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和解の献げ物(shelamim:シェラミーム)の法学的解析:ミシュナ『Zevachim(ゼヴァヒーム)』に基づく聖別規定と空間的・時間的境界線の詳解

*旧約聖書の最高権威であるトーラ、および口伝律法ミシュナを参照し、各種の献げ物を解説するシリーズ3回目。今回はレビ記に記された「和解の献げ物(shelamim)」の本質を厳密に解析する。

 贖罪を目的としない「十全な交わり」の性質、聖殿空間における「kodashim kalim(軽い聖性のもの)」の動線規定、および感謝の献げ物(todah)・満願の献げ物・随意の献げ物間に存在する法的拘束力の差異を、伝統的註釈に基づき詳説。日本語圏における情緒的解釈を排し、2,000年前の「律法の現場」における実務的・空間的真実を再構築する。


和解の献げ物(shelamim)の語源的・神学的定義


 今回は和解の献げ物について扱う。和解の献げ物は原語では「shelamim(シェラミーム)」と言う。あいさつであり、神の平和や完全さを表す「シャローム」と同じ語根である。

 和解の献げ物を献げる者は、贖罪の動機を持っていない。一種の十全な状態で献げるもの、または十全さを求めるものであり、神と人々との交わりを表すところに特徴がある。

 その性格がよく表れているのは、和解の献げ物は祭壇で献げる分(神に献げられる分)、祭司が食べる分、所有者とその招いた人々が食べる分があるという事である。

 今回はこのshelamimについて解説する。まずはトーラから引用する。

レビ記3章における犠牲の規定:性別制限の欠如と血の奉仕

 1献げ物を和解の献げ物とするときは、牛であれば、雄であれ雌であれ、無傷の牛を主にささげる。 2奉納者が献げ物とする牛の頭に手を置き、臨在の幕屋の入り口で屠ると、アロンの子らである祭司たちは血を祭壇の四つの側面に注ぎかける。

(レビ3:1~2)

 1節では「雄であれ雌であれ」と書かれている。雄のみである焼き尽くす献げ物(olah;オラー)と異なり、shelamimでは性別の制限は無い。

 按手することはolahと同じであるが、和解の献げ物は贖罪の為ではないので、按手の間罪の告白はしない。

聖性区分「kodashim kalim」と神殿内における空間的規定


 shelamimに特徴的なのは、kodashim kalim(コダシーム・カリーム)であることである。復習の為に定式だけ掲載する。

①kodshei kodashim(コドゥシェイ・コダシーム)

 直訳で「聖なるものの中でも、最も聖なるもの」。

 焼き尽くす献げ物(olah)、贖罪の献げ物(chatat:ハッタート)はこれに分類される。

②kodashim kalim(コダシーム・カリーム)

 kalimは軽い、シンプルという意味。「軽い聖性のもの」という意味。

 kodshei kodashimとkodashim kalimでは、原則的に扱い方が異なる。前者は祭壇の北側で屠らなくてはならないが、後者は神殿の敷地内であればよい。

 この「神殿の敷地内」は紛らわしいが、女性の庭は含まれないようである。イスラエルの庭か祭司の庭、つまりはニカノールの門よりも西側の領域になる。一応図面で示しておく。

祭司の庭とイスラエルの庭

 赤いしるしで囲ったエリアである。

 前者は神殿の敷地内で食べなくてはならないが、後者はエルサレムの城壁内であればよい。

 この内容は口伝律法ミシュナ「Zevachim」5章に書かれている。

 和解の献げ物はkodashim kalimである。―敷地内のどこで屠ってもよく、血は2回撒かれるが、それは4回に等しい。エルサレムの城壁内のどこで食べてもよい。

(Zevachim 5:7)

 「血は2回撒かれるが、それは4回に等しい」はolahと同じである。赤いラインより下に振りかけることも変わらない。

 この辺りの知識に不安を感じる方の為に、リンクを貼り付けて置く。

◉レビ記1章における「焼き尽くす献げ物(olah:オラー)」の構造的解析:ミシュナに基づく「血」の奉仕と空間的規定の詳解

https://note.com/mishnah/n/n79fe84cd87ca

 トーラのその後の箇所(レビ3:3~5)は脂肪部分を取り除くことを言っている。それは祭壇上で燃やされる。

 6節からは羊と山羊を和解の献げ物とする場合について規定している。これは牛の場合と同じである。雄でも雌でもよいこと、按手すること、2箇所に立って祭壇の4つの側面に血を振りかけること等である。

 「Zevachim」5章7節には「2日間と1つの夜の間」(Zevachim 5:7)とも書かれている。これは屠った日の日中とその後の夜、その次の日中まで食べてよいことを言っている。

