デビュー1周年の自己紹介です。
💚はじめに
静沢美純(しずさわ みすみ)です。
おかげさまで、2025年2月22日で、noteデビューして1年になります。
改めまして、自己紹介といいますか、連載中の長編小説「二十年の片想い」のウラ話や、私自身の、毒親・機能不全家族(家庭)育ち、についての見解などを書こうと思います。
🍀 🍀 🍀
その前に、大事なことを✨
先日投稿しました初エッセイ「心が楽になる魔法の言葉」が、多くの方々に読まれました!😆
たくさんのスキをいただきました!😆
とても嬉しいです!😆
これほど反響があろうとは、予想だにしていなかったので、自分でもびっくりしています。
読んでくださったみなさまに、心より御礼申し上げます!🌸
本当に、本当に、ありがとうございます!🌸
💚小説「二十年の片想い」について
私がnoteを知ったのは、1年ちょっと前です。大学の先輩の記事を読ませていただいたことがきっかけです。先輩、本当にありがとうございます!😆
このnoteに、あの小説を少しずつ投稿したらどうだろう?
と、ひらめきました。
「二十年の片想い」です。
この小説は、実際に書き始めたのは35歳の時で、それから7~8年をかけて、ようやく完成にこぎつけたものです。当時はパソコンのwordで書きました。完成させて印刷したところ、膨大な量になりました。A4の用紙1枚に、横書きで40文字、36行です。それを100枚ぐらいで1巻とし、全部で40巻ぐらいあります。ダンボールに2箱の、大長編小説なのです。
あまりにも長すぎて、どうしようもなく、押し入れの中に眠らせていました。
自己満足に甘んじるしかないだろうと思っていましたが、心のどこかで、いつか誰かに読んでほしい!と願っていました。
心血を注いだ作品なのです。自分でも驚くほど、書くことに夢中になり、寝食を忘れるぐらい、のめり込みました。
もちろん、毎日すらすら書けたわけではありません。
「この後の展開はどうしよう?💦
浮かばない……💦」
というのが日常茶飯事でした。
煙草をたくさん吸いましたし、気が狂いそうにもなりました。書くこと自体をやめていたことも数ヶ月間ありました。それでも、完成させたい!という思いは、心の中にずっとありました。
そんなこんなで、長い年月をかけて完成させ、とんでもなく長い物語になったのです。
投稿するにあたり、印刷したものを全部読み返しました。1カ月かかりました。
プロローグ、本編約40巻、エピローグ1、エピローグ2、とあります。自分が想像していたほど、ひどい文章じゃなくて、ほっとしました。ストーリーや登場人物に多少おかしなところもありましたが、全体を読み通して、
おもしろいじゃん!😆
と、感じました。自画自賛ですが……😅
ただ、他の人の目にどう映るのかは、全くわかりませんでした。
私は実は、文章を書くのが苦手な子供でした。苦手どころか、1行も書けませんでした。なんとか言葉を絞り出して、ようやく書いた文章は、なんとも悲惨なものでした。学校で表彰された経験など、もちろんありません。
なので、30歳を過ぎてからとはいえ、
小説が書けた!😆
長い文章が書けた!😆
それだけで、私にとっては奇跡なのです✨
自分の文章が上手いのか、下手なのか、印象にも残らないほどどうでもいいものなのか、私自身は全くわかりません。
書店で買って読んでいる本の、プロの作家さんたちの文章と比べると、自分の文章がいかに拙いかがわかります。比べること自体が間違っていますが……💦
私は、文学少女でもなく、読書家でもなく、漫画ばかり読んでいました。だからでしょうか、「二十年の片想い」では、風景描写や心理描写などの説明文よりも、会話文のほうが書きやすかったです。
子供時代の私は、「ドラえもん」(藤子・F・不二雄さん)、「あさりちゃん」(室山まゆみさん)、「サザエさん」(長谷川町子さん)が好きで、繰り返し読んでいました。
「二十年の片想い」の登場人物に、ギャグ・お笑い担当でひょうきん者の男子を創りました。主人公が「暗い」と言われる人物なので、他のメンバーはなるべく明るく、と心がけました。
小説の舞台は現在、1991年(平成3年)の東京です。登場人物たちが、当時の流行歌や映画、テレビ番組やCMなどを話題にする場面があります。それよりもっと昔のものを話題にすることもあります。
これ、わかってくれるかぁ……?と、私と同年代の方々には、ちょっと期待しています😸
noteを始めたばかりの頃は、
誰がこんなの読むんだろう?
