物価高で買い控え、行かなくなった所は?みんなが家計防衛のためにやめたもの
「なんとなく、お財布が重くなった気がしない」——そんなふうに感じている人はもういないだろう。スーパーのレジで合計金額を見るたびに、少し前と何かが違うとはっきり感じる。卵も、食用油も、パンも、調味料も。かごに入れるものは変わっていないのに、支払う金額は確実に増えている。
日本の物価上昇はここ数年、静かに、しかし確実に家計を締め上げてきた。消費者物価指数は2024年を通じて前年比3%前後の上昇を記録し、三菱UFJ銀行のレポートによれば2025年3月の2人以上世帯の消費支出は月平均で約33万9,000円に達し、2年前の同月比で2万円以上も膨らんでいる。食費と光熱費だけで月に約12万円を超えるという調査もある。数字だけ見ると実感がわかないかもしれないが、これは一家がかつて「旅行のための積み立て」や「たまの外食代」に充てていた金額がそっくり消えてなくなった規模感に等しい。
そして大企業では賃上げの動きが広がってはいるものの、中小企業や非正規雇用の現場では賃金の伸びが物価上昇に追いついていない状況が続いている。日本銀行の調査では、1年前と比べて「景況感が悪くなった」と答えた人が55%以上に達し、「良くなった」と答えたのはわずか6.9%にとどまった。現在の暮らし向きについても半数以上が「ゆとりがなくなってきた」と回答している。
「節約しよう」という言葉は今や、かつてのような自発的な選択ではなく、多くの家庭にとって半ば強制された生き残り戦略となっている。では実際に、人々はどこへ行かなくなり、何をやめたのか。
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まず真っ先に削られた「外食」という時間と喜び
物価高が直撃した最もわかりやすい場面の一つが、外食だ。ランチに気軽に入っていた定食屋も、週末の家族での焼肉も、友人との居酒屋も——少しずつ、しかし着実に遠のいていった。
リクルートの調査機関「ホットペッパーグルメ外食総研」が実施したアンケートによると、物価高によって節約志向が高まったと答えた人は約49%に上り、その節約対象として「外食の費用」を挙げた人は全体の35%に達した。また外食を節約する方法として最も多かったのが「回数を減らす」という選択で、外食節約意識のある人のうち7割以上がそう答えた。
かつては「ちょっと疲れたから今日はどこかで食べよう」と気軽に動いていた足が、いつしかそこで止まるようになった。外食そのものが贅沢の代名詞になりつつある時代に、私たちはいる。
デロイトトーマツグループが2025年度に全国5,000人を対象に実施した調査でも、食品などの生活必需品の消費金額が「増えた」と答えた人が4人に1人を超えた一方で、外食や旅行といった「外向き消費」は明確に減少したことが示されている。生きるために必要なものへの出費は増え、楽しむための出費は削られる——この二極化が、今の日本の消費者の現実である。
外食業界の現場に目を向けると、この変化は数字として浮かび上がってくる。買い控えによって来店回数を減らす客が増え、オーダーの内容を落とす人も目立つようになった。かつては気にせず追加していたドリンクや一品料理を、今はじっくり考えてから頼むか、いっそ頼まない。そういう小さな節制が、飲食店の経営を静かに圧迫している。
旅行が「夢」になる日——レジャーと遠出の消滅
外食の次に見直されたのが、旅行やレジャーだ。これもまた多くの家庭が「行かなくなった場所」の代表格となっている。
宿泊費の高騰は、物価高の波を一身に受けた形で顕在化した。コロナ禍明けのリベンジ消費でインバウンド需要が急増した観光地では、ホテルや旅館の料金が軒並み上昇。以前と同じ宿に、以前より数千円から1万円以上高い金額を払わなければならない。国内旅行でさえ、それなりの宿に2泊すれば家族4人で十数万円が飛ぶ時代だ。
