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ヘリオス 外伝 第5話


俺の家での昴たちとのパーティーを、一華は簡単にOKしてくれた。その日、一華を迎えに行って2人で準備していると、まだ明るいうちに昴と香織ちゃんが来た。

「優、久しぶり!ストーカーで変態のアンタにも遂に春が来たか!」

「久しぶり。香織ちゃんは相変わらず酷いな」

香織ちゃんは俺と昴の大学時代の同期だ。歯に衣着せぬ物言いが心地良く、裏表がない。

「こんにちは、初めまして」 

「うお〜、まじこの子優の彼女?めっちゃ可愛いじゃん、ヤバいって!鼻血出る!」

「香織ちゃん、おっさん化してない?」

4人で鍋を準備し、早めの夕食をつつく。一華は俺と同じであまり話すタイプではなくても、このグループでは楽しそうにしていた。お酒も進んで鍋を平らげ、一華が作ってくれたデザートのババロアも食べ終わった頃、各々でそれなりの片付けをしていたら香織ちゃんに呼ばれた。

「めっちゃ良い子じゃん、優に勿体ないよ。大事にしてやんな」

「はいはい、分かりましたお母さん」

「誰がお母さんじゃ!」

「香織!」

香織ちゃんが胸元を掴んで怒って来たので大笑いしていたら、昴が来た。しまった、これは妬かれたか。

「空き缶がいっぱいだから、一旦捨てに行こうぜ」

昴は俺のマンションを把握している。2人で溜まったゴミを出しに行ってくれた。

「一華、疲れた?」

テーブルを拭いていた一華に聞く。

「ううん、大丈夫。とても楽しいよ。生の昴くんにも会えたし、香織ちゃんはすごく話しやすい」

そう言って嬉しそうに笑う。

「もう片付いたから少し座って。それは俺がすすぐから」

一華から無理に布巾を取って濯ぎ、片付けた。

「私ね、優成の部屋にも入れて嬉しい。優成みたいな部屋だね。優成がここに住んでるのが、自然に想像できる」

「そうかな」

「うん、甘酸っぱい。優成に囲まれてるみたいで」

甘酸っぱい、ということばが引っ掛かる。それは順調な相手には使わない。

「この部屋を甘酸っぱいって言う人は、一華だけだよ」

ソファーに座っている一華の隣に腰掛けて一華を見ると、また少し赤くなってとろけそうな顔をする。

「昴たち、遅いな」

そう言うなりケータイが震えた。見ると昴からLINEが届いている。

「俺たちばっくれるから4649」

まだ7時過ぎだ。さっきの香織ちゃんとの絡みが不味かったか。

「昴たち帰ったって。一華どうする?もう少し飲む?疲れたならもう送ろうか」

そう言うと、一華が俺の腕を掴んできた。

「あのね、私、今日はここに泊まりたい」

驚いて一華を見ると、また赤くなったまま下を向き、小さく震えている。

「一華、それどういう意味か分かって言ってる?」

「うん」

一華は俺の腕を掴んだまま、頷いた。

「俺、今日は酒入ってるし止まらないよ」

「うん」

これ以上赤くなれないほど一華は赤く小さくなっている。湯気でも出て消えてしまいそうだ。俺は一華を抱きしめた。

「着替えとか、持って無いだろう?まだ駅ビルがやってるから買いに行こう」


手を繋いで近所の駅ビルまで行く途中、一華はまだ赤かった。よほど勇気が要ったんだろう。夜の風がだいぶ冷たい。俺たちは身体を寄せ合って歩いた。

俺は一華に下着を買って来てもらって、本屋で合流した。さすがに広告で共演した2人で、女性の下着を選ぶことは憚れる。他もいろいろ見てから帰ると時間的にちょうど良い。これは昴と香織ちゃんの計略だろうか。


