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【創作】ヘリオス 第8話


「お嬢は山田を贔屓しすぎじゃね?」

「お嬢の直弟子の?見た目がああだから」

「マジか。俺ら頑張ってんのに、やってらんねえよな」

こんな妬みを廊下で耳にして、思わず廊下を軋ませて歩き、声のした稽古場に入って行き口を挟んだ。

「山田くんは何年も、お休みの日でも自主練に来ていますが。あなた達はお稽古の日なのに、練習せずに無駄話ですか」

青くなって練習を始めた門下生を見て、無意識のうちにため息が出る。

YouTubeは大成功だった。その恩恵の多くが優成くんから来ていることは間違いない。

だれこの青髪の人!チョーイケメン\(//∇//)\
見た目もいいけど演奏もサイコー
ヤバいイケメンすぎ...おことならいたい
結婚して♡
あなたのお琴になりたい

こんな優成くん向けの熱烈なコメントが、連日届くようになった。

私は優成くんに、定期演奏会のMCも一緒にやってもらうよう、書類を見せてお願いした。

私は演奏会のとき、誰が聞いても分かりやすく楽しいように、MCを務めている。

「お嬢様がそんなことをしなくても」

やり始めた時は古い門下生さんから非難めいた声もあったけど、高みに鎮座して神々しく演奏するのは、本流だけで良いと思う。特に若手は汗水流して新しいお客様を連れて来ないと。


優成くんは、差し出した報酬の書面を見ずに返答した。

「光栄です。凪先生のMCは、俺、以前から分かりやすくて好きでした。一緒に出来たらとても嬉しいです」

優成くんは快く了承してくれた。確かに実力もあるし、時の人の優成くんを目立たせない手はないけれど、罪悪感もある。

「優成くん、広告塔に使ってごめんね。嫌なこと言われたりするでしょう?」

「それは、なくはないですが、得るものの方がずっと多いですよ。いい経験です。大体、人を落とさないで自分が上がればいいんです」

優成くんの、このまっすぐなところが好きだ。演奏でつまづいたところがあっても、決して心折れず、逃げずに粘り強く努力を重ねて上手くなった。この姿勢に私も、どれだけ影響を受けて来たことだろう。

正直、あの告白の後、優成くんと話すのは気が引けた。だけど彼は、私を成長させてくれ続けて来た大切な人のひとりだ。いつだって真摯に向き合いたい。

「優成くん、あの話はちゃんと考えるから、少し待ってくれる」

告白されて次に会った日、稽古場でそう言うと、いつもの顔で柔らかに頷いた。

「凪先生のその誠実なところも好きです。俺の想いは本物なので、忘れないで下さい」




晃輝さんからは毎日、電話かLINEが来た。少しずつ、晃輝さんのことを知っていく。音楽の他の趣味は、筋トレ。「筋肉は裏切らない、契約書の次に」だそうだ。契約書作成も趣味なんじゃ、と茶化して聞いたら、それは仕事にしたいと本気で言っていた。

晃輝さんのLINEや電話の通知が表示されるたびに、心臓が跳ねる。身体を重ねてしまったからだろうか。

「YouTubeは上々だな」

私はベッドの上にごろんと横になって、ふわふわのラッコを抱っこしながら晃輝さんの電話を受けた。

「ふふふ、お主も悪よのう」

「……俺は時々、凪の思考がどうなっているのか、頭の中を覗いてみたくなるよ」

冗談はさておき、販促に協力してくれた晃輝さんの功績は大きい。私は再度、心からお礼を告げた。

「変化の速い時代だ。YouTubeから来た客は、8割方すぐに離れていくと思って研鑽を続けた方が良い」

言われてはっとする。舞い上がっているだけじゃ駄目だ。日々邁進し、技を磨いて、変化の波に乗らないと。




「髪、傷まない?」

「今のところ平気です。トリートメントもしてもらっているので」

優成くんは、格式ある演奏会の前になると髪色を戻す。今回は8月のチラシの写真撮影があるので、早めに黒髪に戻っていた。

えっ、ちょっ、黒髪まじセクシーなんだけど!
黒髪エロい!卒倒する!
染めなくていいです!そのままで素敵!
アタシはどっちも好きよ♡

YouTubeのコメント欄が、また激しく沸いている。

髪を青くするのも、若者向けのカジュアルな演奏会の前だと知っている。彼なりにプロモーションの一部としてやっているんだろう。優成くんはいつも、お箏と川崎流の繁栄を考えてくれている。


