【共同作品】フランツ・リストのピアノ曲紹介
この記事ではリストが他の作曲家と共同で作った曲を中心に紹介します。
ヘクサメロン - 演奏会用作品 - 「清教徒」の行進曲による華麗なる大変奏曲 S.392
ベルジョイオーソ侯爵夫人が企画したイタリア亡命者のための義捐演奏会のために複数の作曲家が参加し作曲した変奏曲だが、結局その演奏会には間に合わなかった。1837年作。ベッリーニのオペラ「清教徒」の主題による。他の作曲家による変奏を取りまとめ一つの作品として編集したのはリスト。その際に繋がりを自然にするためチェルニーとショパンによる変奏の最後の小節は削除している。2台ピアノ稿、協奏稿あり。
演奏はレイモンド・レーヴェンタール。
序奏 (リスト)
主題 (ヴィンチェンツォ・ベッリーニ=リスト)
第1変奏 (ジギスモント・タールベルク)
第2変奏 (リスト)
華麗なる第3変奏 (ヨハン・ペーター・ピクシス)
リトルネッロ (リスト)
第4変奏 (アンリ・エルツ)
第5変奏 (カール・チェルニー)
間奏 (リスト)
第6変奏 (フレデリック・ショパン)
コーダ (リスト)
フィナーレ (リスト)
へクサメロン - 演奏会用作品 "ベッリーニの「清教徒」の行進曲による華麗なる大変奏曲" 〔ピアノ協奏稿〕 S.365a
ベッリーニのオペラ「清教徒」の主題を使用し、リストを含む6人の作曲家がそれぞれ変奏を書き、リストが全体をまとめて一つの作品にした通称「ヘクサメロン変奏曲」のピアノ協奏稿。1839年頃作られたと思われる。ピアノ独奏稿の出版譜にはオーケストレーションの挿入指示が書かれている。そしてこの変奏曲のピアノ協奏稿の写譜家による写譜が一部残されている(未出版)。しかしそれはリスト本人によるものなのか不明。
演奏はユージン・リスト独奏、ジークフリート・ランダウ指揮のヴェストファーレン交響楽団。
ディアベッリのワルツによる変奏曲 S.147
ベートーヴェン、シューベルト、チェルニー、モシェレス、カルクブレンナー、フンメルなど、多くの著名な作曲家に依頼された「祖国芸術家協会」というディアベッリによるアンソロジーがある。リストも依頼され変奏を一つ書いている。1822年作。ベートーヴェンの単独作品があまりにも有名。完全版を視聴したい場合はこちら(YouTube)へ。
演奏はルドルフ・ブッフビンダー。
音楽によるブロックヴィル侯爵夫人の肖像 S.190
その名の通りブロックヴィル侯爵夫人の音楽で綴られた肖像。3人の作曲家による。1886年にフィガロ紙にて公開される。
第1曲 テンポ・ルバート (アンリ・エルツ) S.190/1
エルツはブロックヴィル嬢のピアノ教師だったが、まだ若かった彼女のやる気のなさを表現し、とりとめもない小品を作った。
第2曲 レント・エ・レリジオーソ (フランシス・プランテ) S.190/2
そのエルツによる小品を彼女は後年、フランスの名ピアニストであるフランシス・プランテに見せると、プランテもそれに呼応し小品を書いた。第1曲とは違いその小品は成熟し敬虔な女性を表現している。
第3曲 気まぐれな楽章 (リスト) S.190/3
その二つの小品を彼女はリストへ送り第3曲を作るよう依頼した。リストはその両曲の主題を改編し自由につなぎ合わせたかのような小品を作った。
【その他】
ハンガリーのツィゴイネルワイゼン "ハンガリー様式の協奏曲" (メンター=チャイコフスキー) S.714
ツィゴイネルワイゼンとは「ジプシーの旋律」の意。リストの弟子で当時の高名なピアニストであったゾフィー・メンターが音素材を用意した(彼女が作曲をしたのか、それとも収集したものなのかは不明)。1892年に彼女の友人であったチャイコフスキーに、その素材を基にピアノ協奏曲を組み立てるように依頼した。この作品の出版譜は音楽的に不自然な点がいくつかあり、本当にチャイコフスキーが意図した形になっているのかどうか不明。リストは1885年にメンターの所有するイッター城に2日間滞在したと言われている。その2日間にリストがこの作品に手を加えた可能性がある。(実はメンターではなく、リストが作曲したという都市伝説もあり)
演奏はヤニーナ・フィアルコフスカ独奏、ハンス・グラーフ指揮のカルガリー・フィルハーモニー管弦楽団による。
他にカツァリスによる録音もあり。
● 楽譜紹介
新リスト全集の楽譜では今回ご紹介した楽曲は以下のものに収録されています

・ヘクサメロン - 演奏会用小品 - 「清教徒」の行進曲による華麗なる大変奏曲 S.392
・ディアベッリのワルツによる変奏曲 S.147
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・音楽によるブロックヴィル侯爵夫人の肖像 S.190
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それではみなさま良い一日を
