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INFJ・非HSS型HSPの私は、普通に生きるだけで疲れている

「もっと楽に生きればいいのに」

「まじめすぎる」

そう言われるたびに、うまく説明できない苦しさがあった。

私は自己診断でINFJ、そして非HSS型HSP。

もちろん、これはネット上の自己診断であり、本当にそうなのかはわからない。

でも、特性を見た時、「だからこんなに生きづらかったのかもしれない」と感じた。




INFJ・非HSS型HSPってどんな人?

INFJはMBTIという性格診断のタイプの一つで、「提唱者」、理想主義・共感力・洞察力が強いと言われている。

HSPは、生まれつき刺激に敏感で、周囲の感情や環境の影響を受けやすい特性のこと。

その中でも非HSS型HSPは、

  • 刺激に弱い

  • 一人時間で回復する

  • 慎重

  • 人混みや騒がしい環境で消耗しやすい

という特徴があると言われている。

ただ、私は「静かな環境だけを好むタイプ」でもない。

むしろ、

  • 新しいことをやりたい

  • 成長したい

  • 変わりたい

  • コンフォートゾーンを抜け出したい

という気持ちも強い。

でも同時に、

  • 環境変化に強いストレスを感じる

  • 人間関係にかなり気を遣う

  • 刺激を受けすぎて疲弊する

という矛盾も抱えている

変わりたいのに、変化で消耗する。

挑戦したいのに、刺激に疲れる。

ずっと、その繰り返しだった。



「普通」がうまくできなかった

私は昔から、人の機嫌や空気の変化に敏感だった。

表情。
声のトーン。
返事の仕方。
場の空気。

ちょっとした違和感をすぐに察知してしまう。

だからこそ、自然と「周りに合わせる」ようになった。

自分の意見を強く言うことも少ない。

というより、言ったところで、

  • 理解されない

  • 受け入れてもらえない

  • 面倒な空気になる

そう感じることが多かった。

本当は思っていることはたくさんある。

でも、わざわざ口に出さなくていいや、となってしまう。

どこかで最初から、「自分の意見は通らない」という前提で生きている感覚があった。

だから、自分の中に溜め込む。

そして、一人で勝手に疲れていく。



看護師という仕事との相性

私は現在、看護師として働いている。

看護師の仕事は、失敗やミスが許されない。

言われたことはできなければならない。

周囲を見て動かなければならない。

気配りも必要。

責任も重い。

だから私は常に、「ちゃんとしなければならない」という緊張感の中で働いてきた。

任されたことはしっかりやりたい。

期待にも応えたい。

でもその一方で、

  • ミスを引きずる

  • 人の反応を気にする

  • 空気を読みすぎる

  • 頼まれると断りづらい

  • ちゃんとできない自分を許せない

そんな状態でもある。

周囲からは真面目すぎるとよく言われる。

「普通に働く」だけでかなり消耗している状態。



「優しい人」でいようとしていた

私は昔から、「人を不快にさせないこと」を優先しすぎていた気がする。

空気を壊さない。

嫌われない。

迷惑をかけない。

だから外では、ずっと気を張っていた。

相手の顔色を見る。

空気を読む。

言い方を考える。

自分の感情を抑える。

「大丈夫な人」でいようとしていた。

でも、本当は全然大丈夫じゃなかった

職場や外で気を遣いすぎて、ストレスをため込んで帰ってくる。

その反動で、家ではイライラを抑えられなかった。

家族に八つ当たりしてしまう。

感情が爆発する。

物に当たってしまうこともあった。

今思えば、かなり限界だったと思う。

でも当時は、「もっと優しくならなきゃ」「もっとちゃんとしなきゃ」と思っていた。

本当は逆だった。

自分の感情を抑え込みながら、すべての人に気を遣い、優しく接し続けるなんて、限界がある。

どこかで必ず、自分が壊れる。

そして皮肉なことに、「本当に大切な人」にほど、その無理の反動が向いてしまう。

私はそれがずっと苦しかった。



オーストラリアで気づいたこと

ワーホリでオーストラリアに行った経験は、私にとってかなり大きかった。

