はじめての朝&まぶしい光 第6章 幸せな家族
サヤカは家のサンデッキに座り、暖かい日差しを身体に受けてまどろんでいるようだった。
お腹が目立ってきた百音も一緒にサンデッキに座っていた。
百音は楽しみにしていた登米のサヤカのところに来ていた。
爽やかな風が吹く気持ちの良い日だ。
「ねぇ、サヤカさん」
「なんだい、モネ」
「わたしが森林組合に勤めていた頃、サヤカさんは良く森の中に連れて行ってくれたわ。
サヤカさんは木を触りながら“木は声を出す”、そして“一本一本違う声”と言ってましたね。
今でもサヤカさんは木と話しているのですか」
「そうだね。最近はなかなか森に行ってないけれど行けばいつも話をしているよ」
「サヤカさん、木の声ってどんな声なの」
サヤカは遠くの森を見ながら話した。
「木は根をしっかりと大地に張り大地と繋がって生きている。木は大地から力を貰っているのだよ。
だから元気な時はとっても高い張りのある声。
病気や元気がないときのささやく様な声。
葉が茂ろうとしている時の楽しそうな声。
冬の寒さに耐えている時は声を出さずに静かにしている」
百音は青い空を見上げた。
「面白いですね」
「私は普段から空の声が聞けたら嬉しいなと思うのです」
「それは大層なことだね」
「モネが聞きたい空の声はどんな声なんだい」
百音はサヤカに顔を向けた。
「快晴の空は優しく暖かい声、そして台風や暴風雨は恐ろしい声ですかね」
「でも私が気象の仕事をしているから、やっぱり未来の天気の声を聞きたい」
サヤカは笑顔になって百音を見た。
「未来と言えば、早くモネのお腹の子の声も聞きたいね」
百音はお腹を撫でながらお腹の子に向かって、
「そうですね。母はあなたの声を早く聞きたいです。どんなお声でしょうね」
「ところで、サヤカさん」
「なぁに」
「木の声が聞けるサヤカさんなら、人の心も感じることが出来るのかなぁーと思って」
サヤカはお日様に顔を向け目を細めながら
「自我があるから自分の想いを見せないのが人。
でも人から嬉しいとか悲しいとか隠せない感情は感じる取ることが出来る。
モネにも感じたことがあるだろう。この人は今は寂しいんだとか、とても楽しいとか。
同じ感情でも個性と理由がある。あたしが出来ることはそこを感じ取れるとこかな」
百音は驚いた。
「わたしがずっと先生を想っていたことなんか、最初からサヤカさんは分かっていたの」
「あぁ、その想いは無色から始まり段々と明るく輝いて行った。
でも、モネは楽しい嬉しいの感情は直ぐに顔や行動に出るから感じ無くても分かるよね」
「サヤカさん、ひどい。でも先生も同じようなことを言ってたわ」
「なんて言われた」
百音はまた空を見上げなから言った。
「この子の名前を先生と一緒に考えていた時、先生がモネの名前は性格にピッタリだと言ったんです」
「へえ、どんな性格だい」
「私って、いろんな人の話をあまり考えずに素直に聞いてしまう癖というか性格というか、そんなところがあると言うのです。
少しは私も自覚しています。
でも先生にはっきり指摘されると、そこまでは言われなくてもと思うのです」
百音は不服そうにサヤカに言った。
「うーん。先生の言うこともわかるね。でもそれは悪い性格ではないと思うけど」
「えー、サヤカさんまで先生の味方ですか」
「ところでモネ、先生がいう名前と性格が一緒する理由ってなに」
「それがですね。先生が言うには百音のモモはたくさんという意味だそうです。音のネは声を現しているそうです」
「だから私は名前のとおりたくさんの声を聞き人れてしまうのだそうです」
「偶然に名前と性格が一致したと先生は言うのですけど。そんなことがありますか、サヤカさん」
「確かにそう考えると不思議だね。
でもモネ、名前というものはその人を現しているものなのかも知れない。
もしかすると名を付ける時には親子の間で何か意思の疎通があるかも知れないね」
「そのように考えると親が子供の名を付けることは本当に難しいことなのですね。サヤカさん」
「真剣に考えてやらなくちゃ。
子の幸せのために精一杯悩んで名を考えるんだ。
子は自分の名を選べない。
名は親が子にしてあげられる最初のプレゼントなのだから。
でもさっきの性格と名前の話からすると、お腹の子もこんな名が欲しいと言っているかも知れないね」
「サヤカさん、教えて。
この子はある時、突然にわたしの赤ちゃんになった訳だけど嬉しいと思っているのかな」
「嬉しいとか楽しいとかの気持ちしか感じないよ。
胎児は母親と繋がっているのでまだ自我が無い。
でも意識があるのでいろんな気持ちはもっている。
赤ちゃんが嬉しい思っているなら望んでモネと先生の子になったんだと思うよ」
サヤカが話を戻してモネに聞いた。
