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【エレジー】フランツ・リストのピアノ曲紹介

この記事ではリストのエレジーを紹介します。エレジーは悲歌や哀歌と訳されます。


エレジー 第1番 S.196

マリー・ムハノフ・カレルギスの追悼演奏会のために作られた作品。1874年作。チェロとピアノ稿やヴァイオリンとピアノ稿などさまざまな稿がある。
演奏はシプリアン・カツァリス。


エレジー 第2番 S.197

リナ・ラーマンへの感謝を込めて作られた作品。1877年作。音楽学者ウィリ・アーペルはこの曲を特筆に値する立派な作品としている。こちらもさまざまな稿がある。
演奏はセルジオ・フィオレンティーノ。


プロイセン皇太子ルイ・フェルディナントの動機によるエレジー 〔第2稿〕 S.168ii

動機は元々誰のものか不明。フェルディナントの甥の妻がフェルディナントの所有していた音楽コレクションをリストへ贈与するが、この曲はその女性へ献呈。1842年作曲、1852年に改訂し出版。
演奏はフェレンツ・ケレク。



【関連作品】

墓場の子守歌 S.195a

「エレジー第1番」の第1稿。1874年作。上述の通りマリー・ムハノフ(・カレルギス)の追悼のため作られた。 


ラーマン・エレジーの草稿 S.196a

「ラーマン・エレジー」というのは「エレジー第2番」のこと。その草稿をリストの弟子ゲレリッヒが収集。1876年作。


プロイセン皇太子ルイ・フェルディナントの動機によるエレジー 〔第1稿〕 S.168i

この曲の主題はルイ・フェルディナントの所有していた音楽コレクションの中からとられたもので、この主題はフェルディナントの作曲したものというわけではない。主題の作曲者は不明。1842年作。



【その他】

その他にも重要なエレジーがいくつかあり、リストにとってエレジーは重要なジャンルであったことがわかります。

ノネンヴェルトの僧房 - ピアノ独奏のためのエレジー 〔第4稿〕 S.534iii

知られざる傑作エレジー(悲歌)。1841年に取りかかり、最晩年まで改訂し続けた作品。1880年完成。リヒノフスキーの詩による歌曲稿、ヴァイオリンやピアノ連弾稿あり。ノネンヴェルトとはドイツの島の名前。
この演奏はレイフ・オヴェ・アンスネスによるものですが、彼は「この曲は自然的、瞑想的であり情景を感じることができる。巡礼の年のような作品もそうだが、聴衆に映像や匂いを感じさせることができる」と語っています。


悲しみのゴンドラ I S.200/1

リスト後期作品の代表作に含まれ、演奏される機会も多い。作曲年は不明だが、リストの死期に近い時期に書かれたと言われている。1927年初版。もともとワーグナーの死を予感した時に着想された。別名「第3エレジー」。曲種としては舟歌ともエレジーとも言える。調性感は希薄。
演奏はマウリツィオ・ポリーニ。


悲しみのゴンドラ II S.200/2

1885年作。この作品を基に「悲しみのゴンドラ I S.200/1」が作られたと推測されている。よってⅠとⅡの作曲された順序はおそらく逆。こちらも演奏される機会が多い。ヴァイオリンとピアノ稿、またはチェロとピアノ稿あり。
アルフレート・ブレンデルはこの曲を2回録音している。


巡礼の年 第3年 第2曲 エステ荘の糸杉に - 哀歌 I S.163/2

嘆きを表現した傑作エレジー。調性は希薄。
演奏はスヴャトスラフ・リヒテル。


巡礼の年 第3年 第3曲 エステ荘の糸杉に - 哀歌 II S.163/3

リストが「ミケランジェロがサンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会に最初の糸杉を植えた」という思い違いで書いた作品。リストはその思い違いに後で気付きタイトルを修正した。
演奏はゾルターン・コチシュ。


3つの葬送頌歌 第2曲 夜 S.516a

巡礼の年第2年の第2曲「物思いに沈む人」の拡大編曲。このピアノ独奏稿は新リスト全集にて1980年に初めて出版された。タイトルはミケランジェロの詩から。元々この曲はS.699とサール番号が付けられていた。
ミシェル・ダルベルトの名演。


詩的で宗教的な調べ 第4番 死者の追憶 S.173/4

聖歌「深き淵より」の旋律を引用している作品。
演奏はスヴャトスラフ・リヒテル。



● 楽譜紹介

新リスト全集の楽譜では今回ご紹介した楽曲は以下のものに収録されています

・エレジー 第1番 S.196
・エレジー 第2番 S.197
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・プロイセン皇太子ルイ・フェルディナントの動機によるエレジー 〔第2稿〕 S.168ii
※ 楽天リンクはこちら

・墓場の子守歌 S.195a



それではみなさま良い一日を



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