安息日に禁じられた39のmelachah(メラハー):ミシュナ「Shabbat(シャバット)」により解明される、幕屋建設に関わる創造的活動
*「安息日に仕事をしてはならない」という掟を知っていても、その「仕事(melachah;メラハー)」が何を指すのかを答えられる人は稀である。
出エジプト記の幕屋建設の記述から導き出された、ミシュナが定める「39のmelachah(メラハー)」とは何か。聖書を字面だけで追う段階を卒業し、口伝律法の門をくぐって、神が禁じた「創造的活動」の本質に迫ります。
はじめに:なぜ1万回読んでも旧約聖書は「沈黙」したままなのか
「あなたは本当に旧約聖書を読んでいますか?」
多分このページを読みに来たあなたは、旧約聖書を読んだことがあり、ある程度の問題意識を感じていると思います。
あなたは考えたことがあるのではないでしょうか?
「自分は最初から最後まで聖書を読もうとした。しかしいつも出エジプト記の後半や、レビ記で挫折する」。
「旧約聖書は難しい。様々な系図や地名の羅列など、一体何の意味があるのか?」
旧約聖書は何度読んでも分からないものなのでしょうか?その答えは半分はその通りですし、半分はその通りではありません。
この矛盾について説明します。
例えばあなたが、日本一読解力の優れた人であるとしましょう。しかしそのあなたが1万回旧約聖書を読んでも、その核心に触れることは出来ません。
ヘブライ語を学び、語源を学んでも、あなたは旧約聖書を理解出来ません。
では、旧約聖書は理解する方法が無いのでしょうか?いえ、勿論あります。
旧約聖書は日々の生活をする上で、最重要の規範なのです。私たちの法律や憲法のようなものです。意味が分からないどころか、正確な意味を表しており、それを学ぶことが彼らの生活では大切なことなのです。
そして、その正確な規範こそがミシュナであります。具体的に説明します。
安息日を心に留め、これを聖別せよ。六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。
ここで言う「仕事」とは何のことですか?これを具体的に説明出来ますか?
「分からない」ですか?それではいけません。なぜなら、この「仕事」の範囲は正確に定められているからです。そこには「霊的な解釈」など入る余地はありません。
そして、それを解き明かす鍵がミシュナなのです。
キリスト教の教会では、旧約聖書は正典として伝わっています。しかし口伝律法については全く教えられません。
ミシュナは旧約の民にとっては、最重要のものの1つです。旧約聖書を理解するには、これなしに済ませることは出来ません。
この記事は、これから積み上げるであろう「本当の旧約聖書」を解き明かす最初の記事です。
記念すべき「1番目の記事」のテーマとして、私はしてはならない「仕事」とは何なのか説明します。
その前に本noteで公開する内容は、私自身が命を削り、神からいただいた使命を果たした血文字の記録でもあります。
今後、一部の記事は無料公開しますが、一部の記事は有料とします。有料部分については返金不可と致します。
情報を消費するだけのお遊びの方や、あいまいでうやむやな解釈に安住したい方は、どうぞこの門をくぐらずにお帰りください。
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出エジプト記35章の重複:トーラ学者が読み解く「幕屋建設」との連関
出エジプト記では20章の他、35章でも安息日の仕事の禁止について触れている。
これは主が行うよう命じられた言葉である。六日の間は仕事をすることができるが、第七日はあなたたちにとって聖なる日であり、主の最も厳かな安息日である。その日に仕事をする者はすべて死刑に処せられる。安息日には、あなたたちの住まいのどこででも火をたいてはならない。
出エジプト記では既に20章で安息日の仕事の禁止について触れている。なぜ35章で再び同じ掟を書いているのだろうか?