と、思っていました。
投稿を重ねるにつれて、スキしてくださる方が、1人、2人……と、少しずつ増えていきました😆
フォローしてくださる方がいた時は、喜びの声を上げました😆
ありがたいことに、フォロワーさんも少しずつ増えていきました😆
「おもしろいです」と、コメントをくださった方がいた時は、「祝!初コメント!」と書かれた紙がカラフルな紙吹雪とともに出てくる、金色のくす玉を割りました!😆🎊心の中で……
さらに、サポートまでしていただき、奇跡です!😆✨
投稿を続けるモチベーションは上がるばかりです!😆🌸
また、私は、友人知人にLINEやメールで、読んでください!と、投稿するたびに小説を送りつけています😅
迷惑かなぁ……?
とは思うものの、
お金を取るわけじゃないし、ま、いっか😅
読んでくださっているみなさま、本当にありがとうございます!😆🌸✨
💚毒親・機能不全家族(家庭)育ち、について
話は重くなりますが、これらは私、静沢美純の事実です。
「毒親」という言葉も、
「機能不全家族(家庭)」という言葉も、
実は、noteを始めてから知りました。
意味を知り、
なるほど!納得!💡
腑に落ちました。長い長い暗黒のトンネルから、ようやく明るい光の世界へ抜け出すことができた、そんな感じです。
母に嫌われるのも、学校でいじめられるのも、私が悪いからだと、私に問題があるからだと、小さい時からずっと思っていました。
「二十年の片想い」の主人公はわざと、「暗い、弱い、子供っぽい」人物に設定しています。基本的な性格「人見知り、臆病、気が弱い、内気」は、私そのものです。
20歳前後の私を、30代後半の私が、批判的に見ている、そんな感じで書きました。
小説のほうは創作ですので、誇張して書いた部分や、書き進めるうちに変わっていった部分もあります。
私みたいな(ダメな)人間が、他にいるだろうか?
小説の主人公には、私自身のこんなメッセージを込めました。
🍀 🍀 🍀
私は、自分の性格については、ずっと悩んできました。この性格のせいで、嫌われたり、いじめられたりしていました。
その暗い性格、変えたほうがいいよ。美純ちゃんのせいで、一緒にいる私までネクラ(根暗)だと言われるんだよ。
友達だと思っていた子にまで、こんな風に言われました。
私はずっと、変わらなきゃ!変わらなきゃ!と思い続けました。でも、変わるきっかけが掴めませんでした。「ネクラ」のまま、中学校を卒業しました。
高校では、これ以上嫌われたくない!と、周りの生徒に恐る恐る話しかけてみたり、くだらない冗談を言って「おもしろい人」を演じてみたり、私なりに努力しました。ですが、基本的な性格は改善できませんでした。
大学生になっても、社会人になっても、ダメでした。
なぜ私はこんな性格なんだろう?
なぜ小さい時から、こんなダメ人間なんだろう?
そんな疑問をいつも抱えていました。答えを知りたくて、調べました。
🍀 🍀 🍀
今から何年か前、発達障害が話題になりました。芸能人の方、作家さん、有名な方が、
「私は実は発達障害です」
と、次々と公表しました。
私、もしかして、これ?
