ミシュナ『Temura(テムラー)』の法理 第2回:『Temura』 1章2節における家畜の異種間・複数代替の法理
*本稿では、口伝律法ミシュナ第5部『聖物(Kodashim)』の『Temura(テムラー篇)』1章2節を扱い、献げ物(いけにえ)の交換における動物の種類、性別、質の法的一致の要件、および代替する家畜の「数量」に関するhalachah(ハラーハー)の解釈を検証する。
レビ記27章10節のヘブライ語テキストにおける「単数形」の表記が意味する範囲を巡り、ヨナ書4章11節の「behemah rabah」等の比較言語学的証拠を用いて複数を包含するとみなす多数派の見解と、字義通りの1対1代替を主張するラビ・シモンの論争を詳細に解読。伝統的な注釈に依拠し、2,000年前の「律法の現場」における文脈を厳密に再現・再構築する。
前回の振り返り:身体刑の要件と初子(bechor)の帰属論争
前回は、レビ記27章及びミシュナ第5部『Kodashim』の『temura(テムラー篇)』1章1節に基づき、献げ物の交換の禁止規定について、temuraの法的有効性、temuraに違反した場合の身体的な刑罰、更にbechorの所有権の帰属や聖別の場所について解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】「いけにえの交換(temura)」の定義と禁止規定
①定義
temuraとは、既に聖別された献げ物の代わりに、別の(聖別されていない)家畜を交換しようとすることを指す。
②禁止と結果
レビ記27章に基づき、良いものを悪いものに、あるいはその逆に替えることも厳格に禁止されている。
もし交換を宣言した場合、元の献げ物と交換しようとした家畜(temura)の両方が聖別された状態となる。
【2】法的主体性と身体刑(39回の鞭打ち)
①有効性
男性だけでなく女性もtemuraを有効に行うことが出来る。ここで「有効」とは、その行為が律法で許されているという意味ではなく、禁止された法的な効果(両方の家畜が聖別されること)が生じることを意味する。
②罰則
temuraは明確な禁止命令(「替えてはならない」)に背く行為であるため、犯した者は39回の鞭打ち刑を科される。
通常のユダヤ法では、禁止命令に肯定的な命令(例:「盗んではならない」に対する「盗品を返さなくてはならない」)が伴う場合、肯定的命令を行うことで身体刑が免除されることがあるが、temuraに関しては禁止命令が2回記されているため、たとえ肯定的命令(両方を聖別すること)を実行しても身体刑は免れない。
【3】所有権と「temura」の可否を巡る法理論争
①所有者の原則
temuraは、自分が所有している家畜に対してのみ行うことが出来る。
②賠償の献げ物(asham:アシャム)と贖罪の献げ物(chatat:ハッタート)
これらの肉は祭司が食べる権利を持つが、祭司に権利が生じるのは家畜が屠られた後である。temuraは家畜が生きている間に行う必要があるため、祭司はこれらの献げ物についてtemuraをすることは出来ない。
③初子(bechor:ベホール)を巡る論争:
ラビ・ヨハナン・ベン・ヌリは、初子は生きたまま祭司に与えられるため、祭司は初子についてtemuraをすることが出来るのではないかと主張した。
ラビ・アキバは、temuraは「元のいけにえが聖別された場所(所有者の家)」で行われるものであると解釈した。
初子は生まれた瞬間に聖別されるが、その時点では「所有者の家」にありつつも「祭司(または神)のもの」となっているため、結局のところ所有者も祭司も初子に関してはtemuraを行うことはできないと結論付けた。
以上の内容に不安を感じる方は、以下リンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Temura(テムラー)』の法理 第1回:レビ記27章における「いけにえの交換禁止」、身体刑規定、及び初子(bechor:ベホール)の聖別場所と帰属の定義
https://note.com/mishnah/n/n805a91f3b1a7
ミシュナ『Temura』1章2節における異種・異性・異質間の代替有効性
今回はその続きである。口伝律法ミシュナ「Temura」1章2節から引用する。
私たちは牛の群れからtzonに、tzonから牛の群れにtemuraすることが出来る。羊から山羊、山羊から羊、雄から雌、雌から雄、傷のないものから傷のあるもの、傷のあるものからないものへ。というのも、次のように書かれている、「それを他のものと替えたり、良いものを悪いものに、あるいは悪いものを良いものに替えてはならない。」(レビ27:10)「悪いものを良いものに」とは何であろうか?傷を負う前に聖別された、傷のあるものである。
