自分の「器」を精一杯使い切る 〜 私が提唱する「身の丈」の意味
はじめまして、「身の丈しごと研究家」と名乗っている戸上です。
このブログでは、自分の本心にしたがって、自分のサイズ感で、自分のスピード感で、自分らしく社会とつながる《しごと》としての「身の丈しごと」について、私なりの考えを綴っていきたいと思っています。
まずは私が活動の核に据えている「身の丈(みのたけ)」という言葉についてお話しさせてください。
「身の丈に合った」という言葉を聞くと、皆さんはどのような印象を持つでしょうか? 「高望みしないこと」「夢をあきらめてこぢんまり生きること」といった、後ろ向きで消極的なニュアンスを感じる人もいるのではないでしょうか。しかし私がこの言葉に込めている意味は逆で、ポジティブなものです。
「身の丈」がネガティブな意味で使われる場合、それは大抵、正しい日本語では「身の”程”」と言うべきところです(例:身の程をわきまえろ)。本来、身の丈とは単なる「身長」を指す言葉に過ぎず、ネガティブな意味は含まれていません。私はこの肉体的な丈を、精神、技量、器量、度量、そして視野の広さを含めた「総合的な自分の器の大きさ」と捉えています。
私がお勧めしたいのは、身の程をわきまえてこぢんまりと生き、器を余らせて一生を終えることではありません。もちろん、自分のサイズを大幅に超えて無理をし、結果として心身を損傷させるような生き方も避けたいところ。大切なのは、今、自分に与えられている丈を「100%精一杯使い切ること」だと思います。
思えば、私自身がこの「身の丈」という考え方に救われてきました。私が社会に出たのは29歳と非常に遅かったのですが、それまでは大学院で研究するも芽が出ず、行き詰まっていました。29歳の新卒者など受け入れてくれる会社もなく、途方に暮れた私は「自分で何かを始めるしかない」と起業を決意しました。
といっても経営については全くの無知。将来の起業を前提に社会人経験を積もうと、ちょっと変わった就活をしたのですが、この時、運良く私の意欲を汲んでくれる会社と出会いました。私はそこで1年半の間、経験を積ませてもらったのですが、その時ここの社長がこう言うのです。
「起業するなら未熟な方がいい」
当時は戸惑いましたが、独立してすぐにその意味が分かりました。未熟な私の起業を周囲の人たちが心配し、声をかけ、助けてくれたのです。完璧に準備を整えていたら、これほど温かな関わりは得られなかったでしょう。こうして過度に背伸びしなくてもよい起業体験をした私は、年齢や経験とともに身の丈を成長させていくことができました。
そう、身の丈は成長するのです。今の丈が足りないからといって諦める必要はないのです。ただただ、今の自分ができる最善を尽くし、おてんとさまに恥ずかしくない毎日を送る。その積み重ねの果てに「笑顔で死ぬこと」こそが「身の丈」の生き方だと、私は信じています。
このブログでは、皆さんと一緒に自分自身の身の丈を見つめ直し、それをどう使い切っていくかを探究していければ幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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・CHAPTER 01 身の丈しごとと私
・CHAPTER 02 自分の仕事を「身の丈しごと」にするには
・CHAPTER 03 身の丈しごとに大事な3つの円
・CHAPTER 04 さいごに
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