
丹波屋は襲名披露公演初日を迎えていた。
俊介(花井半弥)は五代目 花井白虎を、息子の一豊(花井虎助)は二代目 花井半弥をそれぞれ襲名することに。俊介にとって、かつて自分は失踪し、父が吐血した苦い思い出がありながらも、丹波屋の皆をはじめ、万菊などそうそうたる役者、そして喜久雄がその場にいてくれることを嬉しく思う。そして夭折した長男・豊生も一緒に、襲名披露を勤めさせてほしいと思いを口にする。
第十六章 巨星墜つ ~ 第十七章 五代目花井白虎

稀代の立女形・六代目 小野川万菊が場末の宿屋で亡くなった。
宿で交流のあった客は、病床に伏せる万菊がこう語っていたと言う。「ここにゃ美しいもんが一つもないだろ。妙に落ち着くんだよ。なんだか、ほっとすんのよ。もういいんだよって、誰かに、やっと言ってもらえたみたいでさ」
その死は国内外に大々的に報道され、歌舞伎界に衝撃を与えた。もちろん、喜久雄と俊介にも…。
その頃、喜久雄には孫が出来ていた。市駒の子、綾乃が大関・大雷(おおいかずち)と結婚し、喜重(きえ)が生まれたのだ。
俊介は、以前から違和感を覚えていた右足に激痛が走り、舞台に立てなくなる。診断結果は、右足先の壊死。病院にかけつけた喜久雄も、かける言葉が見つからない。だが、俊介は足を切断する覚悟を固め、義足でも舞台に必ず復帰すると伝える。その間、息子の一豊を喜久雄に託したのだった。
リハビリの末、俊介は義足で舞台に復帰。「奇跡の復活」「義足の名優」と評されるも、なんと左足も壊死しており、切断せねばならないとのこと。この事実に、「喜久ちゃん、もうあかん……。悔しいけど、ここまでや」と漏らす。そんな俊介に喜久雄は「旦那さん(先代 花井白虎)はな、最後の最後まで舞台に立ってたよ」と伝える。
両足を失った俊介はなお、『隅田川』で舞台復帰を目指し、喜久雄と共に稽古に励む。二人は「昔、二人してお父ちゃんに稽古つけてもろてたときのこと思い出すわ」「体中、痣だらけになって」「ほんでも、なんや毎日おもろかったなあ」と懐かしむ。
そして舞台の幕は開く。毎日、ボロボロになりながらも演じ続ける俊介。満身創痍の俊介に「来い、俊ぼん。ここまで来い!」と念じる喜久雄。舞台は成功し、俊介の鬼気迫る演技には日本芸術院賞が授与された。
喜びもつかの間、俊介の病状は悪化。喜久雄はこれから立つ舞台の袖で、俊介が亡くなったことを知らされる。舞台が終わり、大喝采の中、喜久雄は自分の演技について「俊ぼん、どない思う?」とひとりつぶやくのだった。
第十八章 孤城落日

喜久雄も今や57歳。
当代の女形として、歌舞伎界の頂点に立つ存在となっていた。
ある日、俊介と春江から託され、息子同然に育ててきた一豊が人身事故を起こしてしまう。三友の社長・竹野と共に謝罪会見に臨む喜久雄。その真摯な態度が世間に好感を与えたが、一豊(二代目 花井半弥)という若い役者は表舞台から姿を消すことになった。
喜久雄の舞台にかける意気込みは激しさを増し、頭にあるのは芝居のことばかり。喜久雄と春江の旧知の仲であり、お笑い界のトップに駆け上った弁天は「もう喜久ちゃんには誰もおらんなあ。俊ぼんも、徳次もおらん」とその孤独を察する。
そんな中、舞台で『藤娘』を演じる喜久雄にアクシデントが。男性客が舞台に上がり込み、突如、喜久雄の目の前に立っていたのだ。その瞬間、喜久雄の中では何かが破れ、舞台が再開されてもなお、ひとりぽつんと立ち尽くすのだった。
第十九章 錦鯉 〜 第二十章 国宝