 和解の献げ物については、レビ記7章にも少し書かれている。順番に確認する。

感謝の献げ物(todah:トダー):4つの類型と特殊なパン(revuchah:レヴーハー)の製法

 11主にささげる和解の献げ物についての指示は次のとおりである。
 12それを感謝の献げ物としてささげる場合、献げ物にする動物のほかに、オリーブ油を混ぜて焼いた小麦粉の輪形のパン、オリーブ油を塗った薄焼きパン、上等の小麦粉にオリーブ油を混ぜて練って輪形にした物をささげる。 13奉納者はこの和解と感謝の献げ物のほかに、更に酵母を入れて作った輪形のパンをささげる。 14彼はそれぞれの献げ物から一個ずつを奉納物として主にささげる。これは、献げ物の血を祭壇に注ぎかける祭司のものとなる。 15和解と感謝の献げ物の肉はささげられた日に食べねばならない。一部でも、翌朝まで残してはならない。

(レビ7:12~15)

 冒頭の「感謝の献げ物」とは、重大な命の危機に直面した後に献げられる。ダビデの詩編107から、ラビたちは4種類の人々を感謝の献げ物を献げる人として挙げている。

・砂漠を旅した人

・危険な投獄

・重病

・海の旅行

 感謝の献げ物は和解の献げ物の一種である。それはtodah(トダー)とも呼ばれる。しかし2つの点で両者は異なっている。

①感謝の献げ物は1日、その後の1晩だけ食べてよい。和解の献げ物は2日とその間の1晩食べてよい。

②感謝の献げ物は40個のパンを伴う。

 これについてトーラ本文を元に確認する。

 まず引用箇所には、todahにはどのようなパンを伴うのかを明記している。それは

【1】オリーブ油を混ぜて焼いた小麦粉の輪形のパン(challot[レビ2:4])

【2】オリーブ油を塗った薄焼きパン(rekikin[レビ2:4])

【3】レビ記6章14節のパン(revuchah:レヴーハー)

 これはレビ記2章の穀物の献げ物のリストには出てこない。本稿でもまだ取り扱っていない、レビ記6章の大祭司が日ごとに献げる穀物の献げ物chavitinと同じ製法である。トーラを引用する。

 鉄板の上でオリーブ油を使って作る。すなわち、よく練り、何個かにちぎって焼き、献げ物としてささげ、主を宥める香りとする。

(レビ6:14)

 翻訳には表れていないが、revuchahの製法は以下の通りである。

①沸騰した水で湯通する。

②オーブンで焼く。

③更に油で揚げる。

 これがrevuchahと呼ばれるパンである。それを感謝の献げ物の一部として献げる。

【4】酵母を入れて焼いた輪形のパン(酵母の入ったchallot)

 以上の4種類である。

 使用する小麦粉の分量について、【1】~【3】の合計と、【4】の量は同じである。

 「彼はそれぞれの献げ物から一個ずつを奉納物として主にささげる」(14節)は上記challot、rekikin、revuchah、酵母の入ったchallotの4種類のパンから、それぞれからそれぞれ1つずつは祭司に与えるという事である。

 残りの36個は本人とその客人のものになる。

 家畜に関しては和解の献げ物と同様である。つまり祭壇で燃やす部分、祭司のものとなる部分、本人のものとなる部分になる。

 15節の「和解と感謝の献げ物の肉はささげられた日に食べねばならない。一部でも、翌朝まで残してはならない」は上に少し触れたが、通常の和解の献げ物は2つの日中とその間の夜の期間食べてよい。しかし感謝の献げ物としての和解の献げ物は屠った日の日中とその後の夜に食べなくてはならない。

 以上でtodah(感謝の献げ物)についての解説を終える。

満願と随意の献げ物:法的拘束力と代用義務の有無における差異


 最後に満願の献げ物、随意の献げ物について述べる。トーラに次のように書かれている。

 16和解の献げ物を満願の献げ物ないしは随意の献げ物としてささげる場合は、ささげた日にそれを食べ、翌日にもその残りを食べることができる。 17しかしこの残りの肉は三日目には焼き捨てねばならない。 18もし三日たった残りの肉を食べるならば、これをささげた者は神に受け入れられない。

(レビ7:16~18)

 まず満願の献げ物と随意の献げ物とは、次のようなものである。

①満願の献げ物

 和解の献げ物を献げると誓った時の状況である。これは誓った本人を拘束する義務となる。そこで献げる動物が死んだ時やいなくなった場合でも、別のものを献げる義務が残る。

②随意の献げ物

 特定の動物を献げることを宣言し、聖別するものである。従ってその家畜が死んだり盗まれたりした場合、代わりのものを献げる義務はない。

 トーラ本文には食べてよい期間について複雑に書いているように見えるが、簡単に言うと、屠った当日と翌日の日中は食べることが出来るが、その後の夜には食べられない。これは普通の和解の献げ物と同じ期限になる。

 以上で和解の献げ物についての解説を終える。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉【完全体系】旧約聖書「五種の献げ物」の法理学的再構築:トーラ及びミシュナの視座による祭儀構造の詳解

https://note.com/mishnah/n/n88a4520aa574

 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334


 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c


(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

 ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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