2025/05/29(木):異国、ギター
心地よく生きるには、心地よくなるポイントを探すことだ。
特段今の仕事で相当量のストレスを受けていないのになぜかつまらないと感じるのであれば、それは案外簡単に解消できることがある。
今日の僕は、そんなタイミングが2回あった。
1つ目は、近所のカレー屋に行ったときだ。そこにはタイ料理もあった。美味いカレーとかなり独特なスパイスの効いたビリヤニを食べていると、自然と思考がほぐれ、心地よい感覚になった。ポジティブな気持ちになった。
僕は現在の極端なグローバリズムは好きではないけど、食は好きなのでかなり好意的に受け止められている。美味い異国の料理を食べる時、心が軽くなる。一瞬、どこかへ連れて行ってくれる。
2つ目は、上に貼ったブラッド・メルドーの録音風景を撮影した動画を見ていたとき。そこにはどこか開放的で、でも整理されていて、素敵な空気が流れていた。あと、僕はどうやらかなりアコースティックギターの音が好きだ。ピアノと同じくらい好きかもしれない。ふっと気持ちが軽くなる。
美味い飯と、好きな音と、気ままな旅。考えるだけで口角が上がる。
あとは週休3日さえ実現してくれれば何もいうことはない。本当だ。
そこだけクリアできれば、これ以上特に望むことはないんだ。
あとちょうど1年経つと、MacBook Proの支払いが完了する。
月々27000円*24ヶ月払い。これが完済すれば、心はもっと軽くなるだろう。
いま、僕はポジティブだ。
人によい影響を与えることは素晴らしいが、それにはまず自分が心地よい環境に入る努力をせねばならない。
戦争がどこかの国で起きていることは、大変悲しいことだ。しかし、その悲しみに打ちひしがれるのは、とばっちりを食らっているようなものだと思う。それは、被災者の人が望むところではないはずだ。明るくなる努力をすることだ。塞ぎ込んでしまうのはいつか行き過ぎた自粛モードにつながる。自粛モードが何も助けにならないことは、東日本大震災の時に我々の世代も経験してわかっていることだ。
ここまで言ってみても、頭に色々とネガティブな考えがよぎるのが厄介だ。
「苦しい思いをしている人がたくさんいるのに、自分は楽しんでいいのか。」
「楽しんでいる暇があったら、人助けをしないと。」
などなど、挙げるとキリがない。そう、キリがないのである。
だから、直接の被害を受けているわけでないのであれば、悲しみはある程度で切り上げて、明るくなるよう努めることだ。
これは自分への言い聞かせである。
