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AIを使い始めて、仕事が速くなった。でも本当に変わったのはそこではなかった。|Human-AI Harness #1

AIとの対話は「思考の彫刻」なのか?

― 文章を書いているうちに、書き手自身まで変わっていく理由

ChatGPTと一緒に文章を書いていると、ときどき不思議な感覚になる。

最初から、言いたいことがきれいにまとまっているわけではない。

「こんなことを考えている」

「うまく説明できないけれど、何か引っかかる」

そんな曖昧なものをAIに渡す。

すると、AIが文章を返してくる。

読む。

でも、少し違う。

「いや、そこじゃない」

と伝える。

また文章が返ってくる。

「だいぶ近い。でも、ここは違う」

また直す。

そんなやり取りを繰り返しているうちに、ある瞬間、

「そうか。自分が言いたかったのは、これだったのか」

と気づくことがある。

最初から頭の中にあった完成文章を、AIがきれいに清書してくれたわけではない。

AIと文章を作っている途中で、自分の考えそのものが見えてきた。

これは、いったい何をしているのだろう。

考えているうちに、ある光景が浮かんだ。

AIとの文章制作は、彫刻に似ている

彫刻家は、大きな石や木にノミを入れる。

少し削る。

離れて眺める。

また削る。

そうやって、輪郭のなかった塊から、一つの形を浮かび上がらせていく。

AIとの文章制作も、どこか似ている。

AIが出した文章を見ながら、

「これは違う」

「ここは残したい」

「もう少し、こっちへ」

と削っていく。

ただし、普通の彫刻とは決定的に違うところがある。

この石は、削ると増える。

「ここは違う」と伝えると、AIは別の可能性を出してくる。

「逆から考えたら?」

「もっと簡単に説明すると?」

「この話を別のテーマにつなげたら?」

と問いかければ、さらに別の方向へ枝が伸びていく。

だから私は、こう考えるようになった。

AIとの文章制作は彫刻に似ている。
ただし、その石は削るたびに別の場所が増殖する、不思議な石だ。

普通の彫刻なら、削るほど素材は減っていく。

AIとの文章制作では、

生成する。
選ぶ。
削る。
すると、また生成される。

発散と収束を何度も繰り返しながら、一つの文章が形になっていく。

しかも、完成像は最初から決まっていない

ここも普通の彫刻とは少し違う。

「石の中には最初から完成した像があり、彫刻家はそれを掘り出している」

というイメージがある。

でもAIとの対話では、そうとは限らない。

AIが思いもしなかった言葉を返してくる。

それを見て、

「その考え方はなかった」

と思う。

そこから、

「だったら、こちらも考えられるのでは?」

と新しい問いが生まれる。

すると、最初に作ろうとしていたものとは違う方向へ進み始める。

つまりAIとの文章制作では、

文章だけではなく、「そもそも何を書きたいのか」まで途中で変化する。

完成像を掘り出しているというより、

彫っている途中で、作りたい像そのものを発見していく。

そんな彫刻に近い。

実際の創作現場でも「生成して、選び、削る」が起きている

これは私だけが感じていることなのだろうか。

AIを創作に取り入れている作家たちの制作過程を調べてみると、興味深い事例がいくつも見つかった。

日本では、作家の葦沢かもめさんが早い時期からAIを小説制作へ取り入れている。

第9回「日経」星新一賞で優秀賞を受賞した『あなたはそこにいますか?』にはGPT-2で生成した文章が一部使われており、本人の説明では、最終作品に占めるAI生成文の比率は単純な文章量で約1割だった。

