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動物?鬼?神様?怒りが私に教えてくれた。自分のことがもっと好きになる話し。

【人は、動物であり、鬼であり、神様でもある】

この言葉は、私がカウンセラーとして進む方向を
模索していたとき、人生の先輩に【人とは?】と
問いかけた際の答えでした。

先日、『鬼滅の刃』の映画を観て、
この言葉をふと思い出し、
改めてこうして綴っています。

動物としての本能。
鬼のような心の闇。
そして、神様のような眼差し。

私たちはこの三つを、
一人の人間のなかに抱えて生きています。

でも、だれもがその中の「鬼」
――怒り、憎しみ、嫉妬、孤独、恐れ―― 
を、 「こんな感情は持ってはいけない」と
遠ざけてしまう。

私自身も、長く遠ざけてきました。

──それらの感情が作られたはじまり。

誰もがスタートは同じなのに、
感じ方が違うのは親や周囲の環境が違うから。

私の両親はお見合い結婚でした。
恋愛ではなく、
互いを深く知ることもなく結ばれたふたり。

母は美容師を目指して上京するもホームシックに。やがて精神的に不安定になり、鬱病と診断され、
入退院を繰り返すようになります。

父は自由奔放なまま大人になり、
仕事では真面目だったそうですが、
私生活ではアルコールや遊びに溺れ、
最終的には肝臓を壊して失明しました。

そんなふたりのもとで育った私は、
不安定な空気の中で
「何のために生きているんだろう」と問いながら、明るく振る舞う一方で、
どこか控えめな思考で生きていました。

「何のために生きているんだろう」

健全に育っていたら、
こんなことを考えていたのだろうか……。

本当は、傷ついていたんです。
怖かったし、寂しかったし、
そして、親を憎んでいた。

けれど「そんなことは思っちゃいけない」と、
自分に言い聞かせていました。

だから、
“憎んでいる自分”すら見ないようにして。
養護施設のクリスマス会、
ボランティア活動、
イベントの受付や司会。
とにかく様々なことに積極的に参加していました。

人のためにと動けば動くほど、
自分には問題なんて何もない、
私は“何も抱えていない人”だと錯覚していたんです。

でも、出来事にズレを感じ、
ネガティブな感情を意識した途端、
私は自分が嫌いになっていきました。

けれど、そんな自分を見ることもできずに――
「感謝しなくちゃ」
「親にも事情があったんだ」
「全部、私が乗り越えればいい」
また鬼のような感情にフタをして、
“いい子”でいようとしました。

フタをすればするほど、
確かに鬼が暴れていたんです。

怒り、絶望、妬み、虚しさ。

それらを感じるたびに
「こんな私はダメだ」と自分を責めました。

その結果、私は自分を嫌いになり、
人を信じられなくなり、仕事やお金、
愛さえも遠ざけてしまうようになっていました。

そんな私が少しずつ変わっていけたのは、
信頼できる場所で胸の内を話したことから。

「怒っていいんだよ」
「よく、話してくれたね」
「今まで頑張ってきたね」

長い間、押し込めていた感情が、
そっと顔を出した瞬間でした。

“鬼”を感じてもいいんだ。

そう思えたとき、
私はようやく自分を少しずつ赦せたんです。

呼吸が、戻ってきたように感じました。

鬼を赦すと、神様の眼差しが生まれる。

そして、先輩から教わったこととつながり、
腑に落ちたのです。

私たちの中には、
本能で反応してしまう“動物的な自分”がいて、
その傷や恐れから生まれる“鬼”がいて、
その両方を理解し、
抱きしめる“神様のような自分”もいるのだと。

神様になるとは、完璧になることではありません。
鬼を赦す力を育てていくこと。
それが「神様のまなざし」の始まりだったのです。

先日、映画『鬼滅の刃』を観てきました。
数年前に初めて知ったときは、
映像が少し苦手で遠ざけていたのですが──
改めて観てみると、その内容に驚き、
気づけば見続けていました。
これだけ多くの人が心を惹かれるのは、
きっと“みんなの心の奥に響くもの”があるから
だと思います。

鬼も、はじめから鬼ではないんですよね。
もともとは優しく、
周りへの思いやりでいっぱいだったのに──
寂しさや悲しみが積み重なり、
人を変えてしまった。そんな姿に、
人はなぜか共鳴してしまうのかもしれません。

私はそこに大切な気づきを見ています。
人は誰も、最初から鬼ではない。病気でもない。
ただ“その一番はじめの自分”を忘れているだけ。

だから私は、その「最初の自分」に
気づくきっかけを届けるために活動しています。

最後に、
最近、怒りを感じたことはありますか?
そのとき、
あなたの内側ではどんな気持ちがありましたか?

「なんであんなこと言われたんだろう」
「わかってほしかっただけなのに」
「置いていかれた気がした」

怒りは、悲しみが変わった姿。
繊細で、ほんとうはやさしい感情。

けれど私たちは、
それを怖れたり、拒んだりしてしまいます。

だからつい、理由を探して整理したくなったり、
ポジティブに置き換えようと頑張ってしまうのです
けれど、
いまは少しだけ立ち止まってみてください。
その感情を、自分とは切り離して、
優しさとともにただ「感じる」ことだけを
自分に許してみてください。

ここまで読み進めてくれたあなたへ。
これは、あなた自身からの静かなメッセージです。

感情の原因を探さなくてもいい。
ポジティブに変えようとしなくてもいい。
ただ、ゆっくり感じるだけでいい。

それだけで、その感情は、
ゆっくりとほどけながら
過去の記憶へと帰っていきます。

あなたは、その“鬼”を感じることのできる、
神様のようなまなざしを持った人なのですから。

最後までお読みいただき、
ありがとうございました。

心からの感謝をこめて。
MIRAI TERRACE
高橋 仁美

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