6月の演奏会では、優成くんを第ニ箏に2人で「龍歌」を弾く。ダイナミックなテンポの速い若者好みのこの曲は、観客受けが良い一方で、かなりの技術力を要する。今までも2人で何度か弾いたことがあるけれど、今回はYouTubeをやってから初めてなので、一見さんのお客様も来られるだろう。それを考えても申し分ない選曲だ。

稽古場で久しぶりに、2人で合わせてみる。私が弾く時は門下生のギャラリーが多いけど、優成くんがいると更に女性が増える。

序盤。最初の悠々と龍が飛翔するシーン。派手で堂々とした龍の登場。雷鳴の嘶き。手運びは難関だけれど、優成くんと私なら敵なしだ。

中盤。龍の切ない歌。孤独と絶望の合間に垣間見える、ひとときの幸福。美しい旋律にのせる、龍の想い。

ふと第ニ箏の音がブレる。それが何度か続く。こんなことは滅多にない。珍しいと思うや否や、音が止まった。

「優成くん?」

振り返ると、龍頭の刺繍に目をやったまま動かない。

「どうしたの?」

「いえ、すみません。俺ちょっと、外の空気を吸ってきます」

目を合わせることすらせず、ギャラリーがいる中大股で廊下に出て行った。見ると周りの門下生さんたちも、惚けたような顔をしている。

直弟子の菅野さんが、諭すように近づいて来た。

「先生、演奏が変わりすぎたのよ」

「えっ、私?」

「そうよ。あんな色っぽい演奏をされたら、誰だって当てられるわよ。ましてや山田君じゃ......。見てくださいよ皆の顔」

やがて急にお弟子さん達が興奮して、口々に話しかけてきた。

「先生すごかったです!泣きそうになりました」

「ゾクゾクしました」

「やべえっす、何すかその色気」

私が色っぽい?形容されたことのない響きだ。今までと同じように弾いたつもりなのに。とにかく私の演奏が変わって混乱させたのなら、優成くんに謝らなくちゃ。


優成くんは庭のベンチに座って、咲き始めたばかりの花水木の花を見上げていた。その姿が壊れそうで、触れたら消えてしまいそうで、声をかけるのを躊躇う。

「優成くん」

私に気づいた優成くんは、首を少し傾けて自嘲の笑みを浮かべた。

「すみません凪先生。練習を勝手に中断させてしまって」

「違うの。私の演奏が変わったからだって。混乱させたみたいで、ごめんなさい」

優成くんはゆっくり首を振って否定の意思をはっきり示してから、隣に座るように促した。

「俺、嫉妬したんです。先生のあの演奏とそれを引き出した相手に。......駄目ですね。やっとの思いで凪先生の演奏に近づけたと思ったら、またすぐに遠ざかる」

「優成くんは全然駄目じゃありません!私は小さい頃からお箏しかやっていないけど、優成くんは別のお仕事もしているでしょう?お箏を始めたのだって大きくなってからでしょう?優成くんは確かな実力もあるし、人一倍努力していたの、私、知ってる!」

それでここまで来られたんだから、驚異的だ。私が逆の立場だったらきっと出来ない。

優成くんはふっと割れる直前の水晶みたいに笑い、お礼を告げてから私の方に向き直って、いつまでも忘れられない消えてしまいそうな顔をした。

「凪先生のあの演奏を引き出したのは、東雲さんですね。東雲さんのことを、好きになったんですか」



続きはこちら。

以前の話はこちら。

第1話はこちら。


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