一華は慣れていないようで、懸命に俺にしがみついて来た。高く泣くように鳴く可愛い声が、俺の血を逆流させ続ける。滅茶苦茶にして叫ばせたい衝動に駆られるも、一華は一度達するだけで怖がった。あまり経験がないんだろう、急いだら駄目だ。本能と戦って何とか優しく進めた。最後に細い腰を震わせて達した時の必死な高い声さえ、一華は全てが甘く優しかった。

「大丈夫?辛くなかった?」

「うん」

まだ降りきっていない声で一華が返事をする。

「優成、好き」

俺は一華を引き寄せて抱きしめた。

「好き、好き」

「うん」

俺は一華を抱きしめたまま、髪を撫で続ける。ふんわりとした、色素の薄い自然な茶色。

「好きなの。好き」

「うん」

一華には嘘はつけない。軽い気持ちで好きだなんて返せない。どんな時でも誠実に接したい。それが痛みを与えることになっても。



次の日は快晴だった。2人で準備した朝食を食べながら、俺は一華に言った。

「一華も会わせたい友達がいたら、俺、会いに行くから」

一華は俺を見ると、まだ恥ずかしそうに目を泳がせた。可愛い。

「ありがとう。私ね、友達ってあまり多くないの。私、話すのゆっくりで面白くないみたいだし、何もしてないつもりなんだけど、裏がありそうとか、計算しててあざといとか言われて」

サラダのキュウリをフォークで一生懸命に刺しながら、そんなことを言う。

「一華は可愛いから、嫉妬されるんだろ」

「そうかな。分からないけど、同性の友達が少ない人は性格が悪いんだよって言われたこともあって、悩んでて」

「嫌なカテゴライズだね」

俺はウンザリして言った。

「人のことをよく知りもしないで、外見だけで判断する人間には、近づかなくてもいい。同性に嫌われるのは俺も同じだよ。俺も友人は多い方じゃないし、嫌味を言われることも少なくないけど気にしていない。だけど、一華は女の子だから辛いだろうね」

女性というのは和を重んじるから、同性に好かれるのは男性よりも大切なことなんだろう。

「俺は、嫌味や陰口を言われたら、どんどん言って自分を下げてろって思うよ。その間に俺は努力して高みに行くからって。性格が悪いね」

一華は笑った。

「分かる気がする。嫌味とか陰口を言っている人って、その時すごい顔してるから、自分は気をつけようって思う」

「そうだね」

「だから、私に良くしてくれる友達は、貴重だと思うし大切にしてる」

「それで良いんじゃない」

俺は微笑んで言った。

遠くから鳥の声が聞こえる。清々しい朝だ。



12月初旬の土曜日に、凪先生の結婚式に出席した。紺地が見えなくなるほど鮮やかな文様の入った色打掛を纏った凪先生は、いつにも増して綺麗だった。東雲さん改め、川崎さんの隣にぴったり寄り添って、まるで2人でひとつであるかのように微笑み合っている。

もう大丈夫だろうか。苦しい想いをして泣いたりしていないだろうか。頼むからずっと、幸せでいて欲しい。そうでなければ俺が、こんなに疼く胸の痛みを抱え続けてまで、貴女を諦めた意味がない。

俺は凪先生の弟子に混ぜてもらって、披露宴で6人で合奏をした。曲は門出に相応しい「寿歌ことほぎうた」。

俺のパートはメロディーが甘い。俺の演奏は、ちゃんと祝えているだろうか。悲しみを抱えていないだろうか。お願いだ、届いてくれ。幸せになって欲しいと思っているのは、偽りのない俺の本心なんだ。

