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完璧な人 第1話



〜海斗編〜


「非効率だ、とは
 思わないのか?」

え、と
誰に対して、何を、
言われたか分からないように
凛は手を止めて
こちらを見た。

「時間の無駄だろう。
 買ってしまえばすぐに
 済むものを」


今にして思えば
意地の悪い質問だ。
それでも彼女はにっこり笑って
こう言った。


「作っていること、そのものがね、
 面白いの」



俺たちはシェアハウスに
住んでいた。



キッチンもリビングも
明るく暖かい
南向きにあったからだろうか。



住人たちは暇さえあれば
そこにある安っぽくも
居心地の良いソファーに
身体を埋めては、
どうでもいいような話に
花を咲かせるのが常だった。


凛は寡黙な女だった。


まだ若いはずの俺らが
猥談で大騒ぎしていても
ただそこに座って
嫌がるでもなく
笑みを浮かべながら
何かを編んでいた。


静かで、
地味めの女だ。


化粧っ気が
無いわけじゃない。
よくある自然派化粧品の
CM女優のように
さりげないメイクを、
むしろ俺たちの前では
夜遅くても
落とさないでいるようだった。


爪は綺麗に切り揃えられた上に
清潔な印象の淡いネイル。

羽二重肌に似合う
漆黒のサラサラとした細い髪を
後ろで一つにまとめている。


言ってみれば優等生、だ。


馬鹿話をしても
怒らない。
悪口に花を咲かせもしない。
人畜無害のタイプだ。


俺はもっと、例えば
爪に真紅の色をのせて
艶っぽく決めているのに
一部が少しだけ
剥げてしまっているような、
そんな女が好きだ。


下品な話にも
大口を開けて笑いながら
入って来るような、


あざとく胸元が
見えそうな程開いた
服を着こなしてはいるが、
意図せずインナーが
見えてしまっているような
残念さの残る
タイプが可愛いと思う。


完璧な女は疲れる。

自分の短所を見透かされて
下に見られているような
気にさせられる。

何故だか
どこぞの切っても切れない
否応無く付き纏って来る
集団を思い起こさせる。



凛は疲れる。
人当たりが良くて、怒らない。


隙がない。
完璧な人間は、敬遠したい。


敬遠したいが、
同じシェアハウスの同居人で
俺の方が3歳も上だ。
気遣いくらいは必要だろう。



その凛は
毛糸の幾つも入ったカゴを
足元に置いて
忙しそうに手を
動かしている。


鮮やかな深い青と若葉の緑。
遠目に見ても質の良い毛糸から
見事に編み上げられた部位を
じっと見つめながら
俺は問う。


「そういうのって
 男のために編むんだろう」

そんな失礼な物言いにも
凛は怒らない。
少し目を泳がせた後
困ったように笑って、言った。

「違うよ、これは
 自分ために編んでるの。
 白のコートのときに巻いたら
 可愛いかなと思って」




凍えるような週末の昼時、
俺がキッチンで
料理を作っていたら
凛がやってきた。


「あ、ごめんなさい。
 終わったらまた来るね」

「いや、いい。
 もう終わるから、
 ここで待ってろ。

 珍しいな、凛。
 お前いつも昼は
 外食だろう。

 今日は自炊するのか」


うん、と少し
赤い顔をして凛は
こう付け加えた。


「パンを焼くだけ」

「......他は?」


「......無いよ」

それじゃ栄養が足りないだろう?と
言った俺に

バツが悪そうに下を向き
ますます顔を赤くして
凛は言った。

「料理、苦手で」


「意外だな、お前
 何でも卒なくこなしそうなのに」


「料理は実家でも
 頑張ったけど
 上手くならなかったの」


じゃあ俺の作った
チキンスープをやるよ。
多めに作ったし温まるぞ。

と差し出したら
満面の笑みを浮かべて
凛はこう言った。


「え、いいの?ありがとう!
 野々宮さんの作った料理
 いつも美味しいから
 大好きなの」


クンクンと犬みたいに
においを嗅いでから

「いいにおい!」と
またにっこり笑って
美しい所作でいただきます、をし
上品そうに食べ始めたが

スプーンを口に運ぶたびに
ニヤニヤして
ヨダレまで落としそうな
崩れた顔をしていた。


コイツ、意外と気持ち悪いな。




俺は創業300年以上の
老舗の大手陶磁器メーカーに勤めていた。


この脈々と受け継がれて来た
上質なる伝統の美や技を
後世にも繋げていきたい。



そのために現代にしっくり馴染む
新製品を開発し、
少しでも多くの人に楽しんでもらう。
それが故に生を受けた、
そんな風に考えるほど
仕事に没頭していた。


帰るのが深夜、なんて
日も少なくなかったから
同じシェアハウスにいたって
他の住人には滅多に会わないことなんて
ザラにある。






「明日香か、どうした」


ふいに鳴った電話の相手は
元恋人だった。


「海斗、久しぶりに
泊まりに来ない?」

お前とはもう終わったはずだろう、
と告げると
ベタベタと湿った返事をされる。


「一晩だけでもいいじゃない。
 遊びだと思って、ね?」


「いや、俺は当面忙しい。
 悪いけど、もうかけて来ないでくれ」

あ、ちょっと待ってよ、という
声を無視して電話を切る。


女は別に嫌いじゃない。 
寄って来た相手と恋人になり
お互いの性欲処理をすればいい。
だが、後腐れのあるのは御免だ。


仕事以上に熱中出来る相手なんて
いる訳がない。
忙しい時に
恋人なんて邪魔なだけだ。




チラチラと細かい雪が
地面に落ちるのを
嫌がるように舞うある日、
俺は久しぶりにゆったりと
過ごせる時間を
持て余していた。



1人で夕食を作り
リビングで食べていたら
凛がやってきた。


「野々宮さん?」


俺に気づいて
びっくりしたような
安心したような
変な顔をしたな、と思ったら
急に糸が切れたように
凛はその場にズルズル、と倒れた。


「凛?おい凛!」


ごめんなさい、
貧血みたい、と
蚊の鳴くような細い声で
途切れ途切れに、言った。


マジか。



急いで凛の服を緩め
安全な体勢を確認してから
足元に毛布をかけてやり、

少し顔色が戻って
動けるようになった後、
甘めのミルクティーを
入れて飲ませた。


凛は
ごめんなさい、と
ありがとう、を
何度も繰り返した。


コイツ、全然、完璧じゃない。





第2話はこちら↓。


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