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米国政府による30カ国以上、ウクライナを含む120以上の生物研究施設への資金提供に関する新たな証拠を公

米国政府による生物研究施設資金提供に関する新証拠公開

ツゥルシー・ギャバード元情報長官が語る真相

📰 概要

米国政府が世界30カ国以上、ウクライナを含む120以上の生物研究施設に資金を提供していたとする新たな証拠が公開された。発表の中心人物は、元情報長官であり政治家のツゥルシー・ギャバード氏。彼女はこの問題を「国際的な透明性の危機」と位置づけ、政府の説明責任を求めている。

🧬 背景

ギャバード氏によると、米国政府は過去数十年にわたり、感染症研究や防衛目的の生物学的プログラムを支援してきた。しかし、今回の資料では一部の研究施設が「軍事的応用の可能性」を持つ研究を行っていたとされ、国際社会で議論を呼んでいる。

💬 ギャバード氏の主張

  • 透明性の欠如:政府が資金提供の詳細を公開していないことを批判。

  • 国際的監査の必要性:各国の研究施設が倫理的基準を満たしているか確認すべきと主張。

  • ウクライナの事例:ウクライナ国内の研究施設が米国の支援を受けていた点を特に問題視。

🌍 国際的反応

各国政府や国際機関はこの報告に対し慎重な姿勢を示している。米国国防総省は「研究は公衆衛生目的であり、軍事利用ではない」と説明。一方で、独立系研究者やメディアはさらなる情報公開を求めている。

🔍 今後の展望

この問題は、科学研究の安全保障と倫理の境界を問う重要な議論を呼び起こしている。ギャバード氏は「真実を明らかにすることが国際社会の安定につながる」と語り、議会での調査を求めている。

🧭 まとめ

今回の特集は、科学研究と国家安全保障の複雑な関係を浮き彫りにした。事実確認と透明性の確保が、今後の国際的信頼構築に不可欠である。

今日、私は、これまで公開されたことのない情報として、過去の米国政府による30カ国以上、ウクライナを含む120以上の生物研究施設への資金提供に関する新たな証拠を公開します。 トランプ大統領の、危険な機能獲得研究に対する連邦資金の終了、世界的な透明性と説明責任の向上を目的とした大統領令を支持し、ODNIは行政全体のパートナーと協力して、これらの研究施設の場所、パスジェンの内容、および行われている「研究」の特定を続けます。

2023年4月にはロシア議会が報告書を発表している。その中で、アメリカの研究者が人だけでなく動物や農作物にも感染でき、大規模で取り返しのつかない経済的損害を与える「万能生物兵器」を遺伝子組換え技術を利用して開発していたと指摘。そうした兵器を秘密裏に使い、「核の冬」に匹敵する結果をもたらすつもりだという。この特性は「レプリコン・ワクチン(自己増幅型COVIDワクチン)」と似ている。                    
長年医薬品業界で研究開発に携わってきたサーシャ・ラティポワはその前にCOVID-19と国防総省の関係を指摘していた。アメリカでは裁判所の命令で医薬品メーカーやFDA(食品医薬品局)が隠蔽しようとした文書が公開されたが、それを彼女は分析、バラク・オバマ大統領の時代から国防総省が「COVID-19ワクチン」の接種計画を始めたという結論に達していた。

 生物化学兵器の研究開発には日本の医学会も重要な役割を果たしてきた。日本の生物化学兵器の開発は軍医学校、東京帝国大学医学部、京都帝国大学医学部が中心になり、1930年代から実施された。その一環として生体実験を行うため、中国で加茂部隊が編成された。その責任者が京都帝国大学医学部出身の石井四郎中将であり、その後ろ盾は小泉親彦軍医総監だったとされている。

