パパとエビチリと、忘れられない味
私は共働きの家庭で育ちました。
母は家業、父は外で仕事をしていて、両親はいつも忙しくしていました。
そのため、休みの日に家族でどこかへ出かける機会は、周りの友達と比べ極端に少なかった。
そんな日々の中、毎年決まった時期に、必ず出かける日がありました。
それは、父が仕事用のスーツを作る日。
その日だけは、父、母、兄、私の家族4人で、車に乗って出かけたのです。
父が運転する車の助手席は、いつも兄の定位置でした。お気に入りの席を、誰にも譲ることはありませんでした。
車内では、学校で何をしているのかを父が聞いてくれて、兄と私がそれに答える。
毎朝、私と兄が起きる前には家を出て、帰ってくるのは私たちが寝た後だった父と、平日にゆっくり話す機会はほとんどありませんでした。
だから、年に一度のこの日は、父と話ができる貴重な時間だったのかもしれません。
車を走らせて百貨店に着くと、父はオーダーメイドのスーツを作るために採寸をしてもらっていました。
その間、兄と私は母について行って、百貨店のいろんなフロアをぐるぐる見て回りました。
普段はなかなかできない、家族での買い物。それだけでも、とても楽しかったことを覚えています。
そして、スーツの採寸が終わると、決まってお昼に立ち寄るお店がありました。
百貨店の近くにある中華料理店です。
その中華料理店に行くと、決まってエビチリを注文しました。
私と兄が揃って「美味しい!」と言うので、両親が毎回注文してくれたのです。
ぷりっぷりのエビにあまじょっぱい餡が絡んだその味は、本当に絶品でした。
正直、今でもあのエビチリを超えるものに出会ったことがありません。
一口食べるたびに、みんなで「美味しいね」と言い合って、幸せな時間を過ごしました。
子供の頃の私は、周りの子と比べて全然遊んでくれない両親に、少し不満があった。
どうしてうちだけ、こんなに家族で出かけることが少ないんだろう。
そう、思ったこともありました。
だけど、今思い返すと、遠くまで遊びに行ったり、賑やかなテーマパークに連れて行ってくれたりすることだけが、愛情の形じゃなかった。
忙しい中でも、子供の好きなものを忘れずにいてくれた。あの時のエビチリの味は、今も私の心に深く刻まれています。
時が経ちそんな私も親となり、一人の娘がいます。娘に対して、素敵な思い出を残せているだろうか。ふとそんなことを考える時がありました。
きっと娘は、私が幼い頃に感じた不満と同じように、私に不満を抱くこともあるかもしれません。でも、それでいい。
いつか大人になった時に、ある日の出来事が、私の両親がしてくれたように、温かい思い出として娘の心に残ってくれるなら、それでいい。
子供のことを一番に考えられる親になりたい。優しい両親の背中を思い浮かべた、ある9月の夜でした。
あとがき
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
あの頃の「エビチリの味」は、今も私の中で特別な記憶として残っています。
そして思うのは、どんなに小さな出来事でも、子供の記憶には深く刻まれていくのだということ。
皆さんにとって「忘れられない味」や「家族の思い出の味」はありますか?
もしよければ、コメントで教えていただけたらとても嬉しいです。