「ところで赤ん坊の名付けの話が出たところで聞くけど、モネが思いついた赤ん坊の良い名前はないのかね」
百音はまぶしい日差しを手で遮りながら、快晴の空を見上げて目を細めた。
「私は未来の空の声が聞きたいのですが、この子には空より大きな宇宙の未来の声を聞いてもらいたいと思うのです」
「だから、空より高くて大きな天の声を聞く子に育つように天音と書いてソラネと付けたい」
サヤカは微笑んでいた。
「モネ、良い名じゃないか。夢があって、みんなを幸せにするような名だね。先生は知っているの」
「先生にはまだ言ってないです。ただ先生は自分の名を入れたいかも」
「モネ、子供の名に両親の名前を入れるなんてどだい無理な話だよ。天音は良い名じゃないか。先生も納得してくれると思うよ。今日、相談してみたら」
百音はお腹の子が望んで来てくれたこと、そしてサヤカが天音が良い名だと言ってくれたのが嬉しかった。
「わかりました。先生と話してみます。サヤカさん、ありがとう」
「どういたしまして。わたしは何もして無いけどね」
それからまた、二人はサンデッキに座り直して日差しをたっぷり受けようと身体を横にした。
「モネさん。サヤカさんのところはどうでした」
光太朗は登米からの帰り道、車の中で助手席の百音に尋ねた。
「楽しかったですよ。先生、今度は二人でサヤカさんのところへ行きませんか」
「そうですね。でもサヤカさんとは診療所の有る登米夢想で毎日会いますけどね」
「先生、人の意見に変な屁理屈を付けるところがあなたの悪いところです。そうですねの後はそうしましょうだけで良いのです」
百音は怒った振りをした。
「わかりました。モ…」
「先生。私がどうかしました」
百音が間髪を入れず答えると光太朗は言いかけた言葉を飲み込んでしまった。
「いえ、モネさんが …その…」
光太朗はしどろもどろで答えた。
「でも私は先生のそのような性格が好き。
そして少しでもその性格を直してもらえたら、もっと好きになる。
先生、愛しています」
「えっ」
驚いた光太朗は運転している車を一瞬蛇行させてしまった。
百音はキャーと叫びながら光太朗に向かって言った。「危ない、気をつけて。
先生、私はあなたの大切な子を抱えているんです。
もっと私を大事にしてください」
それからしばらく二人は黙って前方を向いていた。
車は夕日から遠ざかる様に登米から気仙沼へ向かって走っていた。
百音がお腹のさすりながら話し始めた。
「先生、この子は望んで私たちの子になった様です。
サヤカさんが言ってました。
それで先生、この子の名前のことなのですが。
ここで話しても良いですか」
「良いですよ。良い名がありましたか」
光太朗はしっかりと前を見ながら応えた。
百音はサヤカとの会話を大まかに光太朗に話した。「ごめんなさい。モネさんに僕は酷いことを言ってしまいましたね」
「そうですよ。先生は酷い、でもそのことで思いついたのです」
百音は運転している光太朗の横顔がタ日で紅く染まるのを見ながら言った。
「私、先生に空の声が聞きたいと言ったことがありますよね。覚えていますか」
「覚えています。さっきのサヤカさんの木の声と同じですよね」
「そして、先生は私の名前の音は声だと言いました」
「そうです。何を思いついたのですか、モネさん」
「ええ。この子には空より大きい天が発する未来の声を聞いて欲しいと思ったのです」
光太朗は百音の話を聞きながらも彼女の話の壮大さに戸惑っていた。
「この子の名はソラネ。天に音と書きたいのです。先生どうですか」
会話にしばらく間が空いた。
光太朗は百音が付けたいと言った名、天音を繰りかえし繰りかえし考えていた。
天音、ソラネと彼は心の中で呟いていた。
「先生、ソラネはどう。駄目なのOKなの。どっち」
「ソラネ。ソラネ、ソラネかぁ」
大きな声になった光太朗は嬉しそうに話し出した
「モネさん、すごい。絶対良いよ。
モネさん、この子の名は菅波天音、スガナミソラネ、 この名をつければ、この子はみんなから愛される」
運転する光太朗の顔は嬉しそうだった。
百音は光太朗がこんなに喜んでくれるとは思ってもみなかった。
「先生、そんなに喜んでくれるとは思ってなかった。ありがとう、私は幸せ」
「モネさん、僕もだ。あなたと結婚出来て本当によかった」
百音の頬になぜか涙が伝わっていた。
海が見えてきた。気仙沼の近くまで来たんだ。
夜がおとずれる前に現れる空の蒼色と海の藍色が混ざり合いそうで混ざらない水平線が見える。
街の店や家にぽつりぽつりと明るい明かりが付き始めていた。
それを見て、その一つひとつに家族の幸せを感じていた百音だった。
そして光太朗と百音そして天音の三人で幸せな家族になると決心する彼女だったのだ。