「優成くん、本当にありがとう。私の今の幸せは、優成くんのおかげだよ」

披露宴から帰るゲストを送る場で、凪先生が俺に掌に収まる友禅和紙の袋を渡して微笑んだ。品の良いプチギフトだ。

「凪先生は大袈裟ですね。俺はまだ、育ててもらったご恩を返しきれていませんよ」

いつだって俺の全てを支配する、かけがえのない恩師に伝える。

「じゃあ、また私とときどき合奏してくれる?」

「勿論、喜んで」

憧れ続けた大きな眼を見て伝える。凪先生の隣にいる大柄の男が、心配そうにこちらを見てくる。

「優成、長えよ、どけー!」

昴が体当たりして来て、俺は凪先生の隣に陣取っている新郎の方に身体をずらした。

「貴方は心配症ですね。俺はもう、どうにかしようとも思っていませんよ」

「俺の強敵は、いつまでも君だからな」

低い声でそんなことを言う。

「山田君には本当に感謝している。君の言った通り、凪にはまだトラウマが残っている。一刻も早く完全に治して幸せにするように、全力を尽くすよ」

トラウマと聞き、心がミシッと音を立てて痛む。俺は憮然として睨んだ。

「約束して下さい。必ず」




「今日やっぱり行っていい?」

家に帰ると一華から電話があった。

「駄目だって言ったろ?」

俺は不器用だから、気分が落ちている時は、人に思うように優しく出来ない。トラウマの4文字が頭から離れず、俺だったらあんな想いはさせなかったのに、と、考えても意味のないことを頭の中で回し続けている。

「でも、もう家にいるんでしょう?」

「俺、今気が立ってるから」

「じゃあ行くね」

一華は俺の返事も聞かずに電話を切った。


一華が来るなり、俺は玄関で乱暴にキスをした。一華の唇も髪も、外の寒さをそのまま示すように表面が冷たい。自分の唇で無理に熱を与える。こんなキスは一華にしたことがない。駄目だ、怖がらせる。そう思って無理に身体を離した。

「俺こんなだから、何をするか分からない。一華を傷つけるから帰って」

横を向き、乱れた呼吸を整えて言葉を発すると、押さえられない冷たい声が出た。これで怖がって家に戻るだろう。

一華が少し動いてドアの方に手をかけた。これで傷つけずに済むと思いきや、玄関に鍵をかけて俺にキスをしてきた。

「いいよ、傷つけても。私、大丈夫だから」

俺は俺に回した細い腕を無理に解いた。

「止めろ。頼むから帰って。今は俺、制御出来ない」

「制御しなくていいよ。私を、あの人だと思ってくれてもいい」

「止めろ!」

つい大声が出てしまう。

「それがどんなに辛いことか、一華は分かってないだろう。軽々しくそんなことを言うな」

何とか声を抑えて伝える。俺は一華を大切にして来たつもりだし、奈津の件で後悔した分、凪先生の代わりにしないように注意を払って来た。俺の心が一華に向かないだけで、辛いはずだ。これ以上、一華を苦しめたくない。俺なりに大事に育てたこの関係を、台無しにしたくない。

一華は欲しくても得られないものを我慢するような、今にも泣きそうな顔で微笑んで、俺をふわりと抱きしめた。

「全部分かってるつもりだよ。大丈夫」

もう限界だった。俺は一華の腕を取ってベッドに連れ込み、獣のように滅茶苦茶に抱いた。一華は何度も高く甘い声で叫んでいた。辛いはずなのに一華は決して嫌と言わなかった。ただ俺に必死でしがみついて、嵐を受け止めていた。

「一華、ごめん」

どうにもならない苦しみの波が、肉欲が解消されたことにより引いて、グッタリした一華に俺は声をかけた。

「謝らないで。私が望んだことだから」

俺は一華の髪にそっと触れた。

「優成、ひとりで抱えないで欲しいの。辛い時は私にも分けて欲しい。私ね......このくらいのことは......大丈夫だから」

それだけ言うと、一華は力尽きたように眠ってしまった。俺は暫く、小さな寝息を立てるその顔を見ていた。守りたいと思っているのに、酷く傷つけているのは、俺自身だ。



続きはこちら。



前回のお話はこちら。


本編第1話はこちら。







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