希望の光を見つけたように、発達障害に関する本を読みました。発達障害を扱ったドラマも見ました。
でも、そういう方たちの特徴が、自分に当てはまるかというと、ちょっと違う気がしました。
🍀 🍀 🍀
ちなみに、「自閉症」という言葉は、子供の時から知っていました。幼稚園か小学校低学年か、連絡帳や通知表の類いのものに、
「自閉症気味です」
と書かれたからです。子供でしたので、「自閉症」の意味はもちろんわからなかったです。ただ、言葉の響きから、何か恐ろしい、おかしな病気のような感じがしたのは覚えています。
わたしは「じへいしょう」で、しゃべれなくて、みんなより、とてもバカで、とてもダメなこどもです。
子供心にそう認識しました。劣等感はずっと持っていましたが、「自閉症」により、私は他の誰よりも劣った人間だ、私は欠陥人間だ、と確信しました。
「自閉症気味」に対して、親がどう対処したのかは、わかりません。精神科等に連れていかれた記憶はないです。
「自閉症みたいな性格の子」
と捉え、連れていく必要はないと、判断したのかもしれません。
🍀 🍀 🍀
「空気が読めなくても、それでいい。」(創元社)
というタイトルの本を友人からいただいて読んだ時は、
私はこの「非定型発達」だ!
と思いました。
精神科医の水島広子さんと、
漫画家の細川貂々さんの、
共著です。
🍀 🍀 🍀
「《繊細さん》の本」(武田友紀著、飛鳥新社)
を見つけた時も、
私はこれ(HSP)かも!
と思いました。
「あなたは繊細すぎるから」
と、私は周りの人たちからよく言われました。
「繊細」という言葉は、「精神が弱い」というニュアンスが感じられ、あまり良いイメージは持っていませんでした。
noteを始めてから、HSP関連の記事も読みました。
HSPの最も大きな特徴として、「感受性が強い」ことが挙げられていました。私は9割方HSPの特徴に当てはまりますが、肝心なところが、決め手に欠けていました。
というのは、私は高校時代に、担任の国語教師のオバサンから、
「あなたには感受性がないのよ!
あなたは人間じゃない!
ロボットなのよ!」
みたいなことを言われたからです。私は国語の成績がとても悪く、テストはいつも赤点ぎりぎりでした。ある日、職員室に呼ばれて、怒られたのです。
教師のその言葉が、長年、心の中に、抜けない針のように刺さっていました。
noteのとあるクリエイターさんに、コメントで聞いてみました。私はHSPと言えるのか。
その方によると……
HSPは、病気ではなく、生まれ持った気質です。
医師の診断を仰ぐものではなく、他人が判断するものでもありません。個人の感覚で判断してよいのです。
感受性というのは、国語のテスト問題の文章を読み取る能力もその1つですが、それだけではありません。音楽や絵に感動すること、小さな環境の変化を感じ取ること、人の心の変化を敏感に感じ取ること、それらを含めて感受性です。
とのことでした。
ほっとしました。少なくとも、私は心を持った人間で、ロボットではないことが証明されました。
ですが、先ほど書いた「非定型発達」とは矛盾します。「空気が読めない」のですから。
私は「空気が読めない」のではなく、逆に、読みすぎて疲れてしまっていたのです。
人の不機嫌や、冷たい視線、馬鹿にした目、見下した目、盛り上がっていた空気が一瞬で白けてしまった、などを、私はすぐに察知します。そして、私のせいだと、自分を責めるのです。
私が何か失礼なことを言い、失礼な態度を取ったんだ。だから○○さんは機嫌が悪いんだ。
私はダメ人間。誰よりも劣った欠陥人間。だから、馬鹿にされて見下されて当然なんだ。
もっと明るくて盛り上がる曲を歌うべきだった。楽しい雰囲気を壊してしまった。「空気が読めなくて」申し訳ない。(カラオケボックスで)
「盛り上がりを持続させよ」という「空気」を、私が読めなかった。この経験が、私が「空気が読めない人間」である証拠だ、と思っていました。
卑屈すぎですよね……😅
