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再掲、「1990年、ルーマニアへ」

私は2000年代から3年前までの約20年間、ルーマニアという国に住んでいました。
その間インターネットもかなり普及発展し、ルーマニアでの生活、文化などをYahoo Japanのブログを通じて発信していました。
その中で、「1990年、ルーマニアへ」というタイトルで連載記事も書いていました。内容は、初めてルーマニアという国を訪れた時の様々な出来事を綴ったものでした。2022年、Yahoo Japanが欧州からの利用サービスを停止し、私はブログを継続することができなくなり、「1990年、ルーマニアへ」の連載もストップせざる終えなくなりました。

Noteを始めるのに当たって、久々に文章を書くということで、以前ブログではどんなことを書いていたのかを振り返るために、先日ハードディスクへ保存しておいたYahooブログ記事を読み返して、30年前の自分の記録、記憶としてNoteのプラットホームへ残しておこうという思いに至り、それらブログ記事を再掲することにしました。

古いブログ記事とはいえ、当時のルーマニアは現在から見ると全く別の国かのようになっている様がよく分かります。

1990年〜ルーマニアへ〜①
1990年4月。  
ボクは、ハンガリーのブタベスト東駅[ケレチ]で、ブカレスト行きの夜行列車[パンノニア]を待っていた。
列車の入線までにはまだ時間があったので、荷物を預かり所に預け、駅構内付近を散歩した。
というより、列車に持ち込むための飲み物・食べ物を調達したかった。当時は、国際線の駅といえども、旅に便利な簡易食品が手に入る食料店や簡単に食べられるレストランなどは少なく、駅構内は、簡易的な店のサンドイッチ屋、キオスクぐらいで、あとはコーヒー店ぐらいが目に付いたが、そこには食べ物は置いていなかった。キオスクも、チョコレートとかスナック菓子類しかないので、ボクはサンドイッチ屋で、スライスされたパンのうえに、ハム、チーズ、赤いピーマンのかけらがのっただけのサンドイッチを2つ購入し、キオスクで500ml入りのペットボトルの水とネッスルの板チョコをひとつ買い、荷物預かり所から荷物を引き出して、僕が乗らなければならない列車の入線ホームへ向かった。

キオスクで、タバコも買おうと思ったが、残っているハンガリー通貨のフォリントが足りず止めた。しかし、スモーカーのボクは、どこか忘れてしまったけど、ある免税店で1カートンのKentを昨日のうちに買っておいた。当時のハンガリーは、西側欧米の代表的なタバコがほかの東欧諸国にくらべ、わりとどこででも買えたが、ルーマニアでは、外国タバコのKentやマール・ボロを買うのが難しいと聞いていたので、荷物になるとは思ったが、安全策を考え、1カートン買ってしまった。値段は、多分日本の半額くらいの値段だった、と思う。

18時30分発の夜行列車は、すでに入線していた。
ボクは、自分の指定席を探すべく、一車両ごとにかかっている番号札を確認しながら、先頭のほうへ歩いていった。車両はかなり長く、多分、8両から10両ぐらいはあったと思う。中ほどにボクが乗る車両があった。その車両に乗ると、幅1メートル弱の通路はすでに人がいっぱいで、大きなリュックを肩にかけていたボクは彼らによくぶつかり、自分のコンパートメントまで行くわずか数メートルの間に、「エキスキューズ・ミー」を何度も言うはめになった。

自分のコンパートメントに「やっと」という感じで着いたが、8人がけのコンパートメントは若い男女で席がうまっていた。ボクは、指定席番号を間違えたのかと思って、手に持っていた切符を見、コンパートメントの番号をもう一度確認したが、間違いではなかった。
僕の席に座っていた若い男に、その切符を見せ、「ここは、僕の席だけど」とカタコト英語とゼスチェアーで示した。すると男は、「わかってる、わかってる」とでもいうように、ニコニコしながら席を立ち、車両通路へ出た。出際に別の男達と何かを話していたが、ボクには一語も聞きとれなかったので、ハンガリー語かルーマニア語だったのだろう。
ボクの一挙手一頭足に、ほかの乗客の好奇の視線を感じながら、リュックからガイドブックや食べ物だけを取り出した後それを網棚に上げ、座席に着いた。

コンパートメントの乗客は、チラチラ僕のほうを見たり、隣の人間と何かささやきあっていた。しばらくすると、窓際に座っていた若い男がボクのほうを向き「チャイナ?チャイナ?」と訊いて来た。ボクは首を横に振り「ジャパ二ーズ」といった。男は少し驚いた様子で隣に座った、彼女と思われる女に何事か話した。女は笑顔でボクの方をみた。
男は、英単語を少し知っているらしかった。
「ドコ、ルーマニア?」
「ウン、ルーマニアへ行く」
「ルーマニア、ハングリー、ハングリー」と彼は、身振り手振りを交えて言った。
どうやら、ルーマニアには食べ物がないとか、乏しいとかを言いたかったらしい。他の乗客も笑ってはいたが、頷いていた。
「ナ~ンニモナイ・・・」

しばらく、彼らとカタコトの英単語で「会話」をして、コンパートメントの乗客が皆ルーマニア人らしいということがわかった。コンパートメントの棚は彼らの荷物でいっぱいだった。足元にも荷物があったので、何事だろうと不思議に思っていたがそれで理解できた。彼らはブタペストに買出しに来て、これからルーマニアへ帰るところだった。
列車が動き出した。外は日が暮れかかっていた。
車窓の向こうの、ブタペストの街の乏しい街灯が、ゆっくりと動き、次第に早くなり、次々過ぎ去っていった。

「ドリンク?コーラ?」その男が、ボクの方にコカ・コーラの2リットルペットボトルの口先をむけた。ボクは、コーラがあまり好きではないので断ると、男はラッパ飲みでゴクゴク音をたてながら飲んだ。一息ついて男は、「グット、グット、コーラ」とペットボトルを指差し、僕のほうを向いて言った。

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