もちろん大変なことも多かったし、環境変化によるストレスも強かった。

でも、日本を離れたことで、「こう生きなければならない」という固定観念が少し崩れた気がする。

全部に応えなくていい。

完璧じゃなくていい。

できないことがあってもいい。

無理と言ってもいい。

そして何より、「まず自分を大切にする」という感覚を少しずつ知れた。

理想とは程遠い自分でも、完璧ではない自分でも、まずはそのまま認めること。

それが今の自分には必要だった。



「無理な頼みを断る」ができなかった

昔の私は、「断る=悪いこと」だと思っていた。

頼まれたら引き受ける。

期待には応える。

迷惑をかけない。

それが当たり前になっていた。

でも、全部を受け入れていると、いつか自分が限界になる。

だから今は、「断ることは冷たいことではない」と少しずつ考えられるようになった。

もちろん今でも苦手。

でも、以前よりは、

  • 「今日は難しいです」

  • 「今は手が空いてなくて」

  • 「今回はできません」

と、短く伝えるようにしている。

理由を完璧に説明しなくてもいい。

申し訳なさを背負いすぎなくてもいい。

断ることは、相手を嫌いという意味ではなく、「自分を守るために必要なこと」だった。



一人で休む時間は、私には“必須”だった

私は、人といるだけでエネルギーを使う。

嫌いじゃなくても疲れる。

気を遣う。

空気を読む。

考え続ける。

だから、一人で完全に気を抜ける時間がないと、回復できない。

昔は、「一人になりたいなんて冷たいのかな、私は変なのかな」と思っていた。

でも今は違う。

一人時間は、逃げではなく回復だった。

静かな場所で過ごす。

好きな音楽を聴く。

誰にも気を遣わない。

何もしない。

そういう時間がないと、感情が処理しきれなくなる。

そして限界を超えると、突然イライラしたり、感情が爆発したりする。

だから今は、限界になる前に休むことを意識している。



同じように、生きづらさを感じている人へ

もし、

  • 周囲に気を遣いすぎる

  • 一人反省会をしてしまう

  • 人に合わせすぎて疲れる

  • 自分の意見を飲み込む

  • 「ちゃんとしなきゃ」が止まらない

  • 完璧にできない自分が苦しい

そんな感覚があるなら。

まずは、「自分が弱いからだ」と責めすぎなくていいと思う。

人より多く考え、感じ取り、抱え込みやすい。

それだけでも、毎日はかなり消耗する。

だからこそ、

  • 無理な頼みを断る

  • 一人で休む時間をつくる

  • 全員に理解されようとしない

  • 60点でもいいと思ってみる

  • 疲れている自分を責めない

そういうことを、自分に少しずつ許してあげてほしい。

急に変わることは難しい。

私も今でも、人の顔色を気にするし、考えすぎるし、疲れやすい。

でも、完璧にできない自分はダメではなく、

「そういう特性を持ちながら頑張っている」

と思えるだけでも、少し呼吸がしやすくなった気がしている。



【次回予告】

人に気を遣いすぎて、家で感情が爆発してしまう

外では気を張っていられるのに、なぜか大切な人たちにほど強く当たってしまう。 その違和感の裏には、ずっと抑え込んできた感情や、気づかないまま積み重なっていた過緊張がありました。 次回は、その状態がどのように生まれ、なぜ家族との関係でだけ崩れてしまうのかを、自分の経験から整理していきます。



あとがき

最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回の写真は、オーストラリアの田舎で出会った、野生のカンガルーたちの1枚です。ただ静かにそこにいる姿を見ていると、何かを頑張り続けなくてもいい時間があってもいいのだと、少しだけ思い出させてくれます。

この記事を通して、もし少しでも「自分だけおかしいのかもしれない」と思っていた気持ちが和らぎ、少しでも心と体を緩める時間を持てるきっかけになっていたらうれしいです。


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Mira | はみ出しぼっちナースの思考 いつも応援ありがとうございます。いただいたサポートは、今後の創作活動と更なる情報発信の糧として大切に活用させていただきます。