でも、昔は本当に、こんな風に思っていたのです。
繊細であることは、悪いことでも、弱いことでもなく、1つの個性です。
自分を責めないでください。
あなたは、あなたのままでいいのです。
このクリエイターさんには、本当に救われました。丁寧なコメントを返してくださり、ありがとうございました!💚
今、私は堂々と言えます。私は、HSPです。
🍀 🍀 🍀
そして、noteでの最大の恩人、私の人生の救世主、とも言うべきクリエイターさんがいらっしゃいます。
私が「生きづらさ」からの解放を目指すきっかけとなった方です。
その方によると……
生きづらさの原因は、あなたの幼少期の、母親との関係にあります。
母親から愛され、泣いても笑っても何をしても、そのままの自分を受け容れられた子供は、自分にはここにいるだけで価値がある、という安心感を得ます。それを土台にのびのびと育ち、健全な精神を持った人間に成長していきます。自己肯定感が高い人間になります。
逆に、母親から疎まれ、何をしても否定された子供は、自分はそのままでは価値がない(無価値感)、親が喜ぶことをしないと認めてもらえないことを知ります。常に親の顔色をうかがい、親の気持ちを優先するので、自分の感情や欲求は無視せざるを得ません。それでも否定されるのですから、自己肯定感が低い人間になります。
子供を否定する親は、親自身の無価値感から目を逸らすために、わが子を利用するのです。小さなわが子が、自分を慕い、自分に絶対服従であることを知っています。身体的暴力、精神的暴力などによって、わが子を恐怖で支配し、自分の優位性を認めさせるのです。
わが子を1人の人間として尊重できません。自分の「所有物」としか見ていません。
親自身が、幼少期に、その親から同じ仕打ちを受けたと考えられます。心の傷を見ないふりをして、身体だけは大人になったのです。無価値感を根付かせ、精神的には未熟なままです。
そんな人が子供を産みました。わが子を愛するどころか、格好のターゲットとみなします。自分がわが子よりも強くて優れていることを示し、自分には価値があることを認めさせるための。
虐待は、親の心の未熟さによって起こります。小さな子供には、何の責任もありません。
そうだったのかぁ……😿
私はしばらく放心状態になりました。ほーっと、息を吐きました💚安堵のため息です💚
私は悪くなかった……😿
悪くなかった……😺
悪くないんだ!😹
余韻が残り、救いの光に包まれていくような感じがしました✨
この方のおかげで、怖かっただけの母を、客観視することができるようになったのです。そして、何十年にも渡って根付いていた罪悪感から、ようやく解き放たれたのです。
私の愚痴コメントにも丁寧に返信してくださり、いつもありがとうございます!💚
私は今、前に向かって、少しずつ、進んでいます🐢🌸
🍀 🍀 🍀
他の方々の毒親関連の記事も読みました。
いろいろ読んで、私の母はやはり、毒親以外の何者でもないと、確信しました。
では、父はどうでしょうか?
父にはずっと良いイメージを持っていて、私は父のことは好きだと思っていました。
ですが最近、不信感が湧きました。
私は以前、母の悪口記事を書いて、このnoteに投稿しました。
父ならわかってくれるんじゃないか、そう思い、父にも読んでもらいました。
母の悪口です。愛する女性(?)を悪く言ったのです。家を追い出されるか、最悪、勘当される覚悟をしました。
「ま、世の中いろいろある」
父の感想はそれだけでした……💧
さらに別の日、母が私にひどい言葉を浴びせていたことは、虐待なんだと、私は父に言いました。
「はっはっは🤣」
えっ……?
なんでそこで笑うの!?🤯
身体の暴力じゃないから、
「何を馬鹿なこと言ってるんだ?🤣」
ということなのでしょうか?
私が必死で書いたこと、意を決して話したことを、端から信じていない、私の妄言だと思っている、のでしょうか?
それ以来、私は父に真面目な話をすることをやめました。
私が子供の時、父はどんな人だったろう?