喜久雄(三代目 花井半二郎)は文化功労者にも選ばれ、神格化された歌舞伎役者に。そして、「人間国宝」(重要無形文化財保持者)の審議にもその名が載せられるようになっていた。
そんな喜久雄には、探しているものがあるという。それがなんだかわからないが、「この世のものとは思えないきれいな景色」であるとのこと。
舞台中、綾乃の自宅が火事になり、孫の喜重が火傷を負ったと連絡が入る。舞台終了後、病院にかけつけた喜久雄に、綾乃は「なんで、私らばっかり酷い目に遭わなならへんの?」と言葉をぶつける。綾乃はずっと父(喜久雄)を恨んでいたのだ。
思い出されるのは、綾乃がまだ2歳の頃。小さな神社で二人並んで手を合わせ願いをかけた。喜久雄は悪魔と取引していたと言う。「日本一の歌舞伎役者にして下さい」「その代わり、他のもんはなんもいりませんから」と。喜久雄はその時、綾乃が浮かべていた悲しい顔に気づいていたはずだった。
三友の竹野とは、「歌舞伎なんて、ただの世襲だろ?」と言われてから40年以上を共に歩いてきた。そんな竹野は、この頃の喜久雄の目が正気じゃないことに気づく。いつから?と一豊に尋ねれば、『藤娘』で男が舞台にあがってきた6年前からだという。それでも今、歌舞伎は喜久雄を必要としている。そして喜久雄もそれで幸せなんだと。
地元ヤクザの親分格であった辻村がもう長くないと、喜久雄に連絡が入る。会いにきた喜久雄に辻村は、父・権五郎を殺したのは自分であると打ち明ける。思い出されるのは徳次の顔と、あの新年会での雪景色。喜久雄は辻村に「小父さん、もうよかよ」と言い、感謝の言葉を続けた。
春江は丹波屋の窮地を救うため、弁天に自分をテレビに出してほしいと伝える。「鼻水を垂らす覚悟か?」と訊く弁天に、春江は、私たちは若いころからずっと垂らしっぱなしやったやないかと笑い合う。
20年前、中国へ渡った徳次も日本に戻ってきていた。「あるお人がな、日本の宝になんねん」と。徳次は成功を収め、白河集団公司(コンス)という会社の社長になっていた。白河という社名に、喜久雄が日本一の女形になることへの願いを込めて(『国性爺合戦』「紅流し」のエピソードから。白粉を川に流すのは成功の証)。
喜久雄は舞台『阿古屋』の準備中。
まさにそのとき、竹野宛に、喜久雄が人間国宝に認定された旨、手紙が届く。それを知らず、楽屋で妻の彰子と二人になった喜久雄は、「(舞台を)やめたくねえんだ。でもよ、それでもいつかは幕が下ろされるだろ。それが怖くて怖くて仕方ねえんだよ。」と吐露する。
『阿古屋』の舞台に幕が引かれたその瞬間、喜久雄は笑みを浮かべ、「きれいやなあ……」と呟き、舞台をおりて客席を歩き出す。観客が唖然とする中、幸せそうな顔で劇場の外へ出ていく。
騒然となる通行人、そして喜久雄は銀座のスクランブル交差点に飛び出す。車のヘッドライトが、まるで舞台の照明のように喜久雄の顔を照らすのだった。
感想。喜久雄の孤独と幸せ
感想を少しだけ。
歌舞伎の高みに登り詰めるにつれ、大切なものを失っていく喜久雄の孤独が何より印象的でした。
長崎時代からの兄弟分であり、何があっても守ってくれた徳次は中国へ。親友でありライバルの俊介は病気で亡くなる。息子同然に育てた後継者・一豊は人身事故を起こし、歌舞伎界を追われてしまう。そして娘の綾乃には不幸が押し寄せる…。
それでもなお、舞台に立ち続けることができた喜久雄は幸せだったのだろうか。
小さな神社で2歳の娘と並び、「日本一の歌舞伎役者にして下さい」「その代わり、他のもんはなんもいりませんから」と悪魔に願う喜久雄の姿が物語を象徴している気がします。