旧約聖書の最高権威はモーセ五書(トーラ)である。トーラ学者たちは、意味なくトーラが同じことを繰り返して言うとは考えない。そこで同じ掟が再び言われた時、その理由を探さなくてはならない。
このすぐ後の箇所を見てみると、次のように書いてある。
モーセはイスラエルの人々の共同体全体に告げた。「これは主が命じられた言葉である。あなたたちの持ち物のうちから、主のもとに献納物を持って来なさい。すべて進んで心からささげようとする者は、それを主への献納物として携えなさい。すなわち、金、銀、青銅、・・・(中略)・・・
また、あなたたちのうちの、心に知恵のある者をすべて集めて、主が命じられた物をことごとく作らせなさい。 すなわち、幕屋、天幕、覆い、留め金、壁板、横木、柱、台座、・・・(後略)
これは幕屋を建設する為に、1人1人の民に持っているものを差し出すように命じているものである。つまりここから、幕屋建設の場面に入ることになる。
この「幕屋」はしばしばトーラの中で「臨在の幕屋」と呼ばれる。臨在の幕屋はご存知の通り、王国時代の神殿に相当する。しかしエジプトを出て、カナンの地に向かうイスラエルの民は、移動しなくてはならなかった。神は彼らに対して仮設の神殿を作り、彼らは必要に応じて移動していたことになる。
上記の通り、出エジプト記35章1~3節では既に命じられた安息日の遵守について語っている。ここではその仕事の禁止命令のすぐ後に、幕屋の建設の記事が続いていることになる。そこでラビたちはトーラで禁止される「仕事(メラハー)」とは、幕屋建設に関連したものであると解釈している。
それは口伝律法ミシュナ「Shabbat(シャバット)」7章に書かれている。
安息日の「仕事」の定義
主要な仕事は40マイナス1である。1、蒔くこと、2、耕すこと、3、刈り取ること、4、集めること、5、脱穀すること、6、簸る(ひる)こと、7、濾し器でこすこと、8、挽くこと、9、ふるい分けること、10、捏ねること、11、焼くこと、12 、毛を刈ること、13、白くすること、14、梳くこと、15、染めること、16、紡ぐこと、17、経糸を張ること、18、2つの綜絖に糸を通すこと、19、2回織ること、20、2本の糸を抜くこと、21、結び目を作ること、22、結び目を解くこと、23、2針縫うこと、24、縫う為に破くこと、25、罠にかけること、26、屠ること、27、皮を剥ぐこと、28、塩をふること、29、皮をなめすこと、30、皮から毛を取ること、31、切ること、32、2文字以上書くこと、33、2文字以上書くために消すこと、34、建てること、35、壊すこと、36、消すこと、37、点灯すること、38、完成すること、39、空間から空間へ運ぶこと。これらが主要な仕事で、40マイナス1である。
全部で基本的な仕事は39あることになる。仕事はmelachah(メラハー)と呼ばれ、大きく4つに分類されている。
①パンの製造工程
②衣類の製造工程
③革の製造・書記工程
④建設・完成工程
これを1つずつ上記のmelachahを当てはめて解説しよう。
①パンの製造工程
下記の通り1番から11番までのmelachahである。
蒔くこと
耕すこと
刈り取ること
集めること
脱穀すること
簸る(ひる)こと
選別すること
挽くこと
ふるい分けること
捏ねること
焼くこと
これが臨在の幕屋(神殿)とどのように関わりがあるのかは、トーラの中に示されている。
アカシヤ材で机を作りなさい。・・・(中略)・・・この机に供えのパンを、絶えずわたしの前に供えなさい。
また、臨在の幕屋においては、穀物の献げ物が献げられる。
穀物の献げ物を主にささげるときは、上等の小麦粉を献げ物としなさい。
従ってパンを作る過程は、臨在の幕屋における奉仕において欠かせないものである。
②衣類の製造工程
下記の通り12番から24番までのmelachahである。
毛を刈ること
白くすること
梳くこと
染めること
紡ぐこと
経糸を張ること
2つの綜絖に糸を通すこと
2回織ること
2本の糸を抜くこと
結び目を作ること
結び目を解くこと
2針縫うこと
縫うために破くこと
臨在の幕屋では幕を制作し、定められた仕方で用いなくてはならない。次のように書かれている。
