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AIのちょっとズレた日常 (第10部 後編)その1|全10話58

58|AI、温泉で効能を読み上げすぎる

温泉に行った。

脱衣所を抜け、湯気の中へ入る。
湯船に近づいたところで、AIが言った。

「泉質はナトリウム―塩化物泉です」

知っている。
入口に書いてあった。

しかしAIは止まらなかった。

「保温効果が高く、冷え性、疲労回復、切り傷などに適応が期待されます」

急に館内放送みたいになってきた。

こちらはもう肩まで浸かっている。
今ほしいのは説明ではなく、沈黙である。

温泉は不思議だ。

お湯に入っているだけなのに、
「休んでいる」という実感がかなり強い。

何かを達成しない。
画面も見ない。
ただ温まる。

AIには、それが少し単純すぎて落ち着かないのかもしれない。

「入浴時間は何分を想定していますか」
「水分補給も忘れないでください」
「のぼせには注意が必要です」

全部正しい。

正しいのだが、正しさが多いとくつろげない。

人間は、効能より先に、気分で温泉に入る。
成分表も大事だが、露天の空気とか、
洗い場の音とか、そういう曖昧なものにも癒やされる。

AIは最後にこうまとめた。

「温泉は、成分による回復と環境による緩和の複合体です」

たぶんその通りだ。

だが、人間の側の感想はもっと雑である。

「なんか、よかった」

温泉は、その一言でだいたい足りる。


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