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雨の参拝と、完璧なタイミング | おまもり図鑑

先月の貴船神社、そしてつい先日の鈴虫寺。
振り返ってみれば、どちらの参拝も雨でした。
普段の私は晴れの日に参拝することが多く、ピンポイントで雨に降られるのは珍しいことです。しかも鈴虫寺に関しては、当初の予定をリスケして選んだ日が、ちょうどその雨の一日でした。
けれど、すべての出来事には意味があるのだと、今なら素直に思えます。

願っていたことに気づく時間

鈴虫寺への参拝は、もともと友人の「お礼参りに付き添う」という目的から始まったものでした。私自身も昨年訪れてはいたものの、正直なところ「あの時、何を願ったんだっけ?」と記憶が曖昧になっていたほどです。
ところが、予定が延びた一ヶ月の間。ふと立ち止まってみると、前回の参拝以降に起きた出来事の数々が、実は「お願い事が叶っていた」証だったのではないかと気づいたのです。
あやふやな状態ではなく、しっかりと「成就」を受け取った状態で、改めて新しい願いを伝える。あのリスケという空白の時間は、私にその準備をさせるために用意された、完璧なタイミングだったのかもしれません。

禊雨という、神様からのギフト

そして、当日の雨。
一般的に、晴れの日の参拝はエネルギーをチャージし、運気を上げたい時にふさわしいと言われています。対して、雨の日の参拝は「禊雨(みそぎあめ)」と呼ばれ、浄化を促す神様からの特別なギフトの日。
私の中に溜まっていた不要なノイズを取り除き、心をまっさらな状態に戻してくれる。そんな「浄化」のプロセスが、今の私には必要だったのでしょう。
降りしきる雨の音を聞きながら、静かに自分と向き合う時間は、何よりの贅沢でした。

流れに素直にしたがう

世の中のすべてのタイミングには、きっと意味があります。
思い通りにいかないことや、予定が変わってしまうことも、大きな流れの一部。その流れに抗わず、素直にしたがってみるのがベストなのだと実感しています。
形のある「お守り」だけでなく、こうした「目に見えない流れ」を信じる心もまた、私を支えてくれる大切なおまもりです。
即今只今。
雨の音に耳を澄ませ、この完璧なタイミングを慈しみながら、目の前のことに向き合う日常です。

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