 その後、加茂部隊は「東郷部隊」へと名前を替え、1941年には「第七三一部隊」と呼ばれるようになり、捕虜として拘束していた中国人、モンゴル人、ロシア人、朝鮮人を使って生体実験する。こうした人びとを日本軍は「マルタ」と呼んでいた。この部隊の隊長を1936年から42年、そして45年3月から敗戦まで務めた人物が石井四郎。途中、1942年から45年2月までを東京帝国大学医学部出身の北野政次少将が務めている。

 ソ連の参戦が迫っていた1945年8月、関東軍司令官の山田乙三大将の命令で第七三一部隊に関連した建物は破壊され、貴重な資料や菌株は運び出された。監獄に残っていた捕虜を皆殺しになる。捕虜の多くは食事に混ぜた青酸カリで毒殺されたが、食事をとろうとしない者は射殺された。死体は本館の中庭で焼かれ、穴の中に埋められた。日本軍は監獄などを爆破した上で逃走している。(常石敬一著『消えた細菌戦部隊』海鳴社、1981年)

 日本の生物化学兵器の研究開発は1945年に終了したことになっているが、日本が降伏した後、石井四郎は1946年1月から2月にかけて自宅でCIC(米陸軍対諜報部隊)の尋問を受けているが、厳しいものではなかった。石井など日本側の関係者はGHQ/SCAPの情報部門G2の部長を務めていたチャールズ・ウィロビー少将が保護している。

 1947年になると、アメリカ陸軍の化学戦部隊生物戦研究所のあったメリーランド州のキャンプ・デトリック(1955年からフォート・デトリックへ格上げ)からノーバート・フェルという研究者が来日、第七三一部隊の幹部を尋問している。その後、日本側の研究資料はアメリカへ引き渡され、研究員も交流している。(Robert Harris & Jeremy Paxman, “A Higher Form Of Killing,” Arrow Books, 2010)

 こうした尋問の直前、1946年に厚木基地からほど近い場所にアメリカ軍の極東医療分隊に所属する「406医療一般研究所」が設置され、そこは病原体の媒介昆虫に関する研究用の「倉庫」と見なされていた。後に同部隊は東京都千代田区丸の内の三菱ビル内に本部を移し、朝鮮戦争の際には戦闘地域へ要員を派遣することになる。(Stephen Endicott & Edward Hagerman, "The United States And Biological Warfare", Indiana University Press, 1998)

 朝鮮戦争が始まって2年後の1952年2月、朝鮮の外務大臣はアメリカ軍が細菌兵器を使用していると国連に対して強硬に抗議している。この戦争で捕虜になった約30名のアメリカ人パイロットが生物兵器を投下したと告白しているのだが、アメリカ政府はプロパガンダだとして全面的に否定、その主張を正当化するために「洗脳」という用語が使われている。パイロットたちは帰国後、国家反逆罪に問うと脅され、告白を取り消した。(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015)

 1950年にCIAは人間の行動を制御するためのプログラム「ブルーバード」に着手、翌年には陸、海、空3軍との共同研究へ移行、さらにカナダやイギリスも加わり、暗号名は「アーティチョーク」に変更された。

 2025年に機密解除されたCIAの文書に含まれている「アーティチョーク特別研究」と題された7ページの文書では自白剤のような即効性のある効果と、長期的な影響の両方をもたらすように設計された薬物について論じられ、食品、水、アルコール、タバコなどを介しての投与、あるいはワクチン接種や注射など医療行為に偽装することも提案していた。アーティチョークにおける人体実験は囚人、軍人、精神病患者など弱い立場にある人びとを利用することが多かったという。

 1952年には「MKウルトラ」と「MKナオミ」が始められ、53年2月にアレン・ダレスがCIA長官に就任した後、「MKウルトラ」が始まり、LSDなどの幻覚剤を用いた心理操作、暗殺用の毒、細菌戦用の菌などが研究されていた。なお、「MK」とはCIAのTSS(技術サービス・スタッフ)が担当していることを示している。

ギャバード国家情報長官は米国が各国で実施している生物兵器研究を調査へ|櫻井ジャーナル



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