さらに旅行にはガソリン代や高速代、現地での食事代、お土産代も当然かかってくる。そのどれもが3〜4年前よりも高くなっている。「行きたい気持ちはある。でも、計算したら無理だった」という現実が、多くの家庭で繰り返されている。
デロイトトーマツグループの調査でも外食と並んで旅行の減少が顕著に示されており、アンケートで集めたリアルな声の中には、「外食や旅行を減らすようにした」「不要な外出を避けて出費を減らしている」という記述が並んでいる。長年の「いつか行きたい」が、「やっぱり今年も無理だ」に変わっていく。その繰り返しの中で、旅行は多くの人にとって遠い存在になりつつある。
遊園地や映画館、コンサートといったレジャー施設も同様だ。入場料が上がり、場内の飲食も高い。子どもを連れて一日過ごせば、かつての感覚では考えられない金額になる。「たまの贅沢」と思って出かけても、帰りがけに後悔する——そんな経験が積み重なるうち、「行かない」という選択がデフォルトになっていく。
スーパーの中で変わる、食の選び方
旅行や外食と違い、食事は完全にやめるわけにはいかない。しかし物価高は、食の「中身」を静かに変えている。
まずブランド品や国産にこだわっていた人が、プライベートブランドや輸入品に切り替えた。有名メーカーの醤油から、スーパーのオリジナル商品へ。国産牛から豚肉・鶏肉へ。エンゲル係数——食費が消費支出に占める割合——は2025年の家計調査平均で28.6%と前年から上昇しており、食費の比重が高まる中でも出費を抑えようとする消費者の苦心が見える。
節約意識が高まった人が節約対象として最も多く挙げたのは「内食(自炊)の費用」で、次いで「光熱・水道費」、そして「外食費」と続く。自炊しながらも、食材の選び方を変えることで支出を削る。もやしやえのきといった安価な野菜をうまく使う、特売の日まとめ買いをする、冷凍保存を徹底する——こうした工夫が全国の台所で日常化している。
また、子どもがいる家庭ほど節約意識が高い傾向があることも調査で明らかになっている。「ひとり親と未婚の子のみ世帯」では71%が節約意識が高まったと回答し、「夫婦と未婚の子のみ世帯」でも64%に達した。子育て世帯はただでさえ出費が多く、物価高の影響を受けやすい構造の中にいる。
美容室・エステ・サロン——「自分磨き」の後退
少し前まで「自分へのご褒美」として積極的に使われていた美容への出費も、見直しの対象になっている。
美容室の客数は2024年から明らかに減少傾向を示しており、業界調査では利用客数の減少に悩む美容室経営者が半数を超えるという状況が報告されている。値上げによって客単価が多少上がっても、来客数そのものが減ってしまえば売り上げは下がる。消費者側の行動としては、来店回数を減らす——たとえば2カ月に1度だったカットを3カ月に1度にする——あるいはカラーやトリートメントなどの追加メニューを削るという形が多い。
エステや네일サロン、まつげエクステといった「ちょっとリッチな体験」はより大きな削減の対象になっている。もともと価格帯が高めのサービスであるだけに、節約局面ではまず槍玉に上がる。「行けない」というよりも、「行くのを我慢している」という感覚を持つ人が増えている。これは単なる消費の減少ではなく、自分を労わることに使うお金や時間を削らざるを得ないという、精神的なしんどさを伴う変化でもある。
サブスクリプションという「見えない固定費」との格闘
物価高が加速した近年、多くの家庭が見直しの標的にしたのが、サブスクリプションサービスだ。動画配信、音楽配信、電子書籍、クラウドストレージ、フィットネス動画……毎月自動で引き落とされるこれらのサービスは、一つひとつは数百円から1,000円程度でも、積み重なれば月に数千円になる。
「気づいたら使っていないサービスにずっと課金していた」という経験は多くの人が持つ。物価高を機に家計を見直したとき、最初に引っかかるのがこの「サブスク地雷」だ。動画配信は家族でシェアできる最安プランに切り替え、使っていない音楽サービスは解約し、スポーツジムの月会費は会員証がほこりをかぶっているのを見てやっと手放す——そういった整理が、この数年で急速に進んだ。