幕屋を覆う十枚の幕を織りなさい。亜麻のより糸、青、紫、緋色の糸を使って意匠家の描いたケルビムの模様を織り上げなさい。・・・(中略)・・・次に、山羊の毛を使って十一枚の幕を作り、幕屋を覆う天幕としなさい。・・・(中略)・・・最後に、赤く染めた雄羊の毛皮で天幕の覆いを作り、更にその上をじゅごんの皮の覆いでおおう。
この箇所で十分であろう。
③革の製造・書記工程
下記の通り25番から33番までのmelachahである。
罠にかけること
屠ること
皮を剥ぐこと
塩をふること
皮をなめすこと
皮から毛を取ること
切ること
2文字以上書くこと
2文字以上書くために消すこと
これは先程引用した箇所、出エジプト記26章の一部「赤く染めた雄羊の毛皮で天幕の覆いを作り、更にその上をじゅごんの皮の覆いでおおう」(出26:14)からも、幕の制作に皮を用いたことが理解出来る。
また、皮を剥ぐことは祭壇でいけにえを献げるのに不可欠な過程である。焼き尽くす献げ物については、次のように書かれている。
奉納者が献げ物とする牛の皮をはぎ、その体を各部に分割すると
祭司がある人の焼き尽くす献げ物をささげる場合、その皮は祭司のものである。
全てが全てではないが、他の種類の献げ物も大体皮を剥ぐ。それがトーラの中で明確に言及されていないのは、焼き尽くす献げ物についての命令が基本として扱われているからである。
④建設・完成工程
下記の通り34番から39番までのmelachahである。
建てること
壊すこと
消すこと
点灯すること
完成すること(最後の一打)
空間から空間へ運ぶこと
上記の通りイスラエルの民は荒野を移動しなくてはならなかった。その為の作業がここに列挙される。トーラでは民数記4章に臨在の幕屋の解体、運搬の流れと、レビ族内部での分担について書かれている。
レビ族における分担は以下の通りである。
①ケハテの氏族
最も聖なる祭器具である契約の箱、机、燭台、祭壇等、至聖所及び聖所にあるものを担当する。これらは担いで運ぶように命令された。モーセとアロンもレビ族のケハテの家系に連なる。
②ゲルションの氏族
幕屋の幕、天幕、覆い、入り口の幕等、主に「布や皮」の部分を運ぶ。
③メラリの氏族
幕屋の板、横木、柱、受け台等、主に「構造材(重い部材)」を運ぶ。
以上で全てのmelachahについて簡単に見た。「安息日に仕事をしてはならない」とは聖書を読む者ならば誰でも知っている。しかしその中身について知っている者はほとんどいない。
avot(アヴォット;父)とtoladot(トラドット;子):時代を超えて適用される律法の精神
一応全てのmelachahを見たが、実は「してはならない」仕事はこれで全てではない。
例えばmelachahの1番目にある「蒔くこと」であるが、「植物に水をやること」も禁止される。「蒔くこと」で禁止されている内容を担保する為に、類似の行為が禁止されるのである。
この趣旨で、「蒔くこと」はavot(アヴォット;父親)と呼ばれ、「植物に水をやること」はtoladot(トラドット;子供たち)と呼ばれる。
同様に2番の「耕すこと」はavot(アヴォット;父親)であり、「穴を掘ること」はtoladot(トラドット;子供たち)になる。
7番の「選別すること」のtoladot(トラドット)は「枝豆のサヤから豆を出すこと」や「魚の骨を取り除くこと」になる。
37番は「点灯すること」を禁止しているが、現代ではこれは「エンジンをかけること」がtoladot(トラドット;子供たち)として禁止される。
いずれにしてもmelachahとは、単なる肉体労働を意味するものではない。その根底にあるのは、創造的な力の発揮であり、人間が単純な作業だけではなく、「作り出す」力を持っていることを表している。
安息日にmelachahを控えるという事は、人間の創造的な能力にもかかわらず、神こそが究極の創造主であり支配者であるという認識を示すものである。
結論:旧約聖書を「正しく」読むために
以上で簡単に「安息日に仕事をしてはならない」内容について触れた。これから幾つの記事を積み上げることが出来るのかは分からない。
しかしこれから刻む一言一句は、今後人が「正しく」聖書を読むことが出来るように、神に捧げられるものである。
2026年2月7日
石渡洋行
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef
