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松井優征『逃げ上手の若君』第23巻 師冬との鬼ごっこの終わり そして高一族落日のとき

 『逃げ上手の若君』第23巻の舞台は1351年。足利家が尊氏と直義に分かれて争う中、敵の敵は味方として、時行と逃若党は直義方に加勢することになります。しかし、戦う相手はかつて仲間として吹雪を名乗っていた高師冬――哀しい戦いがついに決着します。そして高一族にも落日のときが……

前巻の紹介記事はこちら。

 北畠顕家の死から、一気に十年以上の時が流れたこの物語。その間、南朝と北朝の戦い、そして幕府内での権力闘争が繰り広げられていましたが、時行は雫・亜也子・魅摩の三人をなんと同時に正室に迎えることになります。

 そんな中、高師直らによって幕府から追放された直義が南朝に降伏するという驚天動地の策に出たことから、一気に情勢は混迷を極めていきます。
 そして高家方の関東執事を務める高師冬を甲斐の須沢城に追い詰めた直義方に加勢することとなった諏訪方と時行。しかしそれは、かつての友にして師との死闘を意味していて……

 かくして前巻の後半から繰り広げられてきた師冬=吹雪との戦いは、この巻の冒頭で決着することになります。

 時行も知らなかった、そして想像を絶するほど凄惨な過去によって野心に取り憑かれた師冬を解放するために、奥義・鬼心仏刀にて勝負に出た時行。
 深手を負いながらもなおも凄まじい剣を振るう師冬と、最後の南北朝鬼ごっこを繰り広げる時行ですが――冷静に考えるとタイムアウト狙いの戦法ではあるものの、そこに二人の過去の回想を交えることで、ドラマチックな語らいの場として見せる手腕に唸らされます。
 そして死闘が決着した時に描かれるのは――これまで定型化していた構図が、静かな悲しみとほのかな安らぎで締めくくるのには脱帽です。

 もっとも前巻で描かれた正室騒動、そして今回の師冬との決着の中で時行が天下を狙わないと実質宣言することになったのは、それが十分に納得のいくものであったとはいえ、痛し痒しに感じられます。
 今の彼にあるのは、実質的に尊氏を討つことのみ――確かに足利幕府の頂点に立つ、そして北朝の中心人物である尊氏を討つことに大きな意味があることは間違いありませんが、時行自身の物語としてカタルシスが薄れている印象は否めません。

 もっとも本作の尊氏は常人ではなく、邪悪な神力の化身とも言うべき存在。その力はこの世にとって大きな害悪となることは示されていますが、さてそれがどこまで実感として伝わってくるかは微妙です。
(それはむしろ、本作を歴史ものとして、一定の知識を持って読んでいる層にこそ強いのかもしれません)

 これから終盤に向かう物語の中で、その点がマイナスに――時行の存在感を薄れさせることにつながりかねないのでは、というのは素人の深読みに過ぎないことを祈りたいと思います。



 さて、この巻の中盤以降では、直義一派と師直一派の決戦が描かれることになります。
 ここで直義が南朝への降伏は偽装であり、あくまでも君側之奸を除くための方便と語ったことで、ますます時行の戦いの必然性が薄れた感があります。(いや、そのために吹雪を師冬としたのかな、とは感じますが)

 しかし師冬戦に引き続き、呉越同舟でかつての強敵と轡を並べて戦うというのは、(史実ですが)少年漫画の王道でありやはり盛り上がる展開です。
 そしてその相手も、これまで散々厭なところを見せてきた高師直・師泰兄弟、さらにこれまた厭な感じにいきなりポップしてきた師世(師泰の子)なのですから、遠慮なく戦うことができるのは間違いありません。

 しかし驚かされるのは、ここで師直の口から、北条一族と高一族の意外な共通点――最強の二番手にして憎まれ役――を語ってみせることでしょう。
 北条家がその成功者だとすれば高家はそれにあと一歩で手が届かなかった者たち。そして前者の生き残りが後者打倒の切り札となることに、強烈な皮肉さと歴史の残酷さを感じさせられます。

 もっとも本作においては、その流れを作っているのは尊氏の中の神にほかなりません。はたしてその神を本当に討つことができるのか。その時、尊氏は、そして時行はどうなるのか――いよいよクライマックスは間近に迫っています。


前巻の紹介記事はこちら。


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