母から私を守ってくれた、助けてくれた、という記憶はありません。
(もしかすると母は、父が仕事で不在の間に、私を虐待していたのかもしれません。)
無言でいきなり頭を叩かれたことが、何度かあります。
夜、私が布団に入っても眠れなくて、もそもそ動いていた時。早く寝ろ!という意味で。
私が天邪鬼(あまのじゃく)になった時。
私は、自分の素直な気持ちに従うと、
「わがままを言うな!」
と、母に怒られるので、わざと逆のことを言っていた時期があります。それはそれで怒られました。
母は「この天邪鬼が!」と。
父は、無言で私の頭を叩いて。
父は基本的に、黙っている人です。私の人格そのものは否定しませんが、私のすること為すことを、ことごとく否定します。
🍀 🍀 🍀
「機能不全家族(家庭)」は、
その意味がじわじわとわかってきました。
「機能不全」とは、言い得て妙ですね。家族として機能していない。私が育った家庭は、まさにそうです。
私は下にきょうだいが1人いて、昔は祖父母もいて、6人家族でした。でも、食卓はシーンとしていました。「一家団欒」という、あたたかい雰囲気はなかったです。
祖父母は私を否定はしませんでしたが、かわいがられた記憶もないです。2人とも黙っている人で、日中は茶の間ではなく、自分たちの部屋にずっといました。
きょうだいは、母から「美純みたいになるな」と言われて育っています。私を反面教師にしているので、私を全否定します。
親に反抗せずに、弱い姉(私)に、自分のイライラをぶつけ、時に暴力を振るいました。
「蹴りを入れられたいのか!」
実際に私は、胸を蹴られました。気が弱い私は、泣いてしまいました。
私が中学生の時です。屈辱の記憶です。
当時はきょうだいと、部屋が共同でした。
その日、茶の間での食事時に、私はふて腐れていました。
すると母が、
「○○(きょうだいの名)にいじめられたんだろう?情けない!やり返してみろってんだ!弱虫が!」
家の中にも、味方は一人もいませんでした。家族として、機能していませんね……💧
🍀 🍀 🍀
「スケープゴート」を、ある方の記事で知りました。
もしかして私は、両親やきょうだいのストレスをぶつけられるための存在だった?
「全部お前が悪い!」と、私を悪者に仕立て上げ、悪者には制裁を!……そういうことでしょうか?
まさに「生け贄」ですね……💧
🍀 🍀 🍀
私は、心理学そのものは勉強していませんので、専門用語はあまりわからないのですが、このnoteでいろいろ知りました。
「サバイバー」
という言葉が、一番のお気に入りです。よくこの歳まで生き延びたなぁ、と、我ながら思います✨
💚おわりに
実は、ネットに何かを投稿するのは、このnoteが初めてでした。スマホデビューそのものが遅かったのです😅
なので、最初の頃は……
「フォロー」ってなに?
「ハッシュタグ」ってなに?
というレベルでした😅
言葉そのものは聞いたことがありましたが……😅
「スキ」は、よく聞く「いいね」みたいなもの?と、解釈していました😅
投稿を続けたり、いろんな記事を読んだりするうちに、少しずつ、ネット用語も覚えてきたと思います。
新しいことを覚えていくのは、楽しいです😆🌸
🍀 🍀 🍀
noteを始めて本当によかったです✨
親から苦しめられてきたのは、私だけじゃない!
そのことがわかっただけでも、大きな救いです。
私のつらい過去の話を、周りの誰もが信じてくれません。
「美純の被害妄想だ」
「美純ちゃんは気違いだから。あの病院の患者だから」
なので、noteで、似たような経験をされた方々がいることがわかり、心強いです✨
私は悪くなかった!
このことに気づけたのも、とても大きいです✨
ずっと背負ってきた重い荷物を、ようやく下ろすことができた、そんな感じです✨
親のための人生じゃない!
私の人生だ!
自分の人生を生きる!
こう思えるようになったのも、とても大きいです✨
気づかなかったら、一生、親の奴隷のままでした。
🍀 🍀 🍀
現在は、パソコンを持っていないので、スマホで打っています。
打つのが遅いので、時間がかかります。
目の疲れ、首や肩の凝り、腕や手の痺れなど、歳を取ったなりの不調があります。
今後の投稿のペースは、ゆっくりになるかと思います🐾🐱🐶
noteもまだまだわからないことは多いですが、試行錯誤しながら、楽しんでいきたいです😆🌸
小説「二十年の片想い」は、まだ続きます🌸
エッセイも、少しずつ書いていければ、と思っています🌸
気長におつきあいいただけたら、嬉しいです😆🌸
長い自己紹介を、最後まで読んでくださり、本当に、ありがとうございました!😆🌸🎉