しかし、今回さらに面白かったのは、その受賞作とは別に制作した99篇の掌編だった。

葦沢さんは、自分の過去作品を種にGPT-2で約9,000篇のアイデア文を生成する。

そこから人間が、

「面白い」

と思うものを選び、編集する。

さらにAIに文章を書き足させ、最後にもう一度、人間が編集して完成させる。

つまり、

生成
→ 人間が選ぶ
→ 編集
→ 再生成
→ 人間が再び編集する

という循環である。

まさに、

増殖 → 剪定 → 再生成

だ。

しかも葦沢さんは、大量のAI文章を読む作業そのものによって、自分の書き方にも影響が出ていると振り返っている。

AIなら次にどう書きそうかが分かるようになり、それなら自分は別の文章を書こう、と考えるようになったという。

ここには、今回考えていたことがそのまま現れているように見える。

変わっているのは作品だけではない。
AIとの反復によって、書き手側も少しずつ変わっている。

AIは「答えを与える鏡」ではなく、「思考を映す鏡」なのかもしれない

海外にも印象的な事例がある。

作家のVauhini Varaは、亡くなった姉について長い間うまく書くことができなかった。

2021年に発表した『Ghosts』で、彼女はGPT-3に自分の文章の続きを生成させるという方法を試した。

公開された9本のテキストでは、Vara自身が書いた文を起点にGPT-3が続きを生成している。AI生成部分には、事実と異なる内容や矛盾もそのまま残されている。

ここが重要だと思う。

AIは、Varaの本当の気持ちを読み取ったわけではない。

実際、間違った像も返している。

それでも、AIが言葉を外側に置く。

書き手が、それを見る。

すると、

「これは違う」

「でも、ここには自分の感覚に近い何かがある」

と反応できる。

そこで私は、もう一つの比喩を思いついた。

AIは、答えを与える鏡ではなく、思考を映す鏡なのかもしれない。

ただし、普通の鏡ではない。

自分をそのまま映すのではなく、

自分が差し出した言葉を材料に、少し違う像を生成して返してくる鏡

だ。

そして、この「少し違う」が重要なのだと思う。

「違う」は、失敗ではない

AIから、

「全然違うな」

という文章が返ってくることがある。

もちろん、本当に間違っている場合もある。

でも文章制作では、その「違う」が役に立つことがある。

なぜなら、

何が違うのか

を考えるからだ。

「なぜ、しっくりこないのだろう」

「この表現の何が嫌なのだろう」

と考える。

すると、

「自分はここを大切にしていたのか」

というものが見えてくる。

AIを日常的に使うクリエイティブライターを対象にした研究でも、書き手たちはAIを無条件に受け入れるのではなく、「自分らしさ」や技量など、自分が重視する価値と照らしながらAIの使い方を判断していた。

だからAI時代に重要なのは、単に違和感を持つことだけではないのだと思う。

違和感を持つ。
なぜ違うのかを言葉にする。
そして、残すものと捨てるものを選ぶ。

この循環だ。

サービスエンジニアの目で見ると、フィードバック制御に少し似ている

私は普段、サービスエンジニアとして機械の問題を切り分ける仕事をしている。

その感覚でこの現象を見ると、フィードバック制御に少し似ている。

目標値がある。

現在値との差を見る。

その差が小さくなるように修正する。

文章制作に置き換えるなら、

「自分が言いたいこと」

と、

「AIが返した文章」

を比べる。

そこで、

「なんか違う」

という誤差が出る。

その誤差をもとに修正する。

ここまでは、普通のフィードバックに似ている。

ところがAIとの文章制作には、少し奇妙なところがある。

対話を続けている途中で、

「待てよ。そもそも自分が言いたかったことは、こちらなのでは?」

と気づくことがある。

つまり、

目標値そのものが変わる。

サービスエンジニアの感覚でたとえるなら、私はこれを、

「目標値そのものまで更新されていく、自己更新型のループ」

と考えると分かりやすいように思う。

もちろん、「自己更新型ループ」というのは、制御工学上の厳密な分類として使っている言葉ではない。

人間とAIの対話で起きていることを理解するための、私なりの説明モデルだ。

変わっているのは、文章だけではなかった

AIとの文章制作は、

人間 → AI → 文章

のように見える。

でも実際には、もっと循環している。

Human₀
→ AI
→ 文章₁を見る
→ Human₁

そのHuman₁が、またAIへ問いを投げる。

Human₁
→ AI
→ 文章₂を見る
→ Human₂

さらに続く。

文章は、

Text₁ → Text₂ → Text₃

と変わっていく。

でも同時に、

Human₀ → Human₁ → Human₂ → Human₃

も起きている。

だから今回、私はこの考えに行き着いた。

AIとの文章制作では、完成文章だけが変化しているのではない。

書き手自身も、反復ごとに更新されている。

そして、もう一つ。

AIとの文章制作で作られているものは二つある。
一つは文章。
もう一つは、その文章を書けるようになった自分自身である。

ただし、ここには大事な注意点がある。

更新されることと、良くなることは同じではない。

鏡に映った像を、「自分」だと思い込むこともある

AIが、

「あなたが言いたいことは、こうではないでしょうか」

と流暢な文章を返してくる。

それを読んで、

「そうそう。私はこれを言いたかったんだ」

と思う。

本当にそうならいい。

でも、その考えは、

もともと自分の中にあったものなのか。

それとも、

AIが提示した考えに、自分が引っ張られたのか。

この境界は簡単には分からない。

AIとの共同執筆を調べた研究では、人間が自分自身の発想を十分に形成する前にAIの提案へ触れることで、「自分で考えてから書く」よりも、「AI案を評価し、その方向を発展させる」行動が中心になるケースが分析されている。

