【ハンガリーの歴史的肖像】フランツ・リストのピアノ曲紹介
この記事ではハンガリーの歴史的肖像を中心に、次の曲を紹介します。
ハンガリーの歴史的肖像 S.205
19世紀のハンガリーの政治家や芸術家への音楽で綴った墓碑銘。1885年作。ハンガリー国歌「賛称(Himnusz)」やハンガリー第2国歌に相当する「訓辞(Szózat)」からの引用あり。人名表記は「姓→名」の順。
演奏は全てエルネ・セゲディ。
第1曲 セーチェーニ・イシュトヴァーン S.205/1
優れた政治改革者で文筆家でもあった人物への思い出に。
第2曲 エトヴェシュ・ヨージェフ S.205/2
政治家への思い出に。
第3曲 ヴェレシュマルティ・ミハーイ S.205/3
ハンガリー第2国歌とも言える「訓辞(Szózat)」はエグレッシ作曲、詩人ヴェレシュマルティの歌詞によるものだが、その「訓辞」の主題を引用した作品。
第4曲 テレキ・ラースロー S.205/4
テレキは政治家、文筆家。不気味な葬送行進曲は彼の自殺を表現している。リストの「葬送行進曲 S.206/2」の短縮稿。
第5曲 デアーク・フェレンツ S.205/5
政治家、文筆家へ。足早な行進曲。
第6曲 ペテーフィ・シャーンドル S.205/6
偉大なる詩人へ。「ペテーフィの思い出に S.195」の拡大稿。
第7曲 モショニ・ミハーイ S.205/7
著名な作曲家へ。「モショニの葬送 S.194」の拡大稿。
ハンガリーの歴史的肖像 〔曲順訂正版〕 S.205a
「ハンガリーの歴史的肖像 S.205」の一般に普及している出版譜の曲順はリストの弟子アウグスト・ゲレリッヒによるものとされているが、音楽学者デジュー・レガーニがリストの意図した曲順はそうではないという説を主張。
曲順は以下のようになる。
第1番 セーチェーニ・イシュトヴァーン S.205a/1
第2番 デアーク・フェレンツ S.205a/2
第3番 テレキ・ラースロー S.205a/3
第4番 エトヴェシュ・ヨージェフ S.205a/4
第5番 ヴェレシュマルティ・ミハーイ S.205a/5
第6番 ペテーフィ・シャーンドル S.205a/6
第7番 モショニ・ミハーイ S.205a/7
関連作品
「訓辞」と「ハンガリー賛称」 (エグレッシ、エルケル) S.486
ハンガリー第2国歌に相当する「訓辞」(ベーニ・エグレッシ作曲)とハンガリー国歌である「賛称」(フェレンツ・エルケル作曲)のリストによる変奏付き編曲。1873年頃作られた。ジュラ・アンドラーシへ献呈。管弦楽稿やピアノ連弾稿あり。
演奏はラヨシュ・ケルテス。
モショニの葬送 S.194
後に改訂され「ハンガリーの歴史的肖像 S.205」へ組み込まれる。1870年作。
演奏はアルフレート・ブレンデル。
ペテーフィの思い出に S.195i
後に改訂され「ハンガリーの歴史的肖像 S.205」へ組み込まれる。1877年作。
演奏はセルジオ・フィオレンティーノ。
ペテーフィの思い出に 〔改訂稿〕 S.195ii
「ペテーフィの思い出に S.195i」が1877年に出版されたが、その出版後の同年にリストは加筆や変更を行った。これは最終稿の「ハンガリーの歴史的肖像 S.205」の第6番とも違うもので、つまりペテーフィの中間稿とも言える。当バージョンは近年になって初めてブダペストで出版された。
葬送前奏曲と葬送行進曲 S.206
調性感の希薄な葬送曲。1885年作。
演奏は鬼才ジョン・オグドンによる名演。他にラザール・ベルマン、シプリアン・カツァリスなどが録音している。
第1曲 葬送前奏曲 S.206/1
前奏曲部。
第2曲 葬送行進曲 S.206/2
第2曲。後に改訂され「ハンガリーの歴史的肖像 S.205」へ組み込まれる。
ハンガリーの歴史的肖像 第7曲 モショニ・ミハーイ 〔改訂コーダ付〕S.205a/7
アメリカ議会図書館の元音楽部門部長であり、リスト賛美者であったエドワード・ウォーターズの遺品の中から発見されたリストの「モショニ・ミハーイ」の自筆譜のコーダは通常のものと大幅に異なっていた。
葬送前奏曲 S.205b
1927年に旧リスト全集にて初めて出版される。1885年4月にブダペストにて作られる。改訂され上記「葬送前奏曲 S.206/1」となる。
● 楽譜紹介
新リスト全集の楽譜では今回ご紹介した楽曲は以下のものに収録されています
・ハンガリーの歴史的肖像 S.205
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・葬送前奏曲と葬送行進曲 S.206
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・モショニの葬送 S.194
・ペテーフィの思い出に S.195
それではみなさま良い一日を
