レビラート婚(yibum:イブーム)とchalitzah(ハリツァー)の法理学 第3回:『Yevamot』第12章・第1章・第4章における法的効力の境界――未成年・障害・eruvah(エルヴァ)に伴う免除規定
*本稿は、古代イスラエルのモーセ五書(トーラ)と口伝律法ミシュナにおける婚姻法および法廷における手続きを、歴史学的・律法学的視点から解析する研究である。記述に含まれる性に関わる表現は、すべて一次資料の法定義を正確に論じるための学術的用語であり、性的好奇心を喚起する意図は一切含まれない。
口伝律法ミシュナ『Yevamot』篇に基づき、レビラート婚(yibum)とchalitzahの法理を詳述。主体・客体の法的無能力、判事の適格性、妊娠による義務消滅の定義、さらに15のeruvah(エルヴァ)が共妻に及ぼす解放の連鎖を記述。聖書次元とラビ法規におけるmaamarの相違まで、律法の現場を一次史料より再構築する。
(「共妻」とは日本語にない用語ですが、一夫多妻制では、1人の夫に複数の妻がいる場合があります。本稿では、この語を同じ夫に嫁いでいる複数の妻を表すものとして用いています)
前回の振り返り
前回は以下の内容を確認した。
【1】儀式の「事後有効」となる条件
本来は望ましくないものの、執行された場合に法的有効性が認められる境界線が示されている。
①サンダルについて
他人のもの、木製(革が被せられている)、左足のものを右足に履いていること)、多少サイズが合わなくても歩ける程度であれば有効と見なされる。
②時間帯について
民事裁判は通常昼間に行われるが、chalitzahは「判決」に類するものとされるので、夜間に行うことも可能である。
【2】chalitzahを構成する3要素と法的優先順位
儀式は「サンダルを脱がせる」、「トーラの朗読」、「唾を吐く」という3つの行為で構成されるが、その重要度には明確な差がある。
サンダルを脱がせる行為を欠いた場合、他の行為を行っても儀式は無効となる。
トーラの朗読を行わなかったとしても、サンダルを脱がせて唾を吐いていれば、儀式は有効とされる。
【3】法廷における実務プロセス
儀式は3人の判事の前で行われ、厳格な手順が定められている。
判事は当事者に対し、状況に即した適切な助言を与える。chalitzahが勧められる場合もあり得るが、基本的にはyibumが勧められる。
儀式におけるトーラの朗読は「聖なる言語(ヘブライ語)」で行われなければならない。
儀式の最後には、そこにいる判事だけでなく、生徒も「この者は靴を脱がされた者」と3回唱える。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉レビラート婚(yibum:イブーム)とchalitzah(ハリツァー)の法理学 第2回:ミシュナ『Yevamot(イェヴァモット)』12章における「事後有効」の境界と儀式の不可欠要素
https://note.com/mishnah/n/nf3ac863e7b6d
儀式の無効条件:主体および客体の法的無能力
今回はその続きである。口伝律法ミシュナ「Yevamot」12章4節である。
もし耳と喉が不自由な人にchalitzahするなら、またはもし耳と喉が不自由な女性がchalitzahするなら、またはもしやもめが未成年者にchalitzahするなら、彼女のchalitzahは有効ではない。
「耳と喉が不自由な人」は適切にトーラの朗読のやり取りをする上で問題が生じるので、chalitzahの主体になることも、客体になることも出来ない。
残された兄弟が未成年、つまり13歳未満である場合にも、chalitzahを行うことは出来ない。従ってこの場合、未亡人は他の男性と再婚することは許されない。
続きである。
もし未成年の少女がchalitzahするなら、成人した時にchalitzahしなくてはならない。もし再度chalitzahしないなら、彼女の(最初の)chalitzahは有効ではない。
女性の成人年齢は12歳である。それに満たない年齢でchalitzahしたなら、それは有効ではない。
次節に進む。
執行機関の適格性:三人の判事と資格要件
もし2人の判事の前で、または3人でも1人が近親者であったり不適格な者であることが分かったなら、彼女のchalitzahは有効ではない。
chalitzahの儀式は3人の判事の前でする必要がある。2人の場合は有効に行ったことにはならない。
また、3人の判事がいる場合でも、1人が近親者であったり、または盗人などトーラを遵守しない者であるのなら、事実上2人の前でchalitzahしたと見なされる。従って有効ではない。
いずれの場合でも、未亡人は他の男性と再婚することは許されない。
次である。
事後的な身分確定:妊娠と生存確認によるyibumの無効化
もし誰かが彼のyevamahにchalitzahを行い、彼女が妊娠していることが発覚して出産するなら、―もし子供が生き続けることが出来るなら、彼は彼女の親戚と結婚出来るし、彼女は彼の親戚と結婚出来る。
chalitzahは離縁同様に見なされる。従って結婚しておらず、性行為もしていないのに、chalitzahを行った男女間の関係は、離縁同様の状態になる。
