1人辞めるだけで660万円──退職型倒産が過去最多の今、経営者が見直すべきこと
「また辞めるのか……」
中小企業の経営者なら、一度はこの言葉を口にしたことがあるのではないでしょうか。帝国データバンクが2026年2月に発表した調査によると、従業員の退職を主因とする「従業員退職型」の倒産が2025年に124件に達し、集計開始以来初めて年間100件を超え、過去最多を更新しました(出典:帝国データバンク「従業員退職型の倒産動向(2025年)」)。
東京商工リサーチの集計でも、2025年の人手不足関連倒産は397件。そのうち「従業員退職」が原因のものは110件で、前年比54.9%増と急増しています(出典:東京商工リサーチ「2025年の『人手不足』倒産」)。この数字を見ると、問題は「人が採れない」ことだけではなく、「人が辞めたとき、業務が止まる」という構造そのものにあることがわかります。
ここで皆さんに考えていただきたいのですが、自社で1人辞めたときに、実際いくらのコストがかかっているか、計算したことはありますか?
社員1人が辞めると、いくら失うのか
多くの経営者は「採用コストがもったいない」とは感じていても、退職の全体コストを正確に把握できていません。人材サービス企業の試算によると、社員1人の離職によるトータルコストは以下のように積み上がります。
【離職コストの主な内訳】
- 採用コスト(求人広告費、人材紹介料など):約85万〜100万円
- 教育・研修コスト(入社後のOJT、外部研修費など):約30万〜50万円
- 在籍中に支払った人件費のうち回収できなかった分:約100万〜200万円
- 後任が採用されるまでの機会損失・売上減:約100万〜200万円
- 引き継ぎ期間中の生産性低下:約30万〜50万円
- 残された社員の負担増による残業・モチベーション低下:金額換算困難だが数十万円規模
合計すると、年収400万円の社員でも1人あたり約200万〜400万円。若手社員の早期離職では600万円以上にのぼるという試算もあります(出典:ミツカリ「若手人材の早期離職によるコスト」)。
つまり、「1人辞めるだけで660万円が消える」というのは大げさな話ではなく、採用から退職までのトータルで見れば十分にあり得る数字なのです。
なぜ「建設業」がワースト1位なのか
従業員退職型倒産を業種別に見ると、最も多いのが建設業で37件、全体の29.8%を占めます。次いでサービス業29件、製造業21件と続いています。
建設業が突出している理由は明確です。現場監督や施工管理者など、特定の資格や経験を持つ人材に業務が集中しやすい構造があるためです。「その人しかできない仕事」が多ければ多いほど、退職のダメージは致命的になります。
しかし、これは建設業だけの問題でしょうか。
私は、多くの中小企業が同じ構造を抱えていると考えています。経理を1人の社員に任せきりにしている会社。営業先リストが担当者の頭の中にしかない会社。見積書の作り方を知っているのが社長だけの会社。こうした「1人に依存する業務」があるかぎり、どの業種でも「退職型リスク」は存在します。
資本金1千万円未満の小・零細企業が、人手不足倒産全体の63.2%を占めているというデータもあります。規模が小さいほど、1人の退職が経営を揺るがす。これが中小企業の現実です。
「引き止め」に投資するか、「構造」に投資するか
ここで1つ、視点を変えてみたいと思います。
多くの企業は退職を防ぐために、待遇改善や福利厚生の充実に力を入れます。もちろんそれは大切なことです。しかし、中小企業が大企業と同じ水準の賃金を出し続けるのは現実的に難しい。東京商工リサーチのデータでも、「賃上げ疲れ」が2026年の倒産増加要因として挙げられています。
私が提案したいのは、「辞めないでくれ」に投資するだけでなく、「辞めても業務が回る構造」に投資するという発想です。
具体的には、次の3つのステップです。
【辞めても回る組織を作る3ステップ】
ステップ1:業務の棚卸しをする
まず、社内のすべての業務を洗い出し、「誰が・何を・どのくらいの頻度で」やっているかを一覧にします。この段階で「この業務は田中さんしかやっていない」という属人業務が見えてきます。
ステップ2:「1人依存業務」を特定して切り出す
棚卸しの結果から、特定の1人にしかできない業務をリストアップします。そのうち、「必ずしもその人でなくてもいい業務」を切り出すのがポイントです。例えば、請求書の発行、勤怠管理、見積書の作成、データ入力など、定型的な事務作業は多くの場合、手順書を作れば誰でもできる業務です。
ステップ3:外注やツールで「人に依存しない仕組み」を構築する
切り出した業務を、外部の事務代行サービスやクラウドツールに移行します。最近はオンラインで事務を請け負うサービスも充実しており、月額数万円から、経理・総務・データ入力などを外注できます。自社で人を雇って教育するコストと比べれば、はるかに低リスクです。
この3ステップの良いところは、「退職されても困らない」だけでなく、「社長や社員がコア業務に集中できる」という副産物が得られることです。
660万円のコストを「仕組みの投資」に回す発想
もう一度、数字で考えてみましょう。社員1人が辞めたときのコストが仮に400万円だとします。年に2人辞めれば800万円。これが毎年繰り返されるわけです。
一方、業務整理をして事務の外注体制を整えるのにかかるコストは、初期の業務設計に数十万円、月々の外注費が5万〜10万円程度。年間でも100万〜200万円程度です。
どちらに投資したほうが経営として合理的か。答えは明らかではないでしょうか。
もちろん、すべての退職を防げるわけではありませんし、すべての業務を外注できるわけでもありません。でも、「辞められたら終わり」という状態から、「辞めても回る」状態に変えておくだけで、経営者の精神的な負担も大きく変わります。
まとめ──退職は「防ぐ」だけでなく「備える」もの
従業員退職型倒産が過去最多を更新したという事実は、「人が辞めること」そのものが経営リスクになっていることを意味しています。
中小企業の経営者にとって大切なのは、「辞めさせない」ことだけに力を注ぐのではなく、「辞めても事業が続く構造」を作っておくことです。業務の棚卸しからはじめて、「1人に依存している業務」を見つけ、少しずつ仕組み化していく。それが、660万円の損失を繰り返さないための第一歩になるはずです。
「うちの会社、もし明日あの人が辞めたらどうなる?」──この問いに即答できない経営者の方は、まず業務の棚卸しから始めてみてはいかがでしょうか。
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