Mさん観察記
新年度になって、職場が駅から少し遠くなり、業務も忙しくなり、帰りが遅くなった。
そこで職員である同年代独身男性Mさんと、職場の鍵を閉め、駅まで歩き、Mさんが乗り換える駅まで一緒に帰るということが日常の一つになった。
Mさんは面白い。
フクロウのような体躯と表情をしていて、基本的には寡黙だ。
変化だ勝負だとかいいだした職場内では縁の下の力持ち過ぎて目立たない。
かつてAED研修を受けたとき、同じグループのイケイケドンドンの日焼けした職員が、人工呼吸する人形に向かって名を呼びかけるとき「Mさーん」「Mさーん」と、同じグループにいないMさんの名を叫んで笑った。周囲の人も苦笑していた。なんだか貧乏くじを引いているようで気の毒なMさんだ。
Mさんは新潟県出身で、大学入学と同時に上京。ケインズ経済学とかを研究して大学院を修了し、いくつか同業界の同職種の転職を経て、ここで働いてまもなく20年近い。
Mさんはどうやら相当の酒飲みで帰宅後の晩酌を楽しみにしており、途中乗り換えの駅ちかにあるスーパーで買い物をするのが日課だそうだ。
Mさんは長らく独り暮らしであり、ひとりで楽しむことに慣れている。休みの日には、ひとりで横浜の山下公園に出かけたり、秩父の芝桜を見に行ったりしている。それを、ホーム画面にたくさんアイコンが並んでいるスマホを取り出して、スクロールを重ねて写真を見つけ出し、芝桜きれいでしたと見せてくれる。もちろん一人で出かけているので、見せてくれるのはすべて風景写真だ。
たびたびMさんはこのように写真を見せてくれるが、これは情緒的な共有というよりも、おそらく理系的学者肌の性格特性による、図示して説明したいという欲求によるもののようだ。
昨日は、Mさんと自動改札を通った際、あ、職場に持って行ったゆで卵、冷蔵庫に入れたまま忘れてきたと私がつぶやくと、即座にゆで卵は翌日まで持つのだろうかと心配された。
それからは、スイカのキャラクターが交代するそうだ、とか、初代スイカの図柄はこうだったと示していただいたりとか、自動改札機の変遷とか、紙発券での改札は機械のメンテがいかに大変かというような話をして、乗換駅に至った。
今まで私は男性とこんな内容で話をし続けたことはなく、Mさんという人物観察が面白くなってきている。あ、勘違いしないでください、恋してますとかではありません。それはMさんにあまりに失礼なことである。
さて、今朝目覚めてからも、あー、昨日のMさんとの会話は面白かったなと思ったと同時に、同時に、あー、今まで私が妻となった相手の男性たちというのは、みな芸術肌で、もろく、ゆれる人たちだったなと気づいた。
彼らは私の鏡のような部分がある人たちであったといえる。そして情緒的な交流だったと思っていたものは、純粋な共感ではなく、共鳴(しすぎていた)とか感情の沼に一緒に落ちたような関係だったのだろうなと分析した。そりゃあ一緒に暮らしていくなんてできるわけなかったわと、妙に現実的な納得をしてから、起床した。
こんな朝が来るとは、人生とは不思議だ。