通信費の見直しも同様だ。大手キャリアから格安スマホへの乗り換えは以前から推奨されてきたが、物価高が追い打ちをかけてその流れを加速させた。月々数千円の差でも、年間では数万円。この数万円が今の家計では重みを持つ。
光熱費という、削りたくても削れないもの
旅行も外食もサブスクも削った。それでも追いかけてくるのが光熱費の上昇だ。電気代とガス代は、消費行動を変えても簡単に下げられるものではない。2025年3月の光熱・水道費は前年同月比で7.2%増という数字が出ており、厳冬による暖房使用増が一因とはいえ、エネルギー価格の高止まりが根本にある。
そこで多くの家庭が取り組み始めたのが、「光熱費の使い方」の見直しだ。冷房の設定温度を高めにする、使わない部屋の電気を徹底的に消す、洗濯は大まとめにして回数を減らす、エアコンとサーキュレーターを組み合わせる——こうした工夫は今や当たり前のものとして広く実践されている。極端な例では、夏場の日中は涼しい図書館で過ごし、家のエアコンを使わないようにする人もいる。
しかしどれだけ節約を工夫しても、光熱費には一定の「底」があり、それ以上下げることは難しい。特に小さな子どもや高齢者のいる家庭では、熱中症リスクや健康を考えると冷暖房を使わないわけにはいかない。食費と並んで、光熱費は「削れない支出」として重くのしかかっている。
「贅沢の定義」が変わった時代
買い控えが日常化した結果、人々の「贅沢の基準」そのものが書き換えられつつある。
かつては「ちょっといいランチ」だったものが今は特別な日だけのご馳走になり、国内旅行が夢になり、美容室でカラーをするのが「奮発」になった。一方で、デロイトトーマツの調査でもリクルートの調査でも、「たまの外食は外向き消費の中でも最も支持されている」という結果が出ている。完全にやめたわけではなく、頻度を下げながらも大事なときに使う——そういうメリハリのある消費スタイルへの移行が進んでいる。
この変化は単純に「節約しているだけ」ではない。消費者が何に価値を見いだし、何を手放すかを、真剣に考えるようになったということでもある。ポイント活用、ふるさと納税、プライベートブランドの活用……手を動かしながら節約に取り組む人が増えているのは、ただの「貧しくなった」ではなく「賢くなった」という側面も持っている。
それでも終わりが見えない、消費者の疲弊
しかし、その「賢さ」には限界がある。削れるものを削り続け、行くのをやめ、手放し続けた先に残るのは何か。
物価高が家計を直撃して以来、消費者の節約志向は年々強まっており、ひとたび価格上昇のニュースが流れると即座に買い控えが進むという行動パターンが定着している。これはデロイトの分析でも「消費者が物価上昇のタイミングに敏感に反応し、買い控えが起きやすい」と指摘されている通りだ。
賃金が上がる希望はある。しかし、賃上げが実質的に生活改善につながるには、物価の上昇ペースが鈍化し、実質賃金がプラスに転じる時期が継続しなければならない。2026年度については物価上昇率が2%近傍に落ち着くという見通しもあるが、それはあくまで「上昇幅が縮まる」という話であって、価格が元に戻るという意味ではない。
行かなくなった場所には、それぞれに思い出がある。家族で出かけた旅行先、友人と囲んだ鍋料理の店、月に一度の自分へのご褒美だったエステ。それらは「節約のため」という言葉の陰に静かに積み重なっている。
物価高は数字の問題であると同時に、人々の小さな喜びや習慣を少しずつ削り取っていく、生活の質の問題でもある。いつか「また行けるようになった」と思える日が来るまで、日本の家計は今日も、静かな防衛戦を続けている。
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