【創作】ヘリオス 第2話
ヘリオスみたいな、ゆうちゅうばあ。さっぱり想像できない。釣り書きを見てみると、業界最大手の総合楽器店、本社勤務の広報担当 チーフ・マネージャーだと記されてあった。YouTubeは副業みたい。
写真に目をやる。確かに整った顔をしていた。背が高く筋肉質そうな、威風堂々とした男の人。名前は、東雲晃輝。名前まで太陽の神様みたい。小さくため息を吐いた。
だけど私は、この愛する家とお箏のために、相応の方と結婚して、紡がれてきたものすべて、否、それを上回るものを継承する義務がある。相手がたとえ神様ゆうちゅうばあであっても、私の肩には歴史を継ぐという重い責任がある。
料亭菊やには、私たちの方が先に着いた。正装でも気持ちの良いふんわりとした風の吹く、輝くような日だった。通された部屋の雪見障子は開いていて、曇り一つなく磨きあげられたガラス窓から、広大な庭が見える。
「見て、お庭がきれい」
部屋から見えるように作られた池に続く小川には、のんびりと色とりどりの鯉が泳いでいる。水面の煌めき。一面の新緑と空の薄い青。この美しい世界に生を受けたことに、感謝の気持ちが湧いてくる。
「ほう、なかなか見事な庭だな」
「あそこは藤棚ね。満開の頃に来ていたら、さぞ美しいでしょうに」
緊張を幾らか和らげてくれるようなお庭に見入っていると、トクサの生える入り口の方を向いていた母が言った。
「あら、お出ましだわ」
言われて心臓が跳ねるように騒いだのを無視し、目をみやると、如何にも音楽家といういで立ちをした上品な中年のご夫妻と、その後ろに大きな男性が見えた。その姿を見た私は……ぎゃああ!!
メ、メメメ、メンインブラック?略してMIB?
背の高いプラチナブロンドの大男が、仕立ての良い、きっとイタリア産の黒いスーツを造作なく着こなしている。目には黒のシャープなサングラス。
MIBじゃない、イタリアのマフィアだ!
写真だと黒髪だったのに、プラチナブロンド!
殺られる!!
「おか、おかーさーん、私帰る!!」
「あら何言っちゃってるの、この子は。真面目なくせに弱気なんだから」
「怖いよー!」
「まったくだ。腰でも抜かしたのか。いいか凪、女は度胸だぞ。ほら見てみろあの金髪。いい具合に染まっているなあ、はっはっは」
「金髪でお見合いに来るなんて非常識よ!」
「またお前は固いな。今どき金髪がなんだ。お前の弟子だって、青い髪の男がいるだろう」
「優成くんは優しいから怖くないの!あんなにムキムキしていないし」
逃げようとしている私に家元から有無を言わさぬ笑みを投げつけられ、私はその場をブルブルと震えながらやり過ごすしかなかった。
「ほう、我が家に養子として入っても良いと?」
親の差し金で来た私と違って、意外なことにイケメンゆうちゅうばあ神様マフィアは、この話に乗り気だった。まるでこの高級料亭で育ったように自らの空気を自然と溶け込ませ、格調高い仕草で懐石料理を口に運んでいた箸の動きを止めて言った。
「もちろん凪さんに気に入ってもらえれば、の話ですが。私は財務や総務の経験もあるので、裏方として一通り役に立つはずです」
サングラスを外した神様は、端正な醤油顔をしていた。ビジネス向きの隙のなさが恐怖でしかない。さすがマフィア。
「晃輝さんのゆうちゅうぶの演奏は、見事でした。幾つも見てしまいましたよ」
父が一ファンのように、それでいて外向きの家元の顔を作ったまま、マフィアの神様に伝える。
「私は演奏旅行が好きで、各地で演奏しているんです。箏も好きですよ」
天翔けるマフィアのお得意はバイオリンらしいが、お箏という単語に反応して彼の方を向くと、私の目を見て蔑むように左の口角を上げた。
「凪さんの演奏も大好きです。貴女にしかできない清涼とした演奏ですね。近いうちに生で聴いてみたいと思っています」
そう言ってまた、馬鹿にしたような余裕のある笑みを投げて返され、箸を持つ手が震えないように力が入る。天翔けるマフィアのゆうちゅうばあ神様、怖!!