尾上菊之助さん演じるAudible版『国宝』はまるで本物の舞台
Audible(オーディブル)版『国宝』は全編を通し、まるで舞台を見ているかのような感覚で尾上菊之助さん(八代目 尾上菊五郎さん)の演技を堪能できます。
青春篇に引き続き、花道篇も本当に素晴らしかったです。
『国宝』の言葉
読んでいて分からなかった言葉も調べてみました。まだ知らない美しい言葉、妖しい言葉がこんなにもたくさんあるんですね。
第十一章 悪の華
・梨園(りえん):演劇界、特に歌舞伎役者の世界のこと
第十二章 反魂香
・反魂香(はんごんこう):焚くと煙の中に亡くなった人が現れるとされるお香
・衣裳(いしょう):衣装に同じ。歴史的な背景や、舞台衣装のニュアンスを含む
・俠客(きょうかく):強きをくじき、弱きを助ける男気のある人
・蜘蛛手(くもで):くもの足のように多方に分かれていること
・心は蜘蛛手:あれこれと思いを巡らせて心が乱れる様子
第十三章 Sagi Musume
・朧夜(おぼろよ):月が霞んでほのかに見える夜
・紗幕(しゃまく):舞台演出で使われる薄い素材で作られた幕
第十四章 泡の場
・受領(ずりょう):地方官のこと
・浮寝(うきね):男女が一時的に契りを結ぶこと
・小袿(こうちぎ):高貴な女性が用いた衣服。十二単の略装
・乳母日傘(おんばひがさ):恵まれた環境で子供が大切に育てられること
・お鏡曳き(おかがみひき):江戸時代に正月行事として行われていた、大名から贈られた鏡餅を、城内で曳いてまわる儀式
・几帳(きちょう):間仕切りや風除けに用いられた家具(布のカーテン)。「几帳面」という言葉は、几帳の柱に施された細かく丁寧な面取りに由来する
・吉例顔見世(きちれいかおみせ):東西の人気歌舞伎役者が一堂に会する歌舞伎公演
・飛龍頭(ひろうす、ひりょうず):がんもどきのこと
・胡弓(こきゅう):日本の伝統的な弦楽
・大尽(だいじん):大金持。遊郭で豪遊する人
第十五章 韃靼の夢
・韃靼(だったん):タタール。モンゴル系民族を指す言葉
・幇間(ほうかん):客の機嫌をとったり、芸を披露したりして宴席を盛り上げる男性の職業
・屠蘇(とそ):正月に飲む縁起物の酒
・荒事(あらごと):歌舞伎の代表的な演技様式の一つ。荒々しく豪快な演技で悪をこらしめる演目
・和事(わごと):男女の恋愛や情事を柔らかく表現する演目
・黒御簾(くろみす)舞台下手にある簾のかかる黒い部屋。音楽を演奏する場所
第十六章 巨星墜つ
・四相を悟る:聡明なこと
・傾城(けいせい):絶世の美女、または遊女
第十七章 五代目花井白虎
・緋毛氈(ひもうせん):鮮やかな赤色の毛織物
・床几(しょうぎ):腰掛け
・清元(きよもと):歌舞伎の伴奏音楽として発展した浄瑠璃の一種
第十八章 孤城落日
・友禅(ゆうぜん):伝統的な染色技法
第十九章 錦鯉
・鳰(にお):カイツブリという水鳥の古名
・鳰の浦:琵琶湖の古名
第二十章 国宝
・翠帳紅閨(すいちょうこうけい):身分の高い女性の寝室のこと。緑色のとばりと紅色に彩った寝室
・実事(じつごと):歌舞伎で、分別があり、常識をわきまえた役柄
・下向(げこう):高い所から低い所へおりていくこと。都から地方へ行くこと
・閨房(けいぼう):寝室、特に夫婦の寝室のこと
・大向こう:劇場で、舞台向かって最後方にある客席、またはその観客。「丹波屋!」などと後ろから声を掛ける人
おしまい
最後までご覧いただき、ありがとうございました。