これは以下の結果を招来する。男性は女性の近親者(姉妹など)と結婚出来ないし、女性も男性の近親者とは結婚出来ない。
ここではchalitzahを行った後に、亡き兄弟の子供を妊娠していることが分かり、かつ生まれて生活を継続している状態である。
「生まれて生活を継続している状態」とは、具体的には次のどちらかの場合を言う。
①9ヶ月間妊娠し、子供が生まれて生きている場合。
②妊娠期間は明確ではないが、生まれた後に30日間子供が生きている場合。
いずれかの場合に該当する場合、亡き兄弟には子供がいるという律法上の地位が確定する。
これによって、chalitzahは意味の無いものとなり、残った兄弟と未亡人を拘束する絆はなくなる。
例えば兄弟は未亡人の母と結婚することが出来る。未亡人も残った兄弟の近親者との結婚が可能になる。
次に進む。
待機期間(3ヶ月)の法理:父性の混同回避と法的境界線
yevamahは3ヶ月経過するまで、chalitzahも、yibumもしてはならない。同様に、全ての他の女性も、erusin、nisuinしてはならない、3ヶ月が経過するまで。―同様のことは処女であろうと、なかろうと、離縁、先立たれた、nisuin、erusin、いずれの場合でも、女性はerusinもnisuinも出来ない。
yevamahは亡夫によって妊娠している可能性がある。もしも本当に妊娠しているなら、亡夫は子供がいることになり、残された兄弟との関係は許されない。
3か月が経過するなら、目に見えるしるしが顕著になるので、この点があいまいになることがない。
yibumがこの期間に許されないのは当然である。それは性行為によるものであるから。
この点chalitzahは可能であるが、そもそもchalitzahはyibumが可能な場合に行われるものである。従って3ヶ月間は認められるべきではない。
2番目の文章は、結婚生活が如何なるものであっても、3ヶ月間は再婚出来ないことを言っている。不明の語があるなら、逆引き辞典から参照して欲しい。
◉【聖書・ミシュナ語彙 総合逆引き事典】律法の現場を再構築する一次史料・専門用語解説(随時更新)
https://note.com/mishnah/n/n66230ec040ed
eruvahによる義務の免除と共妻への波及効果
ここからは少し細かい内容になる。「Yevamot」1章1節を引用する。テーマはたとえyibumが生じる条件があっても、残された兄弟と未亡人の関係が特殊な場合、yibumもchalitzahも問題ではなくなるというものである。
15人の女性は他の妻たちを、他の妻たちの妻たちをchalitzahとyibumから解放する。以下の通りである。男の娘、娘の娘、息子の娘、妻の娘、妻の息子の娘、妻の娘の娘、義母、義母の母、義父の母、母方の姉妹、母の姉妹、妻の姉妹、母方の兄弟の妻、同時代ではない兄弟の妻、義理の娘。彼女たちは他の妻たちを、他の妻たちの妻たちを、以下無限にchalitzahとyibumから解放する。
レビ記18章には性行為が許されない血縁関係や姻戚関係が列挙されている。そこには21の関係が載せられており、この立場の女性をeruvah(エルヴァ)と呼ぶ。複数形はarayot(アラヨット)である。
男性にとって女性がeruvahであるなら、性行為してはならない。意図的にこれを侵犯するなら、karetになる。
21のeruvahの内、15のeruvahは兄弟の嫁になっていることがあり得る。彼女は残される兄弟に対してはeruvahであるのだが、夫に対してはそうではないのである。
従って、この場合、eruvahとのレビラート婚が問題になる。具体的に1つの例を挙げよう。
トーラでは姪との結婚は禁止されていない。姪は兄弟の娘である。男が兄弟の娘と結婚したとする。彼は子供を残さずに死んだ。
この場合、実の娘がyibumの対象になる。しかし父親にとって娘はeruvahである。yibumは許されない。yibumが許されないのだから、chalitzahも問題にならない。
ただ、未亡人がeruvahであるのは、残された兄弟の中の1人であり、他の兄弟とは可能であることもあり得る。この場合はyibumもchalitzahも、残りの兄弟たちと問題になる。
以上を前提に、上記引用の「Yevamot」1章1節を見てみる。次のように書かれていた。
15人の女性は他の妻たちを・・・(中略)・・・chalitzahとyibumから解放する。以下の通りである。男の娘、娘の娘・・・
これはyibumの対象となった未亡人がeruvahであったので、chalitzahもyibumも問題にならないことが前提になる。
「15人の女性は他の妻たちを」解放するとは、ユダヤ教では元々複数の妻帯が認められていたことに拠る。
未亡人たちの内の1人が残された兄弟のeruvahであるのなら、他の未亡人もyibumやchalitzahからは解放される。
この1人のeruvahを除いて、他の未亡人たちでyibumやchalitzahは行われない。
彼女たちは手続きなしに3ヶ月後には再婚してよい。
yibumに関係するのは、同じ父親の兄弟である。母親も同じであるかは問題にならない。逆に母親だけ同じという場合、yibumは問題にならない。
