『Chagigah(ハギガー)』とトーラに見る三大祭りの献げ物 ― olat re’iyah 、shalmei・chagigah 、 shalmei・simchat の法規範と義務
*旧約聖書(トーラ)の三大祭りにおける「空手で主の前に出てはならない」という命令の法的実態を、ミシュナ「Chagigah(ハギガー)」1章に基づき詳説。olat re’iyah(巡礼の焼き尽くす献げ物)とshalmei・chagigah(祭りの和解の献げ物)の定義、Beit ShammaiとBeit Hillelによる価額論争、七週祭(shavuot)の期限規定、さらに共同体での分かち合いを旨とするshalmei・simchatまで、一次資料から解説し、2,000年前の律法の現場を鮮やかに再現します。
前回まで三大祭りについて述べた。今回はこれらの祭りにおける務めについて少し触れる。まずは旧約聖書の最高権威であるトーラから引用する。
はじめに:三大祭りにおける巡礼の義務とトーラの最高権威
あなたは年に三度、わたしのために祭りを行わねばならない。・・・何も持たずにわたしの前に出てはならない。・・・年に三度、男子はすべて、主なる神の御前に出ねばならない。
この「三度」は三大祭りのことを指している。これに関して、口伝律法ミシュナ「Chagigah(ハギガー)」には次のように書かれている。
全ての者はre’iyahを献げる義務を負う。以下の者は除外される。耳の聞こえない者、事理の弁識を欠いている者、性別不明の者、両性具有者、女性、解放されていない奴隷、足の不自由な者、目の見えない者、虚弱体質の者、自分の足で山に登ることの出来ない者。
olat re’iyah(オラト・レイヤー):神殿に上る際の「焼き尽くす献げ物」
まず1段落目についてだが、「re’iyah」は巡礼の時に献げなくてはならない焼き尽くす献げ物の事である。これはトーラの次の箇所に拠っている。
何も持たずにわたしの前に出てはならない。
巡礼の時にエルサレムに来たならば、空手であってはならないという事である。その具体的なものがre’iyahである。この焼き尽くす献げ物は「olat re’iyah(オラト・レイヤー)」と呼ばれている。文字通りには「(神殿に)上った時の焼き尽くす献げ物」くらいの意味になる
ミシュナ『Chagigah(ハギガー)』1章1節:義務履行の主体と免除の法規範
「Chagigah」1章1節冒頭の「全ての者はre’iyahを献げる義務を負う」とは、エルサレムに巡礼に来て、神殿でolat re’iyahを献げる務めを負うのは、全ての者であると言っている。
しかしその後すぐにこの義務を負わない人たちが列挙されている。それは体に障害を負っている方たちであり、女性であり、子供である。これらを総合すると、re’iyahを献げるのは、健康な成人男子という事になる。
shalmei・chagigah(シャルメイ・ハギガー):神・祭司・人の分かち合い
次にshalmei・chagigah(シャルメイ・ハギガー)についてである。これは文字通りには「祭りの和解の献げ物」である。トーラを引用する。
その後、モーセとアロンはファラオのもとに出かけて行き、言った。「イスラエルの神、主がこう言われました。『わたしの民を去らせて、荒れ野でわたしのために祭りを行わせなさい』と。
ここでモーセとアロンはファラオの前で、神から次の命令があったことを伝える。それは「神の為に祭りを行う」事である。
そこで祭りを行うには、その為の献げ物が必要であると解釈される。これがshalmei・chagigah(シャルメイ・ハギガー)である。和解の献げ物には、共通して次の特性がある。
①祭壇でいけにえとして燃やす部位がある。
②祭司の食べる部位がある。
③所有者とその家族、客人が食べる部位がある。
つまり神、祭司、人の間で分かち合いが行われる。
すぐ後の節に進む。
Beit Shammai と Beit Hillel による最低価額(マア/マオット)の裁定
Beit Shammaiは言う。「re’iyahは少なくとも銀貨2マオット、chagigahは銀貨1マアの価値がなくてはならない。」
Beit Hillelは言う。「re’iyahは少なくとも銀貨1マア、chagigahは銀貨2マオットの価値がなくてはならない。」
ここでは、re’iyahとshalmei・chagigahについて、それぞれ最低でも幾らの価額のものなくてはならないか見解が記されている。
2つの学派はそれぞれ正反対の価額を主張している。
①Beit Shammaiの説
re'iyah:銀貨2マオット
shalmei・chagigah:銀貨1マア
価額の比較は、下のようになる。
re'iyah > shalmei・chagigah
②Beit Hillel
re'iyah:銀貨1マア
shalmei・chagigah:銀貨1マオット
価額の比較は、下のようになる。
re'iyah < shalmei・chagigah
この内、Beit Hillelの見解がhalachahとされる。
献げ物の履行期限:yom tovから七週祭(Shavuot)の特例まで
これらのいけにえ、olat re’iyahとshalmei・chagigahは祭りの初日に献げなくてはならない。「Chagigah」1章6節には次のように書かれている。
yom tovの初日にchagigahを携えなかった者は、祭りの期間中、または最終日のyom tovに献げることが出来る。
もし祭りが終わってしまい、まだchagigahを献げていないなら、最早義務を果たすことは出来ない。次のように書かれている。「ゆがみは直らず、欠けていれば、数えられない。」(コヘ1:15)
冒頭に「yom tov」とあるので、これらの義務の献げ物は、基本的に初日に献げるべきとされる。ここでは「chagigah」としか書かれていないが、olat re’iyahとshalmei・chagigahの2つの献げ物を指していると解される。
しかし初日に出来なかった場合でも、祭りの期間中であれば受け入れられる。それも終わってしまったなら、最早義務は果たせない。
この点、七週祭(Shavuot:シャヴオット)は1日しかないので問題となる。この点については他の祭りと同様、その後の6日間も認められている。
ここまででolat re’iyahとshalmei・chagigahという義務となる2つの献げ物について解説を終えた。
shalmei・simchat(シャルメイ・シムハ):共同体の喜びと追加的献げ物
次にshalmei・simchat(シャルメイ・シムハ)について説明する。これもまずトーラの引用から始める。
こうしてあなたは、あなたの神、主の御前で、すなわちあなたの神、主がその名を置くために選ばれる場所で、息子、娘、男女の奴隷、町にいるレビ人、また、あなたのもとにいる寄留者、孤児、寡婦などと共に喜び祝いなさい。
息子、娘、男女の奴隷、あなたの町にいるレビ人、寄留者、孤児、寡婦などと共にこの祭りを喜び祝いなさい。
和解の献げ物を屠ってそれにあずかり、あなたの神、主の御前で喜び祝いなさい。
最初の2つの献げ物、olat re’iyahとshalmei・chagigahは義務であった。shalmei・simchat(シャルメイ・シムハ)は文字通りには「喜びの和解の献げ物」である。共同体の全ての人との喜びの機会、分かち合いの機会の性格が際立っており、状況により追加する献げ物である。
以上で巡礼の時に献げる献げ物について解説を終えた。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉三大祭りの法理学全説:トーラとミシュナから復元する過越祭・除酵祭(Pesach:ペサハ)、七週祭(Shavuot:シャヴオット)、仮庵祭(Succot:スコット)(全18記事・完結)
https://note.com/mishnah/n/n8fa728c36e30
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