しかも、その影響には本人自身が気づきにくい可能性がある。

つまり、

鏡を見ることで自分を発見することもあれば、
鏡に映った像を「自分」だと思い込んでしまうこともある。

AIという鏡は、人間をそのまま映しているわけではない。

像を生成している。

だからこそ役に立ち、

だからこそ危うい。

AI時代の文章力とは、何だろう

生成AIが進化すれば、整った文章を生成する能力そのものは、ますますAI側へ移っていくだろう。

では、人間に残る役割は何だろう。

私は、その一つが、

違和感 → 言語化 → 選択

ではないかと思っている。

「うまい文章だけれど、自分ではない」

「もっともらしいけれど、何か違う」

「この方向は面白い。もっと掘りたい」

と感じる。

そして、

なぜそう感じたのかを考え、何を残し、何を捨てるのかを決める。

AIが大量の可能性を作れるようになるほど、

何を作れるか

だけではなく、

何を選ぶか

の重要性が高まっていくのかもしれない。

そして、この文章そのものも同じようにできていた

ここまで書いて、少し面白いことに気づいた。

実は、この文章そのものが、ここまで説明してきた方法でできている。

最初に私の中にあったのは、

「AIとの文章制作は、彫刻に似ているのではないか」

という一つの感覚だけだった。

そこからAIと対話した。

すると、

「削るたびに増殖する石」

という表現が生まれた。

私は、

「これは好きだ」

と思った。

さらに対話すると、

「答えを与える鏡ではなく、思考を映す鏡」

という考えが出てきた。

それも残した。

そこからAI作家の事例を調べ、反対意見も検討し、

「目標値そのものが更新されるループ」

という見方に進んだ。

そして、

「AIとの文章制作で作られているものは二つある」

という考えにたどり着いた。

最初の私には、ここまでの形は見えていなかった。

AIだけが作ったわけでもない。

私だけが最初から持っていたわけでもない。

AIが可能性を出し、私が「違う・近い・これだ」と選び、その選択によって次の問いが生まれた。

この記事そのものが、

増殖 → 選択 → 自己更新

の小さな実例になっていた。

彫っていたのは、文章だけではなかった

最初、私はAIとの文章制作を彫刻に例えた。

「違う」

「近い」

「これだ」

と削っていく。

ただし、その石は不思議な石だ。

削ると、新しい部分が増殖する。

そして、その石にはもう一つ性質があった。

鏡でもある。

石を削りながら、自分がそこに何を見ているのかを確認する。

「これは違う」と削った跡から、自分が何を大切にしているのかを知る。

AIが生み出した新しい形を見て、自分が作りたいものまで変わっていく。

そして気がつく。

変わっていたのは、作品だけではなかった。

AIとの文章制作は、増殖する石を彫る作業に似ている。

ただ、その石は鏡でもある。

削りながら自分の思考を見つめているうちに、完成するのは文章だけではない。

気がつけば、彫っていた自分自身も少し変わっている。

AIと一緒に文章を書くということは、

文章を作ることなのだろうか。

それとも、

自分が何を考えている人間なのかを知っていくことなのだろうか。

おそらく、その両方なのだと思う。


<<<この文章は、AIとの共作で生まれました>>>
この文章は、私一人だけで書いたものではありません。
もとになっているのは、フィールドサービスの仕事でAIを使ってきた経験や、その中で感じた違和感、気づき、そして「もしかすると、これはこういうことなのではないか」という私自身の考えです。
それらをChatGPTとの対話の中に持ち込み、言葉にし、整理し、別の角度から問い直し、何度も組み替えながら、この文章の形へ育てていきました。
AIが考えを与えてくれたというよりも、自分の中にすでにあった経験や思考の断片を、AIとの対話によって見つけ直し、つなぎ直していったという感覚に近いです。
もちろん、AIの提案をそのまま採用しているわけではありません。
「これは自分の感覚と合っている」
「これは少し違う」
「この表現なら言いたかったことに近い」
そう判断しながら、残すもの、変えるもの、捨てるものを選んでいます。
考えの出発点と、最終的に何を伝えるかを決めるのは人間。
一方でAIは、言語化し、構造化し、別の可能性を示し、思考を前へ進める。
振り返ってみると、この文章ができるまでの過程そのものが、私がこの連載で考えていきたい「Human-AI Harness」の一つの実例なのかもしれません。
そして、この共作を通して改めて感じています。
AIによる創造性拡張の本質の一つは、「新しいアイデアを生成してもらうこと」ではなく、「人間自身が過去に持っていた思考同士を再結合できること」なのではないか。
この連載も、AIとの対話を続けながら、その仮説を少しずつ確かめていきたいと思います。


参考にした主な事例・研究

  • 葦沢かもめ「3週間で100篇小説を書いて、AIを利用した小説で史上初めて星新一賞に入選した話」

  • Vauhini Vara, “Ghosts”, The Believer, 2021.

  • Alicia Guo et al., “From Pen to Prompt: How Creative Writers Integrate AI into their Writing Practice.”

  • Advait Bhat et al., “Reactive Writers: How Co-Writing with AI Changes How We Engage with Ideas.”

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