まず用語について復習する。tzon(ツォン)とは羊、または山羊を指す。
「牛の群れからtzonに、tzonから牛の群れにtemuraすることが出来る」とは、牛のいけにえの代わりに羊を献げるような、違う種類の動物への変更は認められないが、もし誰かが「この聖別された牛の代わりに、この普通の羊(tzon)を献げます」と宣言した場合、「種類が違うから無効」とはならず、temuraが成立することを言っている。
同様のことは「羊から山羊、山羊から羊」とtzonの括りの中でも言える。また、性別(雄と雌)や質(無傷と傷あり)の場合でも同じである。同じ種類、同じ性別の間のみならず、異なるものの間でもtemuraはしてはならない。
聖別後の「傷」がもたらす法的効果と「悪いものを良いものに」の厳密な定義
次に「『悪いものを良いものに』とは何であろうか?傷を負う前に聖別された、傷のあるものである」について説明する。
傷のある家畜はいけにえに用いることは出来ない。そこで元々傷を持っている家畜であるなら、聖別することが出来ない。従って、このような場合にtemuraを宣言しても無効である。
他方で聖別してから傷を負った場合、それは聖別されたままである。この場合にtemuraを宣言したなら有効である。
つまり「悪いものを良いものに替えてはならない」とは、「聖別された後に傷を負った献げ物を、傷を負っていない家畜に替えようとしてはならない」という意味になる。
続きは以下の通りである。
代替における数量の法理:1つの聖別物に対する複数家畜(chullin:フーリン)の関与
私たちは2つの聖別されたものの為に、1つのchullinをtemura出来る。1つの為に2つ、100の為に1つ、1つの為に100さえも。ラビ・シモンは言う、「1つの為に1つしか出来ない、次のように書かれている、『それも、替えたものも、聖なるものとなる』(レビ27:10)1つのいけにえに対して、1つのものが代わりになるのである。」
まず「chullin(フーリン)」とは、ここでは聖別されていない、普通の家畜を指す。
前半部分は次のような事を言っている。
①2頭のいけにえに対して、1頭の普通の家畜(chullin)をtemura出来る。
②1頭のいけにえに対して、2頭の普通の家畜をtemura出来る。
③100頭のいけにえに対して、1頭の普通の家畜をtemura出来る。
④1頭のいけにえに対して、100頭の普通の家畜さえもtemura出来る。
レビ記27章10節の言語学的解釈:ヨナ書4章11節(behemah rabah)との比較
この解釈の根拠はトーラから取られている。
もし、その家畜(単数形)を他の家畜(単数形)と替えるならば、それも、替えたものも、聖なるものとなる。
トーラ本文で「家畜」はどちらも単数形で書かれている。聖書において、このような場合一般的には字義通り単数を表すが、複数を表すこともある。
例としてヨナ書4章11節を引用する。
そこには、十二万人以上の右も左もわきまえぬ人間と、無数の家畜がいるのだから。
「無数の家畜」は原文で「behemah rabah」と表記されている。「家畜」の部分は単数形である。しかし複数形を意味している。
レビ記27章10節の「家畜」も複数形を意味すると解されている。そこで「如何なる数の献げ物のいけにえの為に、如何なる数の普通の家畜を交換しようとした場合も、temuraが成立する」と解釈している。
ラビ・シモンによる「1対1代替限定論」とその解釈の根拠
ラビ・シモンはこの見解に反対し、「1つの献げ物の為に1つのtemuraしか成立しない」という趣旨のことを言っているラビ・シモンはトーラの同じ箇所を根拠にしているが、少し後ろの方も含んで考えている。
もし、その家畜(単数形)を他の家畜(単数形)と替えるならば、それ(単数形)も、替えたもの(単数形)も、聖なるものとなる。
全て単数形で書かれている。特に「それ」という代名詞が単数形で書かれていることに着目し、「替えたもの」も字義通り単数形で解釈するのが相当であるとする。
そこで、この部分は「もし、1つのいけにえを他の1つの家畜と替えるならば、1つのいけにえも、替えようとした1つの家畜も、聖なるものとなる」という意味になる。
つまりラビ・シモンは1対1のtemuraしか認めない。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Temura』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n6974756a85bf
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