この続きには次のように書かれている。
婚姻の遡及的無効:ailonit(不妊)及び拒絶による例外規定
もし彼女たちの内の誰かが死んだり、拒絶されたり、離縁されたり、またはailonit であることが分かったなら、未亡人たちは許容される。
まず最初の文章では、次のことを言っている。
妻の1人がeruvahであるのなら、他の未亡人は即座に解放されるのが原則である。
しかしもし未亡人の1人がeruvahであっても、次の事情がある場合には、他の未亡人はyibumやchalitzahから解放されない。
その事情をまとめると、以下の通りである。
①夫が死ぬ前にeruvahが死んでいる場合
②夫が死ぬ前にeruvahが「拒絶」している場合
これは説明を要する。父親が死んでいる場合、母親や兄弟は未成年の娘を結婚させることが出来る。
しかしこの場合、父親が結婚させた場合と異なり、娘は成人後に婚姻関係を遡及的に無効にする権限が与えられる。
ここでは夫が死ぬ前に、女性が婚姻関係を無効化した場合である。
③夫が死ぬ前にeruvahが離縁されている場合
④eruvahがailonit(アイロニット:不妊)であることが判明した場合
この場合、婚姻関係が無効とされる。
以上の事情がある場合、妻の1人がeruvahであっても、他の未亡人は解放されない。
次である。
世代間の不連続性:同時代ではない兄弟の義務免除とmaamarの法的性質
レビラート婚が問題になるのは、亡夫が死ぬ前に生まれている兄弟だけである。
夫が死んだ後に生まれた兄弟には、レビラート婚の務めは関係がない。次のように書かれている。
彼と同時代にいない兄弟の妻は、どのように未亡人たちを解放するのだろうか?2人の兄弟がいた。その内の1人が死んだ。それからもう1人兄弟が生まれた。その後、2番目の者が兄弟のやもめにyibumを行い、死んだ。―最初の者は同時代ではない兄弟の妻として、解放される。2番目の者は彼女の共妻として。もし彼がmaamarを彼女と行い、死ぬなら 、―2番目はchalitzahを要求するが、yibumされてはならない 。
これは順番に述べると以下のような場合である。
①2人の兄弟AとBがいた。どちらも結婚している。
②Aが子供を残さずに死んだ。Bはまだyibumしていない。
③A、Bの兄弟Cが生まれた。
④BがAの未亡人にyibumを行い、死んだ。Bには自分の妻とも、Aの未亡人の間にも子供はいない。
⑤Aの未亡人は解放される。
CはAの死後に生まれているから、Aの未亡人にyibumする務めはない。
⑥Bの未亡人も解放される。
Aの未亡人とBの未亡人は、どちらもBの未亡人としてCのyibumの対象である。
しかしAの未亡人は兄弟の妻であり、eruvahである。そこでBも解放される。この原則は上で確認した。
次に「もし彼がmaamarを彼女と行い、死ぬなら 、―2番目はchalitzahを要求するが、yibumされてはならない」について、まずmaamarを解説する。
上述の通りyibumは夫婦行為によって成立する。しかしラビはyavamはまず第1段階の結婚kiddushinに相当する段階を踏むべきであるとした。
この段階をmaamar(マアマル)という。この手続は聖書的には意味が無いが、これによって女性は兄弟の妻として認識され、他の兄弟は結婚出来なくなる。もし兄弟がこの状態を解消したいなら、以下の2つの行動をどちらをも要する。
①離婚証書を渡す
②chalitzahを行う
この内、①はラビによって規定された婚姻状態の解消の為である。他方で②は聖書の次元において求められるyibumかchalitzahの選択である。
つまりmaamarをした場合、聖書次元ではまだ未亡人はyevamahであり、ラビの法規上は既婚者であるという不安定な立場になる。
maamarがラビたちによって規定されたものという考え方は、広く受け入れられているが、Beit Shammaiは聖書的なものとしている。
「yevamot」2章1節の「もし彼がmaamarを彼女と行い、死ぬなら・・」は以下の状況を述べている。
①2人の兄弟AとBがいた。どちらも結婚している。
②Aが子供を残さずに死んだ。Bはまだyibumしていない。
③A、Bの兄弟Cが生まれた。
④BがAの未亡人にmaamarを行い、死んだ。Bには自分の妻とも、Aの未亡人の間にも子供はいない。
⑤Aの未亡人は解放される。
CはAの死後に生まれているから、Aの未亡人にyibumする務めはない。
⑥Bの未亡人はyibumに拘束される。
Aの未亡人はmaamarされたが、yibumされていない。聖書次元ではBの妻になっていない。
そこで原則通り、CはBの未亡人とyibumかchalitzahを行う関係になる。
以上で簡単にではあるが、レビラート婚についての解説を終えた。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉ユダヤ法における結婚・離縁・家族の法理学
https://note.com/mishnah/n/ndeee1c7e77b4
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