とは言え私はとうに次期家元として披露も終えた身。国内外を問わず、幾多の恐怖の演奏会を乗り切ってきた自負がある。表面上、神様から見える私は落ち着いて、堂々として見えるだろう。
「ところで、私はぜひ凪さんと二人でお話がしたいのですが」
神様、そんな爆弾発言を投下してきた。
血の気が身体中から、音を立てて引いたのが分かった。
「良い話じゃないか、凪。食事もあらかた終わったことだし、二人で庭でも散歩してきたらどうだ」
ううう、何なのこのベタな地獄の展開。
「ずいぶんと怖がっているんだな、俺のこと」
刈りたての芝生が香る庭に2人で降り立つと、神様は急に言葉を崩して話しかけた。
「はい?」
「食事中ずっとおびえていただろう?子羊が余裕の仮面をかぶって虚勢を張っているようだった。君は嘘がつけないんだな」
そう言って私の目を上から覗き込み、勝ち誇ったような笑みを返す。しまったバレてた。さすが神様、読心術が使えるのか!
「い、いえ、ちょっとMIBを思い出して」
慌ててポロリと口からこぼしてしまってから、はっと気づく。何言っちゃってんの、私!
「MIB?ウィル・スミスの?だいぶ古い映画だな。……もしかして俺が?」
じっと見つめられていたたまれなくなり、蚊の鳴くような声で言った。
「......ごめんなさい」
途端に神様は、のけぞって大声で大笑いし始めた。
「君の世界観は、どんなだ」
うう、私は神様が怖いだけの、いち小市民です。
「ほら」
敷き詰められた飛び石に差し掛かると、苦笑したまま私の手を取るように右手を差し出した。それが、幼い頃に見た父の手のように大きくて、思わず見入ってしまう。
「その恰好じゃ歩きづらいだろう。朝から着付けしてもらったのか」
言われてようやく、着物姿であることに気遣ってくれているんだと気づく。
「いいえ、自分で着ました」
「マジで!こんな正装を?着物で来るのも珍しいのに、天然記念物だな」
神様の声はハスキーな低音で、声までマフィアみたいだ。
「着物は嫌いですか」
「いいや、嫌いな男なんて滅多にいないだろう」
そう言ってまた左の口角だけを上げ、私を眺める。
「よく似合ってる。顔立ちも着物向きだし、とても綺麗だ」
視線を絡みとって放さない、逃げ場のないような褒められ方に、身体中が熱くなる。プラチナブロンドを照らす日光が、焦げてしまいそうなほど強く感じた。
「ありがとうございます」
思わず下を向いてしまった私に、神様は更に近づいて呟いた。
「だけど、こんなに華奢だったら、身体がもつのかな」
「はい?」
会ったばかりのはずのお見合い相手は、ますます距離を縮め、見上げた私の耳元で囁いた。
「ベッドの上で」
言葉を理解した私は、呆然としてどうしたら良いか分からなくなった。体中が火照って熱い。見ると指先まで桃色に染まっている。
私の一挙一動を、獲物を捕まえる獅子のように見逃さなかった神様は、またもや大きな背を仰け反らせて天を仰ぎ、豪快に大笑いした。
「君は天然記念物どころじゃない、絶滅危惧種だ!」
「初対面の相手に、失礼じゃありませんか?」
「ああ、すまない」
反論するも、そう言っていつまでも、ヒーヒーと身体を小刻みに震わせて笑っていた。
うう、穴があったら入りたい。
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